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一夜明けて


 翌朝、起床した花凛は、昨夜の出来事が夢ではない事実に落胆した。


 それは他の面々も同じだったようで、思い思いの朝を迎えた。


 中でも目立ったのは瑠璃だった。他の連中が起床していく中、彼女だけが起きない。スースーと慎ましやかな寝息を立てているが、眠りは深いらしく寝返りも打たない。


「御身屋さん起こした方がいいんじゃないかしら?」


 見かねためぐみが呆れ顔で花凛に言った。しかし、花凛は必死で首を横に振る。


「わ、私はちょっと無理かなーって」

「あ、あたしも」


 巴も怯えた様子で人形のように、機械的に首を振る。その顔には必死さが滲んでいた。


 めぐみは、首を傾げたが、何やら不穏な空気を感じたのか、無理に起こすことはなかった。だが、そこに空気を読めない人間が進んで行動を開始した。


「おい、いい加減起きろよ、お嬢様!」


 空気が読めるようで読めない。それが中渕彰、その人であった。


 愛らしい寝顔を晒している瑠璃の肩を無遠慮に揺する。それは次第に苛烈化していき、巴と花凛はあわあわとしながらも制止しない。近づくことさえも憚られ、むしろ後退り、距離をとった。


 規則的な寝息がピタッと、止まるとゆっくり瞼が開かれた。


「おっ、起きたか」


 彰の状況を理解できていない言葉に、花凛は内心で罵倒する。

 愚かな行為をした。その事実に気づいていないとは。


 瑠璃は寝起きとは思えないくらい、はっきりと瞳を開き、そして、安眠を妨害した彰にニコッと笑った。そして、言った。


「ぶっ殺すぞ」


「………………え?」


 普段の言動、現在の表情と一致しない言葉に、彰は疑問符を浮かべることしかできない。


「何起こしてんだ、てめぇ、殺すぞ」


 笑顔のまま、声も天使のよう。しかし言葉の内容は粗野で悪意に満ちている。


 瑠璃の背後にはどす黒い空気が浮上している。他の人間は空気を感じとり、瑠璃から離れた。花凛もご愁傷様とばかりに両手を合わせながら離れた、巴も離れた。


「乙女の睡眠を妨害しやがって、死ねっ。食あたりで死ねっ。

 床に蹴躓いてテーブルの角に後頭部ぶつけて死ねっ。眠ったまま死ねっ。逆恨みされて、暗がりで背後から包丁で刺されて死ねっ。

 生まれたことを後悔しながら、痛みに悶えて、拷問されながら、死ぬ寸前まで痛めつけられて、泣きじゃくりながら死ねっ。食事中に、舌噛んで死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ――」


 笑顔のまま早口で呪詛を吐く瑠璃を前に、彰はなす術なく、蛇に睨まれた蛙のように身体を硬直させただけだった。


 顔色は徐々に青ざめ、やがって肩を落とし、すみません、すみませんと小さく呟き始めた。それでも瑠璃の怨嗟は止まるところを知らない。


 結果、全員が関わりたくないという強い思いから、二人を放置し、朝食の準備を花凛とめぐみで済ませた。あまり得意ではないが、彰がいないのでしょうがない。


「あら、おはようございます」


 瑠璃が正気を取り戻したのは朝食を作り終えた時だった。代わりに、彰は平静とは言えない状態に陥っていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、生きていてすみません、すみません、ごめん、死んで詫びます。すんません、ごめんなさい」


 彰は放心状態でぶつぶつと呟いていた。


 誰も触れようとしなかった。世の中には関わってはいけないことがあるのだ。


 毎朝、瑠璃を起こすメイドや執事が精神を病み、退職するという事態が起きているということを花凛と巴は知っている。それほどに、瑠璃は寝覚めが悪い。しかも中々起きない。だから、そっとしておくしかないのだ。


「ごめん、ごめんなさい――はっ!? お、俺は何を」


 しばらくすると彰が正気に戻ったが、誰も先の出来事には触れない。それでいい。


 芯が用意していた、木の実やイモを簡単に焼いたものを朝食とし、全員が食事を終えた。


 花凛は、ここで暮らすという現実を思い知らされ、受け入れつつあった。

 朝食後の合間、めぐみが全員に聞こえる声量で、淡々と言葉を紡ぐ。


「では、昨夜決めた通り、始めましょう」


「って言ってもよ、狩猟とか毎日してたらすぐにいなくなるだろ? 兎の数も少ねぇし」


 彰の言い分は最もだ。一応、全員に役割は振り当てられているが、毎日同じ仕事があるわけでもない。


「そうね。基本的に担当は決めたけれど、必要な役割を毎朝確認しましょう。都度、振り分けるということでいいかしら? なければ通常通りの担当業務をする、ということで」


「おう、それならいいぜ」


「とりあえず、役割を一つずつ精査しましょう。その上で意見があったりすれば逐次お願いします。では農耕から。担当は築山君と薮崎さん。

 こちらは竜胆さんが作物を植えてくれていますし、ある程度育っています。今後は、規模を増やすことが急務でしょう。現在ある作物を育てることと並行して進めてください」


「どうやってやればいい?」


 岩次の声は抑揚が少ない。冷徹に感じないのは、彼の持つ穏やかさのおかげだろう。


「確か、イモの発芽した部分を切って植えればいいはずよ。ここは太陽光がないけれど、育っているから特殊な環境みたい。私も詳しくないから、竜胆さんが持っていた農耕の指南書を読むといいわね」



