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薮崎萌子


 庭に到着すると、芯は湖畔で火を焚いた。


 ある程度の火力に達すると、周辺に小枝を用意し、置いた。


「何してるんですか?」


「ん? 水から上がると寒いからね。火を焚いておかないと」


「なるほどー」


「なるほどー、じゃないっての。なんで男のあんたが普通にここにいるわけ?」


「心外だな。準備を終えたらここから離れるに決まってるだろ」


 芯は鞄を降ろし、中身を二人に見せた。中には女性物の衣服が数枚とタオル数枚がある。


「わー、持って来てくれたんですねっ!」


「服は、あの家に元々あった奴。タオルも洗濯してるから大丈夫。適当に選んでいいぞ――ん? なんだよ」


 芯が説明していると、萌子が複雑そうな顔を向けて来た。


「い、いや、ここまでしてくれると思わなかったからさ」


「なんだ殊勝な態度だな」


「は? ベ、別に違うし。ってか、これくらい当然っていうか、当たり前?」


「ま、どうでもいいけど」


 手を二度三度振り、芯は立ち上がった。


「じゃ、俺は入口まで戻ってる。何かあったら呼んでくれ」


「あ、ありがとうございます」


「いいさ。じゃあな」


 立ち去る慎の背中を見て、萌子は何か言おうとしたが、結局口を閉ざしたままだった。


「よかったんですか?」


「な、なにが?」


「いえ、お礼、言いたそうだったから」


「はっ? い、いや、そ、それは」


 別にそんなことはない、と萌子は内心で必死に拒絶した。それでも声に出さなかったのは、動揺してしまうとわかっていたからだ。


 打算や下心があると対処しやすいのに、真っ直ぐな親切には弱い。どんな顔して話せばいいのかわからなくなる。偽善だとしても、多くの労力を割いてくれたら、余計に何も言えない。


「とにかく、入っちゃいましょっ」


「え? あ、ああ、うん、そうだね」


 間宮の妹は、快活な性格のようだ。あんまりこういうタイプと話したことがない。


 委員長のようなプライドが高いタイプとか、長いものに巻かれるタイプなら居丈高でいられるのに、こういう明け透けな性格は苦手だ。


 しかし、完全に信用もできない。女は、演技をするものだからだ。表面上は善人を装い、腹の底では何を考えているかわからない。


 一応、周囲を警戒しつつ服を脱いだ。対して、悠李は迷いなく脱衣すると湖に入って行った。まだ子供なんだろうか。羞恥心が薄い。それとも竜胆芯のことを信頼しているんだろうか。


 制服を脱いで、下着だけになった。開けた場所なので、どうしても辺りが気になる。


 ただ、ここで迷っても悠李は脱いでしまっているわけだし、あまり意味はないかもしれない。


 悠李は湖の中で立ち尽くしている。


 どうしたのかと思いながらも、萌子はすべて脱ぎ、湖に足を踏み入れた。


「つっめったぁぁっ!」


 尋常ではないほど冷たい。悠李が身動きをとらなかった理由がわかった。水温が低かったのだ。


「さ、寒いですね、これ」


「寒いってか、い、痛いって」


 芯の言う通り焚火が必須のようだ。これでは長く入れそうにない。さっさと全身の汚れを落とした方がよさそうだ。


 萌子は入浴が好きだったが、水風呂は嫌いだ。冷たいのに長居できるはずがない。


 汗と汚れを落としてさっさと水から出た。恐らく、三分程度しか入ってない。カラスの行水じゃないけど、今回は仕方がない。快適さが皆無だった。


「さぶ、さ、さぶぶぶぶ、さぶい」


 ガチガチ震えながら焚火に近寄りつつタオルで身体を拭いた。


 悠李も同じようにしていた。しばし時間を置くと、次第に体温が元に戻る。焚火様様だ。と、悠李の視線が自分の身体に向けられていることに気づく。


「何?」


「あ、すみませんっ。スタイルいいな、って」


 褒められて悪い気はしない。しかも、彼女は本音で言っているようだ。


「あんたもいいじゃん。ちょっと細いけど、まだ中学生なんでしょ? 数年したら成長するっしょ」


「ははは、そうだといいんですけど、あ、あのですね。その、き、聞きたいんですが」


「何、改まって」


「いえ、その」


「はっきり言ってくれる? ウチ、もたつかれるとイラつくんだよね」


 いつもの癖が出てしまった。つい語気を荒げて、口調も辛辣になってしまう。これが敵を無駄に作る原因だとはわかっているが、こういう性格にしたのも自分だとわかっているため改善が難しい。


 しかし、悠李は気にした風もなかった。ぎゅっと手を握って、決意したように澄んだ瞳を向けて来た。


「では、お、おっぱい揉まれると大きくなるって本当ですか!?」


「…………は?」


 突然、何を言い出すかと思ったら、揉まれたら大きくなるか?


