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外の世界

 階段を上り、九階層に到達した。


 いつも通り、青蝋燭の空間があった。


 芯が巨大な扉に触れると、自動的に開かれて行く。


 伸びた通路は舗装されていないのか、洞窟らしさがより強調されていた。今までは石畳など人為的な色が濃くなっていたが、また下層のように自然的な様相を呈している。


 周囲に細心の注意を払いつつ、一行は進んだ。


 警戒体制のまま、エミルの発動させた光球の明かりが通路を照らしている。そのまま、しばらく道なりに進む。右左折を繰り返し、ぐねぐねと曲がった道を通り、やがて異変に気づいた。


「光だ」


 遠くでキラキラと瞬くものが見えた。


 芯達は、誘われるように歩を進めた。次第に光量が増え、眩いばかりに面々を照らした。


 水晶石のような淡いながらも幻想的な光ではない。強く射すような光だ。


 芯達は光を潜った。いや、あまりに眩いため薄目で光に近づいたという方が正しい。


 やがて光に慣れた芯は眼を開く。


 逸る気持ちを抑え、芯は走った。


 やがて視界が広がった。


 見えた。


 外だ。


 気温は氷点下。


 辺りは吹雪いており、遠くまでは見えないが広大な土地であることはわかった。


 空は曇天に覆われていた。


 高揚した芯は寒さを忘れ、呆気にとられつつエミルを見た。


「ここは一体……?」


「恐らく、外の世界であろ。しかし、これは」


 例えるなら南極。地面は見えないが、極寒なのでまず間違いなく積雪しているだろう。


 芯達がいる場所は、洞穴の出入口のような場所。見下ろすと、岩壁が伸びている。つまり、山岳地帯なのか、それとも単純な崖か。


 見上げると頂上が見えた。ここが終着点であることは間違いないらしい。


 つまり『頂上に辿り着けば望みが叶う』ということは虚実であったということだろうか。それとも、違った意味合いを含んでいたりするのか。


「それで、どうするのだ? 進むか?」


 崖に沿って細道がある。足場が不安だが通れないこともない。


 芯は山登りの経験はないが危険性は理解している。滑落したら死に直結する。しかし、準備しようにも道具もないし、どうしようもないだろう。


「ここまで来たんだ、進もう」


「うむ、そうだな」


 強風に打たれながら、壁沿いに進んだ。


 幅は一メートル程度。広くも狭くもないといったところだろう。無風であれば、だ。


 芯達は慎重に山道を下った。一瞬の気の緩みに危険が伴う。


 途中、洞穴を見つけ、休憩し、風を凌いでを繰り返して下山を進めた。


 やがて道幅が次第に広くなり、植物が僅かに視界に入った。


 歩みを止めることなく、彼等は進み続けた。



 ――吹雪が収まったのは数日後のことだった。



 食料が心許ない。一応、往復分はまだ残っているが、帰りを考えるとあまり時間はなさそうだ。


 雪を踏みしめ、晴れた情景を視界に入れた。


 一面の銀景色。そこにあったのは、ただの雪。遠くにある自然の山々と植物。それ以外にはなにも見えない。地上なのか、それともまだ迷宮内なのかという疑問が浮かぶ。


 薄暗い中、進み、やがて視界に入り込んだものに、意識を奪われた。


「光だ」


 遠くに見えたのは小さな光。ゆらゆらと揺れている。


「人、か?」


「わからねぇ……」


 誘われるように芯達は光に向かって歩を進める。


 ザクザクと雪が小気味いい音を漏らし、鼓膜に届く。


 はっはっ、と息を吐くと白い大気が上昇する。


 次第に近づくと、光もこちらに寄っていることに気づいた。


 何かがいる。その存在に、警戒心を抱きつつも、期待をも覚える。


 そしてその全貌が明らかになった。


 驚愕に、芯の思考は一瞬だけ停止してしまう。



 それは人だった。



 しかし、人だとは断言できない。


 なぜなら、頭の先から足の先まで肌を露出していなかったからだ。


 厚着であるのは当然だが、顔前面を覆うそれが何か、芯は知っていた。




 ガスマスクだ。




 どこかで見たことがある風貌。感染地域で作業をする際に着用するような。それよりも高度で、宇宙服に近くもある。


 その人間は、ライフルを構え芯に銃口を向けていた。


 明かりは胸から出ている。備えつけのライト機能らしい。


 芯は想像していなかった状況に動揺を隠せない。しかし、一つだけ確実なことがあった。


