◇34.ツンデレ黒竜・ラグドくん
「名乗られたら名乗り返す。それが立派な紳士への一歩ですぞ」
モリスさんが黒竜少年に向ける眼差しは初孫を見るお爺さんのそれである。「うるさいな、モリじい」と応じる黒竜少年の態度は、存分にツンツンしつつもお爺さんに懐く初孫のそれである。
これにより、モリスさんが猛々しい黒竜相手に言うことを聞かせていたのは、決して宰相の威厳などではなく、面倒見のいい祖父ポジションによるものだと発覚した。呼び名、モリじいなのか。めちゃくちゃ懐かれてるな……。
「よく聞けトレイシア。俺はラグド。竜の中でも一番すごい、黒竜だ!」
先程からモリスさんがラグド殿と呼びかけているので、もはや本人の口から聞かずとも知っていた名前だが、やはりお互いに名乗ってから名前を呼び合うのが様式美というやつだ。ラグドさんね。いや、年下だしラグドくんかな。
「ラグドっち。よろしゅうおま」
ふんぞり返っていた黒竜改め黒竜少年改めラグドくんは、私の顔をチラッと見た。にこっと微笑んだら、耳を赤くして瞬時に目を逸らされた。
「別に人間と仲良くする気ないけど、そっちがそうやって下手に出るなら、まあ」
所在なさげに片手で頭を掻きつつ、裸足の先で足元の草をいじいじしながら、努めてどうでもよさそう感を醸し始めるラグドくん。
どうにも知らない人と話すのが気恥ずかしそうな様子から察するに、恐らく先程までは強いて威厳を出そうとしていたり、喧嘩を売られた怒りで勢いが付いていたりしていただけで、本来は人見知りする子なのかもしれない。
「ラグド殿、ラグド殿」
「なんだよモリじい、うるさいな。ちゃんと名乗っただろ」
「はい、とても紳士的でした。次はトレイシア様に、襲い掛かったことをごめんなさいしましょう。非礼は速やかに詫びるのが紳士ですぞ」
「なっ、なんで俺が人間なんかに謝らないと駄目なんだよ! 絶対に謝るもんか!」
腕を組んで「ふん!」とそっぽを向く黒竜少年。モリスさんは「全くもう」と嘆息し、申し訳なさそうに私を見た。
「トレイシア様、ラグド殿が無礼を働き申し訳ございません。どうかまだ三十九歳の小竜のなすこととして、ご容赦いただけましたら幸いです」
「さんじゅうきゅうさい」
ラグドくんが割と年上(それも何百歳とかではなく現実的な範囲で)だったことに微妙な感慨を感じるが、小竜という表現を聞く限り、魔族界隈としては幼い部類なのだろう。そのため、少年の見た目通りの年齢感覚で受け取るのが正解かもしれない。うん。ラグドくんは年下だと思い込むことにしよう。
「なんでモリじいが謝るんだよ! だってさあ、ほら、モリじいだって聞いてただろ、こいつだって喧嘩売ってきたんだもん!」
大人しくなっていたラグドくんは再び火が付いたようで、キッと私を睨みつけた。
「そうだよ、急にお姫様みたいな態度取ってくるから忘れてたけどさあ、お前、すっげえ口悪かったじゃん! 騙されるとこだった! 最も高貴なお姫様だって触れ込みだったけど、絶対に噓っぱちじゃん!」
「おっふ」
センシティブな話題に思わず変な声が出た。今まで誰にも言及されなかった、私が実は一番下っ端の第六王女である件に、まさかラグドくんが抵触してくるとは。
「絶対に魔王様のこと騙して嫁に来たんじゃん!」
「そ……」
そうではないと即答すべきなのに、その通り過ぎて言葉に詰まった。
――婚約者の前提条件が偽りだったと知った時、魔王はどう思うだろうか。
「そ、れは」
嘘の吐けない善良な魔王は、相手に嘘を吐かれたことを知った時、とても傷つくのではないだろうか。私を素晴らしい姫だと思っている、あの魔王は。
「それは違いますぞ、ラグド殿」
こちらの動揺を知ってか知らずか、モリスさんが私の発言を待たずして口を挟んだ。
「トレイシア様のお口が悪い、というのは誤りですぞ。確かにトレイシア様の言葉遣いはやや独特ですが、それは独学で魔族語を学ばれた努力の証。普段の所作を見れば分かりますぞ、トレイシア様は優雅で高貴なお姫様そのものだと」
「で……でもさあモリじい、こいつ、俺のこと犬呼ばわりしたもん! でかいわんちゃんって! めっちゃ性格悪いじゃん! お姫様のくせにさあ!」
「いえいえラグド殿、それも誤解ですぞ。まだトレイシア様にとって魔族は見慣れぬ存在なのです。初めて見る黒竜を大型犬と見間違えるのも無理のないこと……そう、どこからどう見ても羊魔であるわたくしでさえ、なんと最初は犬だと思われていたのですぞ。ね、トレイシア様」
「えっ」
唐突に話題を振られて我に返った。私が黒竜相手に全力で喧嘩を売りにいった件について、モリスさんは大変に好意的な解釈をしてくれてるらしい。ちらっとラグドくんの反応を窺えば、「え、そうだったんだ……無知ゆえに……竜と犬を間違えるのが箱入り育ちのスタンダードなんだ……」と、愕然とした顔で納得している様子である。
これは丸く収められそうな流れだなと心の内で頷き、モリスさんの言葉に全力で乗っかることにした。




