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亜空間トンネル式通信・転送のため、トンネル発生装置が設置され始めた。
実は、亜空間トンネル式通信・転送と亜空間トンネル式ジャンプは同じものである。
亜空間トンネル式ジャンプは、亜空間トンネルを船が通れる大きさまで広げてゆく、通信と転送なら信号が通るサイズだ。
ちなみに亜空間トンネルを通るのが前提のため、アンフィビア商工連合の船は細長い筒状をしてるのだとか。
(そういえば、あの敵性種族の船も亜空間トンネルを通るために四角いのかもな…)
イズマックは説明を聞きながら思った。
『亜空間トンネルをずっと固定する必要はありません』
『通過する物が通る所だけを広げればいいのです』
ミンとタオがノウハウ部分を教えている。
亜空間トンネルを維持するために必要なエネルギーは膨大である。
それを少しでも抑える工夫をしてきた訳だ。
「ワームホールとはどう違うんです?」
ツナギを着たツインテ娘が質問をした。
確か現地採用の見習い隊員だ。
『ワームホールは自然の状態でエネルギーが常に供給されていて、しかもサイズが亜空間トンネルとは比べ物になりません』
『しかし制御不可能で、入口と出口が変更できません』
「ふむふむ」
ツインテ娘はメモを取っている。
(典型的な技術屋だな)
イズマックは思った。
科学ラボ、機関部、火器管制など、科学技術関連の取りまとめはイズマックが担当している。
新技術の設置には立ち会わなければならない。
「ジャンプコアをそのまま使うんですね」
『既にある物を使うのが効率的です』
「なるほど、なるほど」
『ジャンプフィールドは亜空間トンネルを通る船だと思って下さい』
『亜空間トンネルは川です』
「川下りってヤツですね」
『その表現は適切です』
ジャンプフィールドはジャンプドライブ時に宇宙船が纏うエネルギーフィールドだ。
通常のジャンプも、宇宙船の周囲に亜空間を形成している。
フィールドを纏って亜空間を潜り抜ける。
この亜空間は宇宙船が通った後すぐに消滅する。
トンネル式は文字通り亜空間をトンネルとして形成する。
亜空間を広範囲、大規模に形成するという発想だ。
膨大なエネルギーを要するが、より速くより遠くへ短時間で移動することが可能になる。
通常のジャンプが小路なら、トンネル式ジャンプはハイウェイである。
アンフィビア人は、神話や詩歌などのアカデミックなものから大衆娯楽まで文化・文学の類いは好きだが、これを趣味に留め置く傾向がある。
仕事と趣味を分けていて、いたずらに観念論を言わない。
現実面では、トライアイ人並に論理的で、そして実学を重んじる種族だ。
技術屋とは相性が良かった。
*
「船長、発生装置の設置が完了しました」
イズマックはブリッジに戻り報告をしようとして、
「ん?」
しばし目をしばたかせた。
船長席にムラサが座って指揮をしている。
航行計画を立てているようだった。
パープルは適当な席に腰かけてコーヒーをすすっていた。
「お、早いな」
「フログ商会と当船の機関部スタッフの話がスムーズにいってたので」
「そうか、順調なのは良いことだ」
パープルはうなずく。
「じきに亜空間トンネル発生テストが始まります」
イズマックは持ち場についてコンソールを操作する。
結論からいうとテストは上手くいった。
月の都基地との通信。
物品の転送、そして、人の転送。
ただ太陽系内では連盟が使っている亜空間放送、電送装置とほとんど変わりがないので、遠い場所でもう一度試さないといけない。
遠く離れた場所で使ってこそ、その価値が分る。
「亜空間トンネルが作れるんだったら、ジャンプもいけるんじゃないのか?」
パープルが期待一杯の眼差しを向けるが、
「いえ、そう簡単にはいきません」
イズマックは、にべもなく否定した。
「連盟の船が通れるサイズの亜空間トンネルを形成・維持するにはエネルギーが足りません」
「デューテリウムでもダメなのか?」
パープルが聞くが、
「ダメです」
イズマックは頭を振った。
「ジャンプ係数10の約1垓倍のエネルギーが要ります」
「はあ?!」
パープルは驚愕。
ジャンプ係数はジャンプドライブの速度を差す。
係数は1~10の数字で表される。
普通はジャンプ1とかジャンプ2と表現される。
ジャンプ10は光速の2000倍の速度だが、あまりにもエネルギーを使い、また出力が大きいため、ジャンプコアに負担をかけすぎる。
連盟が誇る高性能の宇宙船ニュージャージーならジャンプ10で12時間維持できる。
が、裏を返せば12時間しか持たないということでもある。
ちなみにエイラクマルは速度重視の船ではない。
そんな船が長時間高出力を出そうとしたら木っ端微塵になるだろう。
ジャンプ10はそれくらいエネルギーを使うのだが、さらにそれを上回り膨大なエネルギーが必要になるなど、想像の限界を超えている。
「それに亜空間トンネルを安定化させるためには、更にフログ商会より設備を強化してもらわなければいけません」
イズマックは表現を一切変えずに言った。
「今の設備では信号を送る事しかできませんよ」
「うーむ」
パープルは唸った。
*
亜空間トンネル式ジャンプのことは置いといて、エイラクマルは初の太陽系外への航行を試みる事になった。
もちろんムラサの指揮である。
「発進」
ムラサが言うと、エイラクマルは静かに動き出した。
フログ商会船は月の都基地へ寄港する事になった。
一時お別れである。
彼らは太陽系の探査の途中で、交換可能な種族を探すという目的もある。
なので、月の都政府に挨拶をしたいのである。
幻想世界に来てから初のジャンプ2以上での航行だ。
太陽系を出てジャンプ6でケンタウルス座α星系を目指す。
星図をしっかり修正しておいたお陰か、すんなりプロキシマ・ケンタウリに到着した。
プロキシマ・ケンタウリは赤色矮星で直径は太陽の7分の1、質量は8分の1。
太陽と比べるとかなり暗い星だ。
プロキシマ・ケンタウリbは、恒星であるプロキシマ・ケンタウリから約750万kmの距離にあって、約11.2日の周期で公転している惑星だ。
いわゆるハビタブルゾーン内に入っていて、液体の水がある惑星として知られる。
外の世界では原始的な生命がいたそうだが、こちらの世界ではどうか。
(あ、あらぁ?)
スクリーンに映った惑星を見た途端、ムラサは愕然とした。
水のある惑星とは思えない、赤茶けた姿をしていたからだった。
まるで火星である。
「イズマック少佐、これについて見解はありますか?」
ムラサは意見を求めた。
「どうやら、この世界では恒星から出るフレアがプロキシマ・ケンタウリbの大気を宇宙へ流出させてゆき、徐々にこんな姿に変えてしまったと推測される」
イズマックは答えた。
観測データがスクリーンに映される。
「火星と同じだな」
パープルはやはりコーヒーをすすっている。
「念のためスキャンしてみます」
ムラサは独り言のように言って、
「アズマ、プロキシマ・ケンタウリbをスキャンしてくれ」
「了解、副長」
アズマは手動で船のスキャナーを稼働させた。
「生命体はいません」
「霊的生物もいないのか?」
「位相調整スキャンをしてみましたが、反応ありません」
アズマは簡潔に答えた。
「プロキシマ・ケンタウリbには物質及び霊的な生命体はいません」
「ガーンだな」
ムラサはちょっとばかりショックを受けた。