 科学が存在しているということ。そしてそれは、同時にここが地球なのではないかという考えに繋がった。


「動くな」


 鋭い警告に、芯は顔を上げる。


 女性の声音だった。


 しかしそれよりも衝撃的だったのは、日本語だったことだ。


「あ、あんた、日本人か?」


「……そういうあんたも? いえ、馬鹿な、そんな」


 顔が見えないため表情を読み取れない。しかし、無言の時間が訪れたことで、何か考えていることは伝わった。


 一体、どういう状況なのかわからないが、この女性は事情を知っている様子だった。


 芯はしばし女性の挙動を見守った。


 そして、やがて女性は口火を切った。


「その後ろのは……なんだ?」


 なんと説明したものかと懊悩したが、上手い言い訳が浮かばず結局、ありのままを話した。話している最中も、女性は微動だにせず、銃を構えたままだ。


 正直、芯は生きた心地がしなかったが、説明を終えると、女性は銃を下ろした。


「メシュテリア……そう、あなた達は『選ばれし子等』なのね」


「それは一体、どういう」


「とにかく、ついて来て」


 状況を飲み込めなかった、芯だったが女性の案内に従った。


 事情を理解している様子だったし、説明を聞きたかった。


 しばらく歩くと、女性が屈み、地面のハッチを開いた。


「こっちよ。蓋は閉めてね」


 中に入る女性に続き、芯達も下りた。


 下に向かい階段が続いている。コツコツと足音が反響している中、エミルが不安そうに呟いた。


「あやつ、お主の同郷のものか?」


「多分、そうだ」


「どうなっておる? 転移先で転移元の人間に会うなどと」


「俺にもわからねぇよ……」


 女性の後を追い、更に歩くと数十分後、ドアが見えた。


 中に入ると、左右に通路が伸び、四つの扉が並んでいる。


「悪いけど、そっちの扉に一人ずつ入って。その子はあなたと一緒でいいわ」


 言うや否や、女性は一番右側の扉に入った。


「言う通りにしよう。さすがに罠じゃないだろう」


「まあ、何があろうと妾は大丈夫だがの」


 嘆息し、エミルは一番左、レオンは左から二番目の扉に入った。


 芯とリュウは右から二番目の扉に入る。


 左右には厚みのあるガラスが見え、左右の部屋の様子が明け透けだった。


 女性に倣い、部屋の中央付近で立ち止まる。何が起こるのか待っていると、足元から光の線が浮かび、身体をなぞった。


 まるでスキャンされているようだ。


 次いで、液体が全身に噴射された。


「ぶっ、なんだこれ」


「ギュ!」


『我慢して。すぐ終わるから』


 消毒のようなものかと連想できた芯とは違い、エミルは混乱し何事か、と暴れていた。


 レオンは不快そうだったが、相変わらず仁王立ちのままだ。


 次に暖かい空気が噴出されると表面が乾いた。


 電子音が響き、数秒経つと正面の扉が自動的に開く。


 進むと、ロッカールームがあった。しかし着替える必要はないだろうと思った芯は、とりあえず荷物だけ下ろすことにして、扉を潜ると廊下に出た。左右にはエミル達が見えた。


「なんだ、あれは! 何の罠だったのだ!?」


「いや、罠じゃないから」


「ごめんなさい。地上から戻る時には消毒しないと危険だから。それに失礼だけど、そちらの御仁やその子は一応、検査も必要だったし」


 レオンとリュウのことを言っているようだ。言葉の端々に不穏な空気が漂っていた。


 女性は防護服を脱いでいた。身体の線が出るようなボディスーツを着ている。どこか未来的な格好だ。


 二十代中盤くらいの年齢だろうか。セミロングで癖の強い感じだ。猫のようにやや三白眼で切れ長の眼をしている。



 更に奥へ。



 廊下が伸びており、左右に幾つかの部屋があった。


「ここは倉庫や制御室。生活空間は奥よ。えと、大丈夫かしら、わかる?」


「ああ、なんとなく」


 道なりに進むと、扉が見えた。そのまま通ると、開けた空間に出た。


 どうやらリビングらしい。ソファーとテーブルが中央にあった。奥にはシンクと天板が見える。


 コンクリートを固めたような内壁だった。端には扉が三つある。寝室と浴室、お手洗いだろうか。


 思ったより、芯が知っている家屋のデザインと変わらない。ここまでの印象から、もう少し、近未来的な感じかと思っていた。そしてそれは、芯がどのようなことを想像しているのかを連想させることでもあった。


