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幼馴染の勘違いオタクを無害なモブにしたかっただけなのに、冷徹に教育していた私が絆されました  作者: remia
第4章:オタクの夏休み大改造

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第18話:気遣いの歩み寄り

 期末テストを水面ギリギリで乗り切った週末。

 駅前のカラオケボックスの個室には、耳をつんざくような大音量のイントロが鳴り響いていた。



「いぇーい! テストお疲れーっ!!」


 美咲の明るい乾杯の音頭で幕を開けた打ち上げパーティー。



「よし、まずは俺から行くぜ! 五十嵐、須藤、タンバリンよろしく!」


「りょーかい!」

「任せろ」


 結城が流行曲を投げれば、須藤と美咲が即座に打ち返す。……相変わらず、淀みのない連係だわ。

 ただのカラオケのはずなのに、プロの興行を見せられているような完璧さね。


 で、一方の勘違い野郎はというと。



「……」


 ソファの端っこでデンモクを両手で強く握りしめ、呪いのアイテムでも押し付けられたように固まっているわね。


 そういえば、五月のカラオケでは、陽キャの眩しいオーラに当てられて完全にバグって、部屋の隅っこで地蔵になってたんだっけ。


 まあ、今回は地蔵にならずに、自分からデンモクを握って『輪に入ろう』という意志を見せているだけマシね。

 


 ただね、あんたの顔の前に、情けない悩みが最大フォントの太字テロップで流れてるのよ。


『どうしよう。俺の知っている深夜アニメの神曲なんて入れたら、絶対にこの場が凍りつく……かといって、結城たちが歌っているような流行りの曲はサビすらわからない。俺が歌ったら、せっかくの打ち上げが台無しになってしまう……!』



 まったく……勝手に壁を作って一人で悲劇の主人公ぶるのは変わらないわね。



 『俺の趣味は誰にも理解されない』『周りはどうせ敵だ』という、オタク特有のネガティブな思い込み。


 他責思考を捨てたとはいえ、その頑丈すぎる『被害妄想のバリケード』を自力で解体しない限り、あいつがこの輪の中で心から楽しめる日は一生来ないわね。



 私は小さく息を吐き出し、結城へスッと目配せをした。


 すると結城は悪戯っぽく笑って頷き、須藤と美咲も親指を立ててみせる。


 さあ、ここまでの特訓で、不器用なりに変わろうとしたあんたへ、私たちからのちょっとした『ご褒美』よ。

 ありがたく受け取りなさい。



 私は拓実の手からサッとデンモクを奪い取ると、迷いなくある曲を予約し、マイクを握った。


 モニターに曲名が映し出され、アップテンポで激しいイントロが部屋に鳴り響いた。

 それは、以前『これは至高の神アニメだ』と、聞かれてもいないのに熱弁されていた、ゴリゴリの深夜アニメの主題歌だった。



「えっ……!?」



 拓実が、まるで理解不能な異世界にでも転生したかのような顔で呆然とする中、結城、須藤、美咲の三人が立ち上がり、完璧なタイミングで合いの手を入れ始めた。

 そして、Aメロに入った瞬間――私はマイクを口元に寄せ、その激しいアニソンを堂々と歌い上げた。



「なっ……!? り、凛子……!?」



 学内で『氷の処刑人』なんて呼ばれている私が、深夜アニメの激しい主題歌を熱唱している。

 ……自分で仕掛けておいてなんだけど、致死量の羞恥心で私の尊厳が崩壊しそうだわ。


 頬が熱を帯びていくのを自覚しながらも、私は意地でも『絶対零度のポーカーフェイス』を崩さなかった。

 あくまで淡々と一番を歌いきり、さっさとマイクを美咲にパスする。

 四人でマイクを回し、完璧なノリで一曲を歌い終えると、部屋には拓実の呆然とした声だけが響いた。



「な、なんで……お前ら、この曲……」



 陸に打ち上げられた深海魚みたいに口をパクパクさせている拓実に対し、私はマイクをテーブルに置いて答えた。


「結城の発案よ」


「これ、佐藤が好きだって熱く語ってたやつだろ? 喜ぶと思って、みんなで覚えてきたんだ」



 結城が爽やかに笑ってウインクした。


 前回のカラオケで、「佐藤が知らない曲ばかりで完全に置き去りにした」って反省してたのよね。

 ほんと、どこまでも出来た人間たちなのよ。



「聴いてみたら、意外とノリ良さそうだったしねー。アタシ、このアニメちょっと気になっちゃった」


「ははっ、食わず嫌いはダメだったな。通学の時ずっと聴いてたら、俺もすっかり覚えちまったよ」



 美咲と須藤が、事もなげに笑って言った。

 拓実は震える手で膝を握りしめ、信じられないものを見るように私たちを見つめていた。



「拓実、これが『気遣い』よ」


 私は、限界まで見開かれたその瞳を真っ直ぐに見据えて言い渡した。


「自分だけじゃない。一緒にいる相手と楽しむための努力を、みんなは当たり前にやっているの。相手の好きなものを知ろうと自分から歩み寄ること……それが『コミュニケーション』の本質よ」


