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役割分担


 一連の騒動が終わり、全員がぽつぽつと家に戻った。


 現れた時も去る時も色々と周囲を巻き込むというか、嵐のような人というか。


 花凛は芯に対しての評価をどうするか迷っていた。いい人だとは思うが、どうも掴みどころがない。巴も彼を恐れていたが、どこかズレている。


 普通だと思っていた彼が、特異な存在になったことで、花凛の中での芯の印象が崩壊しつつあった。


 もう別人だと思った方がいいかもしれない。ここでの生活は彼に大きな転機を与えたのだ。


 家の床に座る。そこは花凛が座っていた場所で、離れて間もないからか、まだ温かい。


 スマホを見ると、時刻は九時前だった。もうそんな時間か、道理で眠くなるわけだ。普段は深夜に就寝するが、今日は疲労が大きい。


 早いところ眠りたいが、委員長のめぐみは話し合いを続けるようだ。


「え、えと。探索は竜胆さんに任せていいとのことなので、生活の役割を中心に考えたいと思います。優先順位は食料関係、かしら。あとは衣服、それと掃除。場合によっては一階層への移動も必要になるから、魔物との戦いを考慮しないといけない、かも。通常と特殊な場合の役割を考えましょう。

 今ここに十人いるからとりあえずの役割分担をしましょうか。食料は、農耕が二人、採取が二人、狩猟が二人、家畜飼育一人。衣服関係は二人。清掃が二人。残りは」


「ちょっといいかな」


「なにかしら、霧山君」


「生活環境の維持や改善に労力を割くのは大事だけど、やっぱりここにあるものを活用するべきだと思うんだ。書物とか錬金術の道具とか。竜胆から軽くは教えて貰ったけど、彼もすべてを読んだわけじゃないらしいし。

 もしかしたら、この迷宮の情報があるかもだし、竜胆の手助けもできるかもしれない。正直、僕じゃ探索の足手まといだし。他の、中条とか岩次とかはわからないけど」


 迅はちらっと巴と岩次を見る。と、巴は必死で否定した。


「い、いや、あたしは無理だ。竜胆についていくのは絶対無理。命が幾つあっても足りない」


「俺も無理。あれは無理」


「ちなみに俺も、あんな奴らと戦うのは無理だな。ゴブリン程度ならなんとかなるかもだけどよ、あんまり気は進まねぇ。喧嘩じゃねぇんだ。殺し合いに率先して参加できるわけねぇだろ」


 彰の言葉は最もだった。彼は運動神経もいいし、喧嘩の経験も豊富だ。その分、敵との力の差を見極めることも多少はできるようだった。


「そうよね……じゃあ、残り一人は書物の解読にしましょう。そこから得られた知識や技術があれば、後に活用するという役割も担うということで。あと、移動時の護衛役も決めましょう。殺さなくても対抗くらいはできないと困るし」


「うん、それでいいと思うよ」


 立候補で話は進んだ。


 最終的に決まった役割は以下の通りだ。




 ・農耕、築山岩次、薮崎萌子。

 力がいるので岩次が担当となった。萌子は残り物にいれられた感じだ。当然、仕事をしない場合は食事抜きにするという意見で一致した。


 ・採取、間宮悠李、霧山迅。

 悠李には調理を並行して担当して貰うため比較的負荷が少ない役に置いた。迅がいるのは体力がないからである。


 ・狩猟、力仕事、中渕彰、中条巴。

 いわずもがな。体力と行動力のある二人が担当。ただし、彰は調理も担当するので、途中で抜ける可能性もある。


 ・家畜飼育、管理、舞白麦

 珍しく麦が立候補。どうやら動物が好きらしい。


 ・衣服関係、御身屋瑠璃、望月夢衣

 瑠璃は裁縫が得意だが、夢衣に至っては不明だった。しかし立候補で、他の人間がいなかったため暫定的に決定。彰は裁縫がしたかったが、周囲の人間に狩猟を推されて断念。


 ・清掃、家屋関係、間宮花凛、若林華澄

 特技のない組。花凛はここしかないと思っていたが、若林はどこでもいいわというスタンスで清掃班になった。不安が大きい。


 ・解読、錬金術、魔術関係、時崎めぐみ

 頭脳明晰の上、読書が趣味の彼女が適任と満場一致。本人も満更でもない様子。

 