「好きに座って」


「ありがとう」


 芯が座ると、膝の上にリュウが乗って来た。隣にはエミル、レオンは壁際に立って腕を組んでいる。


「まず、自己紹介をするわ。私は沢村リユ」


「俺は竜胆芯。こっちはエミル、リュウ、レオンだ」


「竜胆……そう、あなたが」


「なんだ?」


 リユは小さく首を振り、薄く笑った


「いえ……後で話すわ」


 気になりはしたが、とりあえず別のことを質問してみた。


「あんたは、ここに住んでるのか?」


「まあ、そうね。私は海上出現物監視員をしているの」


「海上? じゃあ近くに海があるのか?」


「いいえ、違うわ。ここよ、この場所が海だったの。わたし達がいる、この施設は潜水艇よ。今は、動かせなくなっちゃったけどね」


「ま、待て待て、つまりここは、日本、なのか?」


「そうよ。日本、西暦二○七六年の、日本海上、ウロボロス近くよ」



 芯は絶句するしかなかった。



 ここが六十年後の日本? 未来、なのか?



 リユの眼は真っ直ぐ芯を見つめている。そこに後ろめたい感情があるとは思えない。彼女の言葉は真実だと思えた。


「ま、待て、ウロボロス前って、どういう」


「あなた達が出てきた場所がウロボロスよ。外部の、地球にいた人間には近づけなかったけれどね。それは今も変わらないわ。話では、あなたは二○一六年十月に日本からウロボロス内……あなたの言うメシュテリアに転移した。そこから外では六十年が経過しているということ。その間に、十一の災厄が訪れ、地球は今のような状態に陥ったのよ」


 話を少しずつ整理した。つまり、芯は別の世界に転移したわけではなかった。メシュテリア、ウロボロスの中に転移していたのだ。


 落ち着け。今まで何度も未曾有の事態に巻き込まれてきたのだ。その度に、乗り越えここに至っている。


 芯は自信に言い聞かせると平静をなんとか取り戻す。


「今のような、って世界はどうなってるんだ?」


「異常気象、異常現象、天変地異。こんな風にしないと、人は生きられなくなった。生存数は数十万と言われてるわ。奇跡的に生き残った人達は、おじいちゃんの言葉を聞いていた人や、一部の富裕層だけみたいよ」


「六十年の間に、何があったんだ? それに十一の災厄って?」


「少し長くなるわ。お茶を入れましょう」


「妾は飲めん。気遣い無用だ」


「わかったわ」


 リユは台所に向かいポッドを火にかけると、食器をテーブルに並べた。


 準備している最中、エミルと小声で話す。


「さっぱりわからんのだが」


「俺もだ。ただ、俺がいた世界に、人間はほとんどいなくなった……みたいだ……」


「彼奴の言葉通りであれば、であろ?」


「まあ、そうだけどな」


 リユが紅茶を入れてくれた。久々に感じた甘い匂いが鼻孔をくすぐる。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 ティーカップに口をつけ、紅茶を啜った。


「続きを話しましょう。長くなるけれど」


「構わない」


 こくりと頷いたリユは口火を切った。




「二○一六年十月、ウロボロスが出現する前から人々が突然いなくなる現象はあったの。忽然と、形跡もなく神隠しに合ったような人達がいたわ。

 一部では噂になっていた、ウロボロスと関連があるんじゃないかって。時系列はズレていたけれど、同じようない非現実的な超常現象はなかったから。

 それからウロボロス教という人達が跋扈し始めた。彼らは終末論を語り、世界中で騒ぎを起こし問題になっていた。

 私の祖父、猫村一紀は、友人の失踪を境に、ウロボロスに関して調べていた。時間を惜しんで次第に没頭したわ。そして祖父はウロボロスから特定の信号が発せられていることに気づき、解読した結果、十年後、災厄が訪れることを示唆していると判明した。

 だけど、そんなことを信じる人は少なかった。ネット上で動画を流したけれど、誰も見向きもせず、結局ウロボロス教の人間と一部の人間だけが祖父の声に耳を傾けた。

 

 災厄の内容は、

 一ノ災厄   一部生物の異常発生

 二ノ災厄   空が常に曇天で覆われる

 三ノ災厄   台風の大量発生

 四ノ災厄   河川が突然色を変える

 五ノ災厄   大津波の発生

 六ノ災厄   大地震の発生

 七ノ災厄   世界の大寒冷化

 八ノ災厄   大気汚染

 九ノ災厄   水位の高上昇

 十ノ災厄   多量の隕石落下


 そして、

 十一ノ災厄  災厄の竜の襲来


 祖父は信号を解読し続けた。そしてウロボロスは、人間を救うために現れた、救いの竜であることを知った。


 災厄の竜から人類を守護するため、人々を転移させている。しかし、それには新世界を生き残る適正が必要だった。だから、一部の人間だけを移動させ、体内で育てた。新たな世界で生きられるように。新人類として生まれ変わらせた。


 おそらく、だから外でも無事なんでしょうね。きっと、転移させられた時か、それともウロボロス内であなた達に免疫を与えているのでしょう。


 私がそのまま外に出たら数分で死ぬわ。大気が汚染されているから、肺から腐るのよ。



 魔術? 精霊?



