第13話 フランデの断罪
沈黙の王冠 ―追放の宴―
月光が煌々と照らす夜の王城。
今日ばかりは、城の一角――新たに宰相公ノワール=ヴィオールの私邸と定められたセフィロスの館に、眩いばかりの灯がともされていた。
宰相公とその婚約者リエージュ=ブリュッセルの婚約を祝う宴。
招かれた貴族たちは誰もが笑顔をたたえ、王家も祝福の意を表していた。
――だが、その華やかさの裏には、もう一つの「断罪劇」が用意されていた。
「……お父上。まさか、こんな席でとは」
フランデ=アントワープは唇をかみしめていた。
正装の上から感じる冷や汗。胸元に巻かれた金のチェーンが、やけに重く感じられる。
彼の父、アントワープ伯爵が目を細めて息子を見下ろした。
「この場でこそ、だ。貴族社会というものは、他の誰が見るかより“王家がどう見るか”だ。……お前の失態は、もはや無視できぬ」
「失態……? 私はただ、婚約を破棄しただけです。あの時のリエージュは、家格も、将来性も……」
「愚か者が」
鋭く、抑えた声。
周囲に聞こえぬよう注意しているが、その怒気は隠しきれていない。
「お前が侮った“あの娘”は、今や次期公爵夫人。そして宰相公の婚約者だ。……ノワール殿下とリエージュ嬢が婚約したという事実だけで、我が家は多くの貴族派から睨まれている。お前のせいで、王家に恥をかかせたと見られているのだ」
「そ、そんな……」
フランデの顔から、血の気が引いた。
「今ここで決める。――アントワープ家の家督は、お前には継がせない。弟のアンソニーに譲る」
「な……!?」
あまりの言葉に、フランデは立ち尽くした。
自身の立場、名誉、未来すら失う宣告。
「……父上、私は……!」
「もう決まったことだ。お前には、ブルージュ男爵家から縁談が来ている。男爵令嬢ゲントラ=ブルージュとの婚姻により、婿養子としてそちらの家に入れ」
「そ、そんなっ……!」
フランデの肩が震えた。
ゲントラの家柄は悪くはないが、男爵家などアントワープに比べれば遥かに格下。
それに、彼女との間に愛などあるはずもなかった。
「我が家を救うには、これしか道はない。わかってくれ、フランデ」
――冷たい声。けれど、それは貴族としての義務と割り切った父の“最後の情け”だった。
そこへ、別室からアンソニーが姿を現す。
「お父上。兄さんに言い渡されたのですね」
青年はどこか落ち着いた足取りで近づき、静かに礼をした。
「アントワープ伯爵家の跡は、僕が継がせていただきます。……兄さん、安心してください。僕ならうまくやれます。これまで家の政務も見てきましたし、王家との関係も大事にいたします」
その声に、フランデは顔をしかめた。
「アンソニー、お前……まさか、この機を狙って……!」
「違いますよ、兄さん。これは結果です。……兄さんが、あんなに優しいリエージュ姉さまを、何の説明もなく卒業式で突き放した時から……こうなることは、決まっていたんです」
冷ややかな言葉ではなかった。
どこか寂しげで、真摯で、それでも確かな距離を持った響きだった。
「リエージュ姉さまとは、その後も何度か文を交わしていました。……傷ついていたけれど、それでも“あなたを責める文”だけは、決して書かなかった」
フランデは、言葉を失った。
リエージュが、自分を……?
「姉さまは、僕にもよく言っていました。“アンソニーがしっかりしているから、アントワープ家は大丈夫ね”って」
にこりと笑う弟の顔が、やけに眩しかった。
「公爵夫人になれたこと、本当に嬉しそうでしたよ。『私は幸せよ』って。……だから僕も、胸を張って彼女に会えるように、家を守る責任を果たします」
――何もかもが、終わっていたのだ。
リエージュは自分を捨て、それでも恨まず、前を向いた。
そして今、弟までもが“王家からの信頼”を背に立っている。
「兄さん、お願いです。……恥じない生き方をしてください。僕にとって、あなたは、やっぱり……兄ですから」
その言葉に、フランデは肩を落とした。
もはや、言い返す言葉もない。
貴族として、兄として、人として――すべてを見失っていたことに、今さらながら気づく。
遠く、セフィロスの館から宴の音が漏れていた。
笑い声。祝福の歌。
その中には、きっとリエージュの笑顔もある。
「……リエージュ……」
かつて、その手を握っていたはずの彼女。
それは、もう遥か遠い存在となっていた。
「アンソニー……お前に、託すよ。……俺の代わりに、家を……」
ようやく絞り出した声に、弟は黙って頷いた。
こうして、アントワープ家の後継者は入れ替わった。
失った兄と、選ばれた弟。
だが、その運命は、すべて自らの手で選び取ったものだった。
――そして、その夜。
リエージュは宴の片隅で、一通の手紙を受け取る。
差出人はアンソニー。
「姉さま、ご婚約おめでとうございます。
これからも、どうかお幸せに。アントワープ家は、僕が必ず守ります」
その文面に、リエージュはそっと微笑んだ。
裏切りの記憶が、少しだけ、穏やかに癒えていくようだった。