 ・護衛、中条巴、築山岩次。

 格闘技経験がある二人が担うことになった。家には芯が収拾した武器や防具の類が多数あるので、どれかを使って戦うことになるだろうとのこと。本人達は緊張した面持ちだったが、快く引き受けた。責任感の強い二人だ、きっと大丈夫だろう。


 ・調理、中渕彰、間宮悠李。

 調理経験のある二人。他の人間は調理があまりできない様子だったので、暫定的に決定。萌子に至っては誰も知らなかったので除外。




「――という感じになりました。問題がある方、いますか?」


 めぐみが全員を見回す。誰も反対意見はないようだ。


 普段なら口を挟む萌子がいない分、円滑に進んでいる。萌子がいないからか、夢衣も影が薄い。麦にすら何も言わない。


 完全に萌子の腰巾着なんだな、と花凛は思った。普段は萌子が常にいたから気づかなかった。もしかしてこの状態を見越して、芯は萌子を連れて行ったんだろうか。



 ――考え過ぎかな。



「では、今日の話し合いは終わりということで。何かあったら逐次、報告連絡相談しましょう」


 解散すると、全員が思い思いに時間を過ごした。


 芯の自室を使う人はいなかった。結局、所有者に気を遣い、入れなかった。


 井戸水で身体を拭いて、リビングに薄い布団や置いてあった衣服を敷いて寝た。


 暖炉の火が消えると、外の水晶石の明かりが中へ入る。淡い光は弱く、日光とは比べ物にならないほどにか細い。それでも、花凛は安息を得た。


 肌寒さを感じながらも、家族の顔が思い浮かぶ。


 たった数時間前、自分は学校にいた。なのに、今はこんな場所にいるのだ。


 一度寝たら、もしかしたら、すべては夢だった、となるだろうか。


 そんな小さな期待を胸に、花凛は目を閉じた。


   ●●



 ――出発から八時間。まだ、花凛達が寝入っている時間。



 一階層、異界線手前。狭い通路を小走りで通っていた。


 芯の横にはエミルが並走している。ほっほっほっ、と弾んだ呼吸をしているが、疲れはない。精霊である彼女に体力的な疲労は存在しない。


 彼女は以前、三階層から移動できなかったが、八階層の泉を解放したおかげで一階層から七階層まで移動が可能になった。泉解放により力を得られるということだったが、芯がそれを知ったのは最近のことだった。


 肩に担いでいる萌子は、ううっ、と何やら呻いている。もしかして揺れで酔ったのかもしれないが、泣き言を吐く気配はない。意外に根性があるらしい。というよりは、悪態を吐いても無駄だと悟り、諦めたのかもしれないが。


「おーい、大丈夫か?」


「はっ、はっ、はぁ、す、すみません」


 振り返り、悠李に声をかけた。かなり疲弊しているが、足を止めない。


 中々に強い心を持っている。芯は内心で感嘆しつつも、速度を一定に保つ。速すぎず、遅すぎず。悠李がなんとかついてくれる速度を維持した。


 途中で休憩は入れてある。鞄には水や食料も入れてあるので問題ない。ただ、悠李は今日こっちに来たばかりで精神的に疲労が蓄積しているだろう。その上で、ここまで走るとは、肉体的な力ではなく、精神によるものだろう。


 もしも、仮にそれが自分のためだとしたら嬉しく思う。自惚れるつもりはないので、あくまでそうかもしれない、という程度にとどめておいた。


 ゴブリンと遭遇することもあったが、奴らは基本的に芯と戦うことはない。強者に媚びるゴブリンは、芯を一目見て力量の差を推し量り、逃亡するのだ。芯もわざわざ倒す気はないので無視している。


