74 ミルクの虜
羊毛は当然ながら刈った後だと、もの凄く汚れている。
それは羊のフンだったり、草や土・埃、たまにでっかい木の枝とかがびっしりと。犬や猫なら時折お風呂とかに入れるのかもしれないけれど、羊や牛はお風呂の機会なんて無いみたい。
今はハワードさんの指示により、ただいまお湯に羊毛を浸けて軽く押し洗い中。
ちなみにここでかき混ぜたり、強く擦ったりしてはいけないんだそう。フェルト化して固くなっちゃうんだって。
洗剤も入れずにただお湯に浸けているだけでも、かなり濁ってきて相当な汚れが付いていたんだなぁと分かる。
余談だが、お湯に浸けた途端、凄まじい匂いが立ち上ってちょっと嗚咽がね・・・。
急いでマスクしたさ・・・。
お湯がかなり濁ってきたタイミングで一度入れ替え。
今度は洗剤を投入して、しばらく浸けておくらしい。ガシガシ洗えないから、つけ置き洗いが基本。
なので、とにかく時間が掛かる作業みたい。
「そしたら、朝一から洗剤に浸けてあった分があるから、今度はそれをゆすぐ作業な」
「はい」
私が来る前にハワードさんが準備していた分に取り掛かる。
普段は1人でこの作業をしているから、合間合間で出来るように少量ずつ分けて作業しているんだって。
羊だけじゃなくて、牛の世話もあるから結構タイトスケジュールだし、重労働だ。
たまに孤児院の子供たちがお手伝いに来てくれるらしいけれど。対価はミルクで。
冒険者には不人気でも、子供には人気のある仕事なんだぞ?ってハワードさん談。
ただ子供は飽きっぽいし、力仕事は出来ないから中々作業は捗らないっていう愚痴と共に。
完全にミルク目当てですね。
洗剤に浸けてあった羊毛を、浅めのタライに移し替えつつ水を注いでいく。
「この中でゆすぎつつ、ゴミを取っていくんだ。ここである程度取っておかないと、後で苦労するからな」
「承知しました。――それにしても、かなり汚れ落ちましたね?もう結構真っ白じゃないですか」
「まぁな。特にウチに居る子達は皆毛の色が白いのが多いから、見てて気持ち良いだろ」
「ええ、本当に」
最初から白いんじゃなくて、汚れが取れて白くなっていくっていうのが凄い気持ち良いんだよね。
結構快感。
「あー、こっちの分はまだ落ち切ってないな・・・。これはもう一度洗剤に浸けておくか」
そうハワードさんが呟いたので私も見てみると、確かにまだ少し茶色っぽくて水の濁りも強い。
ハワードさん曰く、汚れが酷くても大体2回ほど浸け置き洗いをすれば、ほどんどが真っ白になるらしい。
彼がもう一度浸け置き洗いの作業をしている間に、私はひたすらゴミ取り中。
洗浄が終わって、羊毛が白くなると付着していたゴミが目立つこと。軽くほぐしながら、草や葉っぱ、小さな枝などを同時に取り除いていく。
取り除き終わった部分は、粗い網目のザルに開けていき、軽く絞ったらこの後陰干しをして乾かすんだとか。
ただ、このゴミ取り作業が中々細かくて時間の掛かること掛かること。
途中からハワードさんも加わって一緒に作業。
少しお喋りしながらだったり、時折無言で黙々とだったり。
ようやくこの作業が終わったのは、もう陽がてっぺんまで昇ってきた頃。
夜明け直後に牧場に到着した事を考えると、かなり長時間経過している事になる。
それでも完全には取り切れていないけれど、さすがにキリが無いし、乾かした後の方が取りやすい部分でもあるって事で、一旦終了って事に。
この後は、今から干す分とは別に昨日ハワードさんが干した分があるから、そっちに取り掛かるらしい。
時間的にもまだまだ余裕はあるので、私もお手伝い。
「乾いてほぐし易くなってんだろ?こうやって、つまむように取ってほぐしていくんだ。ほぐすだけでも自然と下にゴミは落ちていくけど、たまに取れないやつもあるから。完全に取り除けってわけじゃねーから、ある程度な?多少残ってても、それは後で加工する職人達が頑張るからよ」
「わかりました。終わった分は全てこちらの箱に?」
「おう、入れる時は押したり潰したりしないようにだけ気を付けてくれ」
乾いた羊毛はそのままでもふわっとしているけれど、ほぐしていくと更にふわっふわ。
なんか・・・ほぐしている間は『THE 糸』って感じで、手に絡まる感じが地味に不快感あるんだけど、ある程度量がまとまってくると途端に感触が気持ちよくなる。
最初、洗浄する前は結構重たく感じたのに、今はすっごく軽いし。そんだけ汚れていたって事なのかな。
黙々と作業していたけれど、途中でふと進捗状況を確認しようと、終わった分を見てみたらなんか量がおかしい。
