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幼馴染の勘違いオタクを無害なモブにしたかっただけなのに、冷徹に教育していた私が絆されました  作者: remia
第1章:痛い幼馴染の普通化計画

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第1話:1ミリの魅力もない幼馴染

「なぁ、俺たち……付き合わないか?」



 ――は?



 思考回路が、一瞬凍りついた。

 付き合うって……誰と誰が? 私と、あんたが? 


 夕食の洗い物をしていた手から、危うくスポンジが滑り落ちそうになった。



 視線の先では、うちの隣に住む幼馴染――佐藤拓実が、家のリビングのど真ん中で謎のポーズを決めていた。


 ウザいくらいに長くてボサボサの前髪を、無駄にファサッと払い、なぜか片手を腰に当て、斜め45度下を見下ろしている。

 まるで、ラノベの口絵から抜け出してきたような絶望的に痛いポージングだ。



「ずっとこの関係じゃ、凛子も不安だろ?」


 低い声を無理やり作っているのか、吐息混じりのネットリとした声で拓実が一歩近づいてきた。



 ちょっと待って! 関係なんかよりも、私の「身の安全」が一番不安なんだけど。



「毎日こうして俺の世話を焼いて……俺は、お前の気持ちには気づいていたんだ」



 ――は? なに言ってんの?

 

 この私が、あんたみたいな学内カーストの底辺にめり込んでる陰キャぼっちに恋心を抱いてるとでも思ってんの!?

 そんな奇跡、人類が火星に移住するより起こりえないでしょ。


 

 そもそも、お母さんに押し付けられた「強制労働」じゃなかったら、あんたの家に毎日来たりしないわよ。

 あんたへの感情なんて、愛や恋どころか、幼馴染としての情ですら1ミリも存在しないってことを、このファンタジー脳はなんで理解できないのかしら。



 だが、絶対零度の視線を送り続けているというのに、目の前のぼっちオタクは、トドメの一撃を放ってきた。



「俺がずっと、凛子を守るから。二人で一緒に幸せになろう」



「…………」


 なんなの、このポエムみたいなキモい告白。

 寒すぎて全身の鳥肌が全会一致のスタンディングオベーションしてるんだけど。



 間違いないわ。こいつ、ラノベの読みすぎて脳細胞がファンタジー世界に完全移住してる。


『毎日世話を焼きに来る幼馴染は、実は俺に惚れている。男子たちからの告白を断り続けて、いつか俺が応えてくれるのを健気に待っている』


 そんな安上がりな設定を、私に上書きするなんて……何様なのよ。



 私は無言で蛇口を締め、水の音を消した。

 濡れた手をタオルで拭き、ゆっくりと向き直る。

 一動作ごとに、私の中の温度を零下へと引き下げていく。



「照れるなよ。お前のその隠しきれない思いに、俺は応えたいと――」

「ちょっと待って。あんた、私に惚れられてるとでも思ってんの?」



「え……?」



「幼馴染だからって付き合う理由にならない。今のあんたには1ミリも魅力がない」



 ピシャリと言い放つと、拓実の顔からスッと酔いしれたような余裕が消え去った。



「り、凛子……? 何を――」

「もう一度言うわ。1ミリも、魅力、が、ない」



 容赦なく、私は正論のナイフを抜いた。

 すがりつこうとする痛い幻想を、ここで完膚なきまでに切り刻んでやる。



「小汚いダボダボの服、猫背でヒョロガリ、ボサボサのウザい髪、根暗で友達はゼロ……って、キリがないわね。とにかく、本気でキモいのよ」



「な……っ」



「そんな『陰キャぼっちの極み』を、私が好きになると思ってんの? 私が世話してるのはお母さんに命令されてるからであって、あんたへの好意なんて微塵もないわ」


 言葉の刃が突き刺さるたびに、拓実の顔面から血の気が引いていった。



「でも、ヒロインっていうのは、俺みたいなやつの隠れた魅力に気づいて――」

現実ここはアンタの妄想の世界じゃない。勘違いも甚だしいわ。身の程を知りなさい」



「……っ」



 拓実は口をパクパクさせて、陸に打ち上げられた深海魚みたいになっていた。


 ふん、オタクCPUが完全にショートしたわね。

 これ以上この空間にいたら、私の精神まで汚染されそうだし、退散させてもらうわ。

 


「今日のお世話は終了。じゃあね」



 呆然と立ち尽くす拓実を放置し、乱暴に外したエプロンをソファに放り投げて、足早に佐藤家を後にした。



***



「あああああああ! 無理無理無理っ! マジで無理!」



 自分の部屋に逃げ込み、ベッドへダイブして枕をボコボコに殴りつける。


 叫ばないと、耳の奥に残ったあのネットリした声が脳を溶かしそうだ。



 あのドヤ顔。あのポーズ。あのポエム。

 思い出すだけで、全身の毛穴から冷や汗が吹き出す。


 最悪だ。私の輝かしい中学生活に、消えないレベルの黒歴史が刻まれてしまった。


 そもそも、いつも男子からの告白を冷ややかに切り捨てて『氷の処刑人』だなんて呼ばれてるこの私が、最底辺オタクと付き合うわけないことぐらい理解しなさいよ。

 

 足をバタバタさせながら、布団の中で身悶えする。



 もし。もしもよ。あんな痛いのが幼馴染だと同級生に知られたらどうなる?


『氷室の幼馴染、妄想こじらせた痛いぼっちなんだぜ』

『しかもあいつ、氷室にポエム告白したらしいぞ、ウケるー』


 ……終わる。私の社会的尊厳が、音を立てて崩壊する未来が視える。



 だけど、家は隣、母親同士は親友。物理的に距離を置くのは不可能だ。

 どうせ明日も、「拓実くん、ご両親が共働きで夜遅いから、一人で大変でしょ。様子見てあげなさい」って、強制労働が押し付けられるに決まってるんだから。


 それに、あんな勘違い野郎を野放しにしておいたら、学校でどんな奇行に走るかわからない。


 最悪の場合、『凛子は照れ隠しで俺を拒絶したんだな。やれやれ』などと超絶プラス思考で脳内変換して、全校生徒の前で堂々とポエム告白をかましてくる危険性すらある。


 想像しただけで吐きそうだ。



 まだ四月……あと一年も同じ中学校なのよ。放置すれば、私は社会的に死ぬ。

 あのラノベ勘違い野郎を、せめて人前に出しても恥ずかしくない「無害な普通」にまで矯正するしかない。


 これは、 私の平穏な日常と、尊厳を守るための防衛戦よ。



「明日、覚悟しておきなさい……叩き直してやる」


 私はベッドの枕を、ギュッと力いっぱい握りしめた。


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