 まさか、こんな状態で、こんな場所でそんな質問をされるとは思わなかったものだから、萌子は激しく動揺した。


「ど、どど、どうかなー」


「薮崎さんはその、お付き合いしている方がいるみたいなので、そ、その聞いてみようかなと」


 いるにはいるが、そこまでの関係じゃない。


 むしろそこまでの関係になったことがない。いつも、のらりくらりと躱して、そういうところに行くまでに別れているからだ。


 萌子にとって彼氏はステータスだ。本当に誰かを好きになったことはない。


 だから、肉体関係を結んだこともないし、そんなことをさせるつもりもない。考えただけで気持ち悪い。


 男はすぐにヤリたがるから躱すのが大変だけど、翻弄するのも楽しいとは思う。あまり甘く見ると危険なので、普段から警戒している。当然、二人きりになったりはしない。


 何人とヤッた、何日でヤッた、彼氏とどんなプレイをした、とか話している女子も結構いる。


 そんなの私はすぐに股を開く馬鹿な女です、って言っているようなものだ。そんなもので女の格は上がらない。


 女というだけで、条件次第では、男は大なり小なり群がるものだ。確かに多少の清潔さとか化粧とか立ち振る舞いは必要だ。けれど、男に比べて大した努力をしなくとも集まって来る。重要なのは何人にモテたかではなく、どんな男にモテたか、だ。


 それを一概にモテると勘違いしている女の滑稽さと言ったら、筆舌に尽くしがたい。その感情は同性にしかわからないだろう。


 そんな萌子に悠李の質問に答えられるわけがなかった。


 しかしそこは、大人として、年上として知らないとは言えなかった。


「ど、どうだったかなー、ウチはそんな気配はないかなー」


「やっぱり、そうなんですか……」


 悠李は自分の胸を悲しそうに見下ろした。


 いやいや、そもそもこの娘は彼氏がいるんだろうか。萌子は好奇心をそそられ、質問してみた。


「悠李ちゃんだっけ、あんたはいるの? 彼氏」


「え? いませんよ」


「じゃあ、好きな人がいるとか?」


「……ど、どうなんでしょう」


 あ、これいるわ。間違いなくいるわ。でも自分では気づいていない感じ? 青いなー。って、本気で恋したことがない自分が言うのもおかしいか。


 もじもじしてる悠李に見惚れていた萌子は、なんとなくこれが年下の力か、と圧倒されつつあった。


「と、とにかく、あれですね。大きくはならないんですね」


「た、多分。ほら、個人差もあるんじゃん?」


「なるほど、個人差っ!」


 うんうんと自分を勇気づけるように大きく頷く悠李。なんとも愛らしい所作だ。そこに計算がまったくないというのがわかるからこそ、好印象に思えるのだろう。


 萌子は少女の純粋さに目を奪われていることに気づき、我を取り戻した。


 危ない、危ない。こういうタイプは本当に危険だ。


 身体を拭き、ワンピースを着てサンダルを履いた。サイズはぴったり、ちょっと地味だけど、まあ、いいだろう。


 悠李はスカートとYシャツ。サイズはちょっと大きい。どうやら服の持ち主は萌子の体格と同じくらいだったらしい。


 たき火を砂で消して、鞄を持とうとしたが、重いし大きいしで担げなかったので、入口に戻った。どうせ芯が運ぶだろうと思ってのことだったが、通路まで戻ってもいなかった。


「いないんだけど」


「自室に戻ったんでしょうか?」


 確かに、かなり早く上がったし、自室に戻っている可能性はある。


 ったく面倒臭いな、と思いつつも近場の水晶石を手にして、芯の自室に戻った。


 そこにもいなかった。


「これってまさか置いていかれたんじゃ」


「でも竜胆さんがそんなことするとは思えませんけど」


 わざわざこんなところまで連れて来て、置いてけぼりするだろうか。しかも、着替えまで持って来てくれたのに。


 いや、待てよ。考えてみれば、ここは一階層。みんながいる三階層に戻るには、魔物達がいる場所を通らないといけない。つまり、自分達だけでは帰れない。


 萌子は自分の行動を省みた。


 つまり、和を乱す行為ばかりしていた自分を追い出すために画策したのでは。


 でも、それなら悠李は関係ないではないか。


「あの、薮崎さん。異界線ってところまで行ってみませんか? 竜胆さんが、反対側に善次郎さんの部屋があると言っていましたし」


「そ、そうだね。うん、行こっか」


 変に意固地になって、プライドが邪魔をして、気づけば噛みついている。そんな性格のせいで、純真無垢なこの娘を巻き込んだのではないか。



 もし、そうなら、どうしよう。



 そう思いながら、善次郎の部屋まで行ってみたが、そこにも誰もいなかった。




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