いや、少し固まっちゃってる羊毛をほぐして入れているんだから、そりゃ体積は増える事は理解出来ているんだけど・・・。
増え方がハンパじゃない。
おそらくまだ5分の1くらいしか終わっていないハズなのに、もう一箱埋まりそう。
最初やたら用意してある箱が多いな、と思ったらそういう事か・・・。
一体この量で何がどれくらい出来るのか、ちょっと気になる。掛布団とかだったら、軽く4,5枚は作れそうだな。
ウールの用途には詳しくないから分からないけど。
その後、しばらく集中して作業をしていると何やら最近嗅いだ気がする香りが。
それと同時にハワードさんがお盆を持ちながら近づいてくる。
「おーう、一息入れようぜ?コーヒー淹れたからよ、ミルク入れてカフェオレでもどうだ?」
「是非!頂いたミルク、まだ試していなかったので気になってたんです。嬉しいです」
「ハマっちまうぞ~?ウチのミルクは。覚悟して飲むんだな?」
そういって悪い笑顔のようでいて、自慢気に言うハワードさん。
ちょいちょい思ってたけど、『ウチの子』とかって呼ぶあたり彼は自分の従魔に対する愛情がわかりやすい。
筋骨隆々で二の腕とか、細身の女性の太ももくらいあるイカツイ印象なのに、牛や羊と接している時の顔がとても優しくて。何ならちょっとデレデレし過ぎてる感もあるけど・・・。
子煩悩な男性タイプよな。
もう少し若ければ、プレイヤーにもモテそう。いや、意外と今でも人気は出そうか?年上男性の包容力もありそうだしな。5・60代とはいえ若々しいし、ゲームって事もあって気兼ねなくキャーキャー言われそう。あのオタク(仮)の彼女とか。
そして体に似合わず、カフェオレに砂糖たっぷり入れるギャップには思わず吹き出しそうになったよ。
釣られて私も同じくらいの量を入れてしまったけれども・・・。
一口飲んだところで、それが正解だった事を理解した。
ちょっとクドめの甘さになってもおかしくなかったのに、むしろバランスの良い甘さに感じる。
ミルクの濃厚さはもちろんあるけど、砂糖の甘さの後にほのかに感じるミルク本来の甘さのおかげで上品にまとまる感じ。
・・・これはハマるわ。
素直にその感情が顔に出ていたんだろう。
ハワードさんがニヤリと笑っているのが見える。
これは彼が自慢するのもわかる。今後これ以外のミルクでは満足出来なくなるって言ってたのは誇大広告でも何でも無かった。単なる事実だ。
少なくとも、私にとっては。
「・・・参りました。本当に美味しいです」
「はっはっは!そうだろそうだろ!もう他のミルクは飲めなくなるぞ~?って事で、今後ともご贔屓に!」
「まったくもってその通りですね。どうぞよろしくお願いします」
お互いにちょっとふざけながら頭を下げて笑った後は、カフェオレを一口飲むごとにほわっと癒される。
飲み終わるのがもったいなくて、ちょびちょび飲んでいたけれどさすがに終わりが来てしまう。
けれど、おかげでしっかり癒されたし、気分転換にはぴったりの一服タイムだったね。
気合を入れ直して作業再開。
十分にリフレッシュされたおかげか、作業も捗る捗る。
向かいで同じく作業をしているハワードさんのスピードには負けるけれど。
結局すべてが終わったのは、昼過ぎというか夕方手前というか。なんだかんだと長時間に渡ってお手伝いする事になったけれど、その分やり切った感も中々。
「お疲れさん!本当に今日はありがとな!助かったよ。さすが薬師ギルドのクエスト受けたヤツだけあって根性あったな!」
「こちらこそ。普段できない体験が出来て楽しかったです。おいしいミルクもこんなに貰えて、むしろ得した気分ですよ」
「はっは!そーか、そーか、お前さんもすっかり虜になってんな!そのミルクが無くなったらまた来いよ、クエストはほぼ毎日出してるから歓迎するぞ」
「ええ、そうさせてもらいます。確実に近い内に来ることになりそうですが」
「おうよ、また来てくれや」
また訪れる事を宣言して、牧場を後にする。
クエストだと昼前には終了予定だったところを、この時間までお手伝いしたという事でかなり多めに対価(という名のミルク)を貰ってホクホク顔で歩く私。
ただ心配なのは、ゲーム内ではミルクを入手する手段はあるけれど、現実では手に入らないという点。
あくまでミルクだし、依存性とかは無いだろうけど、物足りない感くらいはあるかもしれないのよな・・・。
ミルク目当てで、ゲームにログインしてるっていう状況にはならないと信じたい。
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