第2話:普通になるまで話しかけるな
私の輝かしい中学生生活を人質に取られたようなものよ。
この防衛戦に、負けは許されない。
昼休み。
迷うことなく隣のクラスに乗り込み、ドアを勢いよく開け放った。
騒がしい教室内で、自分の席で腕を枕にして突っ伏している佐藤拓実を捕捉する。
こいつ、寝ているフリして『俺は群れない孤高の主人公』ってバリアを張っているつもりかしら。
ツカツカと歩み寄り、その安っぽいバリアごと机を蹴り上げた。
「いっ!? り、凛子? なんだよ急に――」
「いいから来なさい」
有無を言わさずにヨレヨレの襟首を掴み、教室から引きずり出す。
「おい、やめろって! 俺には俺のペースが――」
「黙りなさい」
陰キャが教室の隅で光合成するペースなんて知ったこっちゃない。
廊下ですれ違う生徒たちの視線が痛いけれど、こいつを野放しにするリスクに比べれば、一瞬の恥など安いものだ。
向かった先は、自分のクラス。
そこには、私が学校で最も信頼を置いている友人たちが集まっていた。
クラス委員でコミュ力お化けの結城樹、自分磨きを極めたギャルの五十嵐美咲、そして、ストイックなサッカー部エースの須藤大地。
この三人なら、ただウェーイと騒ぐだけの薄っぺらい連中と違って、この死ぬほどキモい幼馴染を「人間」の形に更生できるかもしれない。
「ごめん、みんな。ちょっとお願いがあるんだけど」
引きずってきた拓実を、彼らの前にボロ雑巾のように放り出す。
「え、氷室? そいつ、隣のクラスの……」
突然の異物混入に結城が目を丸くし、須藤が無言で首を傾げる。
「嘘でしょ!? 凛子が他クラスの男子を引きずってくるなんて……っていうか、なんか……キモ……いや、すごく……特徴的だね?」
美咲が、ドン引きしつつも必死に言葉を選んで拓実の小汚い姿を指差した。
「実はこいつ……私の幼馴染なの」
「「「ええっ!?」」」
見事なハモりが響き渡る。
これほど不名誉な合唱があるかしら。私のこれまでの努力が、この「幼馴染」という一言だけで崩落していく音が聞こえそうだった。
「こんなのが幼馴染だなんて恥ずかしすぎて、今まで言えなかった。でも、もう放置できないの。私の尊厳に関わるから」
昨日、痛すぎるポエム告白されたなんて絶対に口が裂けても言えない。
そんなの知られたら、私の威厳が崩壊して、一生イジり倒されてしまう。
「ちょ、凛子!? お前、俺の扱いが酷すぎ――」
「黙って。あんたに発言権はない」
すがりつこうとする拓実を一瞥で氷漬けにし、結城たちに向かって深く頭を下げる。
「一生のお願い。こいつを更生させるのに協力してほしいの。せめて、人前に出しても恥ずかしくない『普通の人間』に」
握りしめた拳に力が入る。
三人は顔を見合わせると、結城がニッと、まるで新しいゲームを見つけた子供のような顔で笑った。
「ははっ、いつもクールな氷室がこんなに必死になるなんて珍しいな。仕方ねぇ、面白そうだし、いっちょやってみるか」
「凛子の頼みなら仕方ないねー! アタシも協力するよ!」
美咲がウインクし、須藤も無言で力強く頷く。
その瞬間、私の中にあった不安が、一気に「勝利の確信」へと塗り替えられた。
脳内で、私の尊厳を守り抜くための勝利宣言が鳴り響く。
「な、面白そうって……俺は別にこのままで――俺はありのままの自分を受け入れてくれる世界を――」
「拓実」
私の声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。
ラノベの主人公みたいな寝言を、これ以上私の耳に入れることは許さない。
「あんた、普通の人間になるまで私に話しかけるな」
「……え?」
拓実は口を半分開けたまま、打ち上げられた深海魚のように固まった。
「言葉通りの意味よ。今のあんたはマイナスに限界突破してる。せめてプラスマイナスゼロの『普通の人間』になるまで、私に気安く話しかけないで」
これからのあんたの仕事は、黙ってこの超絶ハイスペックな三人を見て、己の底辺っぷりを骨の髄まで自覚することよ。
「あはは、凛子ってば相変わらずスパルタだねぇ。じゃあ放課後から早速始めよっか。空き教室に集合ねー」
美咲がパンッと手を叩いて強制的に予定を確定させる。
「ちょ……っ! 勝手に――」
「拓実。もし逃げたら、今後一切の関わりをやめるからね。私からも一生口きかないわよ」
なおも食い下がろうとした勘違い野郎の逃げ道を塞いでトドメを刺す。
「うっ……わかった、よ」
涙目で絞り出された、消え入りそうな返事。
これで、私の社会的尊厳を守るための、陽キャの檻が完成したわ。
人間矯正計画の幕開けよ。覚悟しなさい。




