0-60 街の夜道
「でよぉ、そいつのカミさんが出てきて、そりゃもう修羅場ってやつでよぉ」
「最近、タンガイランナシの卸値が下がっちまっただろ? あいつら大損だって煩くてなぁ」
「なあ、フラムとベリーギが昔付き合ってたって本当か!?」
「がははは、そりゃツケが回ったって奴だろ」
「何だ? そこの。1人でしんみり飲んでるかと思えば、飲んでもいねぇじゃねか」
「え? いや、僕は飲めないので……」
飛び交う喧騒の中、一人席であるカウンターの左隅に尻尾を丸めた仔犬の姿があった。
彼が今いるのはサミヤの働く飲み屋の中だ。
「飲めねえだ? 此処は飲み屋だぞ? そんな奴が何でいるんだぁ?」
絡んできた男の吐く息が臭い。
今すぐにでも逃げ出したいが、ぐっと我慢するサークヤ。
「ごめんねぇ。この人、私が拾ってきたんだけどぉ、迷子なの。許してあげてぇ」
「なんだ、サミヤの拾いモンかぁ。じゃあしょうがねぇなぁ」
猫なで声でサミヤが言うと、その酔っ払いが目をデレッとさせて席へと戻る。
「サークヤさん、もう少し注文してもらえないかな。一日歩き回ってこれだけじゃあ割に合わないわ」
「サミヤさん……そうは言っても食欲が無いんだ。仲間が見つかってからで勘弁してもらえないかな」
「……約束だからね。破ったら只じゃ置かないからね」
益々尻尾を丸める仔犬だった。
*
「さて。帰るわよ、サークヤさん」
酒場の夜はそれほど遅くは無い。
日が暮れれば人通りはめっきりなくなり、飲んだくれている客を熟せばその日は終了だ。
「えっ! 帰るって……」
「何言ってんのよ。私んちに決まってるじゃない」
「えええっ!!」
「はぁ。サークヤさん、何処かに泊まるほどのお金って残ってるの?」
そう、先程食事代を払う時に財布が軽そうなのを見ていたサミヤは、サークヤの懐事情を指摘したのだ。
それはそうだ、今日一日中、乗合馬車に乗りまくっていた。
一晩泊まる程度のお金はテリオに持たされていたが、それを使い込んでいたのだ。
実はズボンのポケットの内側に緊急用のお金が縫い込まれている事を、サークヤはすっかり忘れていたのだが。
「いや、僕は野宿でも構わないんだけど……」
「却下。街中でそんな事してたら、あっという間に保安隊に連れてかれるわ」
「あううう……」
「よって、サークヤさんに選択肢は無い。分かった?」
「……はい」
くぅん……としょぼくれる仔犬であったが、その保安隊の詰所内に宿泊施設がある事はすっかり忘れている二人だった。
夜道を歩く二人。
月の変わり目なので夜空に月は昇っておらず、暗くはあるが所々に明かりが灯っているので方向を誤る事は無い。
空を見上げても、それらの明かりの為か見える星の数は少ない。
ふと周りの店を見ると、なんとなく見覚えがあるように感じる。
「サミヤさん、ここって僕が逸れた通り?」
「そうよ、よく分かったわね。東口から北へ行った所が私の家よ」
そんな近くに鍛冶屋があったのに他の鍛冶屋を先に回ってたのかと、そう答えて進むサミヤを恨むサークヤ。
東口に近付くにつれ明かりが少なくなり、周囲が暗くなっていく。
「あれ? よく見ればこれ、電気じゃない?」
「え? ああ、そうよ。所々だけど電気で明かりが点いてるわ。……よく分かったわね」
「ま、まあ……ね」
分かったというより、それが当たり前な世界から来たので、無くて当たり前だと思い込んでいて気付くのが遅れた、というのが正解だろう。
「へええ、こっちに来て初めて見た。ちゃんとあるんだ」
「電気は高いから使っている所って少ないからね」
そんな話をしながら北への小道に入った所だった。
「いちゃいちゃしているところ悪いんだが……ちょっと金を貸してくれや」
そう言いながら暗闇から男達が出てきた。
サークヤは人がいる事は察知していたが、こういう輩だとまでは分からなかったのでシマッタと独りごちる。
「いちゃ…… ごめんねぇ、お金は持ってないの。そこを通してもらえるかしら?」
「金がねえなら姉ちゃんでも良いわぁ。こんな奴とじゃなくて俺らと良い事しようや」
うわあ、なんてベタな……とサミヤが後ずさると、男達が周りを囲んできた。
「さあ、金か女か。選べ。俺たちは優しいが、気は短けえんだ。早くしなければ……」
そう言って男達が剣を抜いてきた。
4人か…… そうサークヤが周りの男達を睨んでいると、サミヤが小声で話し掛けてきた。
「仕方ないわ。お金を出しましょう。サークヤ……は殆ど無かったわね」
そう言って懐をがさごそ探り出したサミヤに質問するサークヤ。
「こういう場合って相手に怪我を負わせても罪にならないんだっけ?」
「そうだけど…… って、えっ? ちょっと! 何考えてるの? あなた一人で4人を相手にするって言うの? 無理よ!」
思わず声を荒げてしまったサミヤに、大丈夫、とサークヤは声を掛ける。
「これだけ暗いと怪我させずにってのは難しいから、確認したかっただけだよ。殺したりまではしないから安心して」
そう言って剣を抜くサークヤに、サミヤは戸惑った。
今まで怯えまくってた仔犬のような人が、一人で4人を相手にしようというのだ。
絶対無理だ、下手をすれば殺されてしまう。
そう思うのだが、何故か剣を構えるサークヤの姿に説得力を感じてしまう。
「此処でじっとしてて。動かないでね」