「了解」


「では。採取。担当は間宮悠李さんと霧山君。木の実や、作物にできそうな植物があれば掘り起こして農耕組に渡して欲しいわね。

 ただ、この庭園や一階層の庭は、竜胆さんが大体、調査しているらしいから、もうないかもしれないけれど。土の中を掘り起こしたりするのはいいかも。その場合、土は戻して頂戴ね」


「うん、わかったよ」


 採取班の迅が返答する。もう一人の担当者、悠李は外出中だ。


「次に狩猟。担当は中渕君と中条さん。中渕君がさっき言ったように狩猟は間隔を空けてした方がいよさそうね。

 まずはどれくらいの数がいるか確認するといいかも。あるいは家畜として育ててもいいかもだけど、愛着がわきそうね……そこら辺は担当者が決めて。状況によっては色々してもらうと思う。今日は、数の調査でいいかもしれないわね」


 巴と彰は同時に頷く。特に意見はないらしい。


「家畜飼育、管理は舞白さん。畜産に関しても参考書があるらしいから、必要なら目を通して頂戴。一人で担当だけど、人手がいるなら狩猟班にでも頼んで。問題ない?」


「だ、大丈夫、です。世話したこと、あ、ありゅ……あるので」


「そう、ならお願いね」


 麦はおどおどしながらもなんとか答えた。ぼさぼさの髪はいつも以上にこんもりしている。頼りないが経験者なら大丈夫だろう。立候補した位だし、自信があると信じよう。


「衣服関係は御身屋さんと望月さん。着替えがないからできるだけ早く全員に数着欲しいわね。特に男性物。家にある衣服とか生地を使うか、植物を加工するしかないけど、大丈夫?」


「そうですね。狩猟班の方には動物の皮をはぎ取って貰えると助かります。綿に近い植物があれば、手間はかかりますが布団も作れるかと思います。望月さんはなにかありますか?」


「え? あ、えと、別にないよ」


「問題はなさそうね。最初はある分を活用して。では、次に清掃、家屋関係。間宮さんと若林先生。

 清掃は毎日しなくてもいいけど、することがない場合はお願い。不清潔だと病気になりやすいしね。家屋関係というのは必要なものを調査したり、不便な部分を改善する感じかしら。将来的には部屋を増やしたいところだけど、優先順位は低いわね。力仕事もあるだろうから、狩猟班に手伝いを頼んで」


「わかった」


 花凛は心ここに非ずといった感じで答えた。


 昨夜から芯達はまだ帰っていない。女三人の中で一夜を明かしたということになる。彼にはそういう雰囲気はなかったが、少し気になる。


 それに役割の清掃と家屋関係。思ったよりやることは多そうだ。というか、結構、担当部分が曖昧という感じがする。現時点ではまだ生活の不満が多すぎるから、何を優先すべきがわからない。


 それに、若林は役に立たない。


 今も、生徒達が率先しているのに、何もしない。料理でさえ出されたものを食べて、ぼーっとしている。自分も大したことはしていないが、彼女に比べればまともだと思う。


「そして解読は私。書斎と錬金術室を行ったり来たりする感じになると思うわ。竜胆さんがここの言語習得には二ヶ月程度かかったと言っていたし、私もそれなりに時間がかかりそう。ある意味、時間はあるから何か問題があった時はすぐに報告に来て。

 次は護衛ね。築山君と中条さん。竜胆さんが収拾した武器があるから、中条さんと築山君は好きなの使っていい、とのことだったわ。一応、竜胆さんが帰って来てから考えた方がいいと思う。危険だし」


「そう、だね。あたしもそう思うよ」


「否定意見はない」


 巴と岩次は同時に頷いた。少し安心したように見える。好んで戦いたいとは思わないのだろう。スポーツや格闘技とは違う。命を天秤にかけた戦いなのだ。


「調理は中渕君と間宮悠李さん。食材が少ないけれど、できるだけ工夫して欲しいわね。毎日同じだと飽きが来るし。大変だろうけど、お願い」


「おう、任せとけ。こう見えて、低予算の上、素材が少ない簡単料理はお手の物だ」


 力強く胸を叩く彰は、とても頼もしかった。さっきまで、すんません、すんませんと謝罪し、生きていることを後悔していた人間とは思えない。


「何か意見あれば。なければ各自、業務に入ってもらうわ…………ないみたいだから、解散しましょう。では、今日からお願いね」


 そして全員がそれぞれの担当箇所へと向かった。



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