 ああ、そういうこと。そういう存在がウロボロスの中にはいたのね。


 多分、それは転移者の思いを具現化したもの。記憶に埋まっているものを発現したもの。


 そういう概念を生み出したんでしょう。


 精神的、肉体的成長を促すため、試練めいたものを具現化した。体内は世界の一つだから、自然に生まれたと解釈もできる。


 それから十年後。


 祖父の言う通り災厄は訪れた。


 ノアの方舟のように、祖父はウロボロス教の人間の支援を受け、地下深くに巨大なシェルターを作ったけれど、一般人の多くは聞き入れなかったわ。


 結果、生き残ったのは祖父の言葉を信じた人達だけ。その中でも、近場にシェルターがない人間は死んだでしょう。


 だけどシェルターに避難しても運が悪かった人達は災厄に巻き込まれた。


 人間が十の災厄まで乗り越えた後、ウロボロスと同じような存在が確認された。



 それが災厄の竜ニズヘッグ。



 来襲から今も、奴は暴れている。天災そのもの、災厄そのもの。


 ウロボロス同様に近づけず、干渉できず、兵器も当然効かない。


 わたし達、人間は奴の影に怯えて生きているの。自然には勝てないように、災厄そのものには勝てない。


 そうして私達は滅んだ。


 祖父がどうしたか?


 研究を続け、生存した人達のために尽力していたわ。


 けれど、ウロボロス教からニズヘッグ教に鞍替えした人間が増えて、内部分裂を起こした時、命を落とした。こんな状況でも仲間で争うなんて、愚かよね。


 私がなぜここにいるのかって?


 両親が祖父の意思を次いで、ウロボロスの監視をしていたからよ。


 両親は幼い頃に亡くなったわ。八歳くらいの頃かしら。それからは一人で生きてる。


 人間はもう長くは生きられないようになったの。


 竜の目的?


 祖父は地球のエネルギーを目的としているんじゃないかと言っていたけれど、どうかしら。人間を殺して、地上の生物を絶滅させて、尚、暴れているということは、私達人間の絶望を糧としているみたいだと私は思うわ。


 これが私の知っているすべて。


 これが六十年の間に地球で起きた出来事よ」




 静寂が部屋を包んだ。



 芯は話を脳内に記憶し、飲み込み、そして思案する。


 リユを一瞥する。確かに猫村の面影はあった。孫だと言われれば、納得できなくもない。


「信用できないのなら、資料が残っているわ。幾らでも読んでいいし、映像を見てくれてもいい」


「……あんたが言っていることが本当だとして、じゃあ、これから人類はどうなるんだ?」


「滅ぶ、でしょうね。実際、私が生まれた時に生きていた人達は全員死んだわ。過酷な環境の上。生態が変化した人類に、繁殖は難しいのよ。正直、人に会うのは久しぶり。もう少し若ければ、生殖をお願いしたいところだけれど」


「せ、生殖って」


 突然の言葉に僅かに動揺したが、リユは苦笑を浮かべるだけだった。


「安心して、もう私は長く生きられないから、そんな気はないわ。あなたは、地上に出るなり、ウロボロスに戻るなりして。ただもう地上には資源はないわ。バイオテクノロジーで何とか生き長らえているけれど、それも限界が近い。結局、子供を作るなんて無謀なのよね。

 けれど不幸中の幸いね。私が生きている間に来てくれてよかった。肩の荷が降りたわ。おじいちゃんがあなたのことをずっと心配してたから。もし生きているなら、すべて話してあげたいと思ってた」


 何も言えず、芯は沈黙を守った。


 その様子を見て、リユは慌てて手を振る。


「気にしないで。子供の頃からわかってたことだから。こう見えて結構、幸せだったのよ。とにかく、あなた達はウロボロスの中で別の世界に生きて。必要な環境はすべて揃ってるはずよ。ウロボロスの中では物理法則や因果に捕らわれず、必要なものが具現化するはずだから。って、祖父の受け売りなんだけどね」


 本当に受け入れているのか、リユの澄んだ笑顔が印象深かった。

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