「知らない曲を入れたっていいんだ。自分の好きな曲を、俺たちにも知ってほしいって気持ちがあればな」


 私の言葉に、須藤が力強くうなずいた。



「そうそう! 不安なら、入れる前に『これ歌っていい?』って相談してくれてもいいし、『一緒に歌おう』って言ってくれてもいいんだよー」


「俺たちも流行りの曲を佐藤と一緒に歌いたいからさ。サビだけでも覚えてくれたら嬉しいな」


 美咲と結城からの、どこまでも真っ直ぐで優しい言葉。


 あんたが「生まれつきの才能だけで生きている」と勝手に敵視していた連中が、見えないところでどれだけ圧倒的な『歩み寄りの努力』をしているか。

 ……その事実の重さを、思い知りなさい。



「…………っ」


 拓実はギュッと唇を噛み締め、深く俯いた。



 どうする? ……また『どうせ俺なんて』とか見苦しい言い訳して逃げるのかしら。



 次の瞬間。拓実はゆっくりと顔を上げると、吹っ切れたような清々しい表情を見せた。


「俺……バカだった。『アニソンを入れたら引かれる』『どうせ俺の趣味なんて理解されない』って……自分が傷つくのが怖くて、お前らを勝手に敵扱いして、自分から勝手に壁を作っていたんだな」


「結城、須藤、美咲、それに……凛子。俺のために、本当にありがとう」



 真っ直ぐな反省と、素直な感謝。

 これまでの特訓の成果がすべて詰まったようなその言葉に、結城たち三人は「おおっ」と感心したように顔を見合わせた。


 ……やっと、自分で気づけたみたいね。

 

 自ら『被害妄想のバリケード』を解体したことで、あいつはようやく本当の意味で、この輪の中で息ができるようになったと言えるわね。


「よし! じゃあ次は佐藤、お前が好きな曲入れろよ! 俺たちも一緒に歌うからさ!」



 結城が笑顔でデンモクを渡した。

 すると、拓実は先ほどまでのしんみりした感動の面持ちを秒で消し去り、急に立ち上がって最高にウザいドヤ顔を浮かべやがった。



 嫌な予感しかしない……。



「フッ……お前らのその歩み寄る心意気、確かに受け取った! なら次はこれだ! 俺の至高のアニソンメドレー!」



 デンモクを受け取るなり、信じられないほどのキモい指捌きで画面をタップし始めた。

 ピピッ、ピピピッ、ピピピピピッ!


 ちょっと、なにしてんの!?

 マクロでも組んでるのかってレベルのキモい連打なんだけど。


 モニターの予約リストに、誰も知らないようなマイナーな深夜アニメのキャラソンや、マニアックすぎる劇中歌が怒涛の勢いで連続入力されていく。



「ちょっ、おまっ、空気読め!!」


 結城が慌てて拓実からデンモクをひったくった。



「連続で入れるな! 会話もカラオケもパス回しって言ったっしょ!!」


 美咲も速攻で拓実の手からマイクを没収し、予約を片っ端から取り消しにかかった。



「なっ、なんだよ!? 俺の好きな曲を一緒に歌いたいって言ったじゃないか!」


「極端すぎるんだよ……相手のキャパシティを少しは考えろ」


 須藤がやれやれと深いため息をついた。



 ……まったく。

 思考のバグは消えたけど、コミュ力の基礎スペックは相変わらず絶望的ね。


 結城たちに怒られながらも、どこか楽しそうにギャーギャーと騒いでいる幼馴染の姿を見ながら、私はジュースのストローを噛んだ。



 でも、あの見苦しい言い訳を捨てて、素直に笑って怒られるようになったその姿は、以前のどうしようもない不審者に比べれば、ずっとマシだわ。



 賑やかなカラオケボックスの喧騒の中で、自然とほんの少しだけ口角が上がっていく。


 ……これでようやく、マイナスからゼロ。

 まともな人間になるための道のりは、まだまだこれからみたいだけれどね。


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