 ただ、悠李に襲い掛かる可能性があるので、場所によっては倒す。


「もう少しだ、頑張れ」


「が、がんばりますっ!」


 悠李は完全に汗だくだ。制服姿のままなので、着替えたいだろうに。


 しばらく走ると異界線が見えた。止まらず飛び超えると、後方の二人も同様に超える。


「やっぱり、ここの異界線は超えられるんだな」


 三階層から一階層に下りるには、階段の安息所を通る。必然的にエミルも異界線を何度も超えるのだが、それも可能になっている。考えてみれば、泉間を移動できるのだから、それくらいはできそうなものだ。


「う、うむ。三階層の庭園には入れんがの」


「ふーん、何でなんだろうな」


「それなのだが……色々考えてみたのだがのぉ。多分、異界の人間が長く住んでいた、住んでいる場所だからではないかの!」


「どういう意味だ?」


「ほ、ほら! 妾はこの迷宮で生まれたであろ? ゆえに小僧のような異界人よりは魔物に近しい存在なのではないかと思う。魔物は異界線を越えられん。つまり妾も同じこと。

 しかし力を得ることで超えることができるようになった部分もある。その差異は何かと考えた結果だ」


「消去法ってことか」


「うむ。だので、一度お主の部屋か、善次郎とやらの部屋に行ってもいいかの? 実験してみたいのだ」


「そりゃ構わないけどよ」


「すまんな」


 通りがかり、善次郎の部屋、後に自室に入ってみたが、エミルは入れなかった。彼女だけが、扉を介在して入口前で立ち尽くしている。


「やはり、異界人に強く関与する場所へは干渉できぬようだの」


「理由がよくわからねぇな」


「まあの。理由はわからぬが、条件はわかった。それでよしとしよう。ところでその娘ともう一人の娘はいいのかの?」


 言われて、肩に担いでいる萌子の様子に気づいた。光のない瞳で、もう眠い、吐きそう、眠い、吐きそうと交互に呟いている。


 後方には悠李が死にそうな顔で、もう無理ですぅ、死んじゃいますぅ、無理ですぅ、と呟いている。


「お、おい、しっかりしろ、二人とも! なんでこんなことに!」


「いやいや、まるっとすべてお主のせいよ。鍛練馬鹿のお主と一緒にしてはいかんだろ。妾は精霊だしのぅ」


「くっ! すまない、すまない!」


 俺はゆっくり、萌子を降ろして、ペットボトルを渡した。その後、悠李にも水筒を渡すとゴクゴクと喉を鳴らした。


「はぁ、はぁ、し、死ぬかと思った」


「げ、限界でした。ほ、ほんと、マジで」


 悠李がマジで、なんて似合わないこと言うものだから、芯は虚を突かれて笑いそうになった。しかし、本人達が真剣なのでなんとか堪える。


「お主、今笑ったら、妾は擁護できんぞ」


「わ、わかってるって」


 ジト目を送られて、芯は背中に冷や汗を掻いた。


 芯は二人が落ち着くまで待つことにした。床に座り、自室を見渡す。


 たまに一階層に来た時には簡単に掃除している。おかげでホコリは少ないが、最初の時と印象が違った。久しぶりに帰った自室は別の場所のように感じた。


 それは自宅、白魔女の住んでいた家が、芯にとって我が家に変わったということだった。


「って、てかなんでウチがこんなところに、つ、連れて来られてるわけ?」


 ようやく体調が戻ったらしい、萌子が不満を漏らしつつ、睥睨して来る。


 芯は萌子に対して思った。この娘、中々に負けん気が強く、肝も座っている。単なる能無しかと最初は思ってもいたが、色々な言動や挙動を見る限り、実はそうでもないらしい。


 なぜか嬉しいと思った。


「風呂、入りたいって言ってだろ?」


「……だから?」


「いや、だから連れて来た。風呂ってか、湖だけど」


「まさかそのためだけに、何時間もかけてここに連れて来られたの?」


「そうだけど?」


「いやいや、え? 何、ウチがおかしいの? 違うよね? おかしいのはあんただよね!? マジ、なんなの!? 片道どれくらい、数時間かかって」


「九時間だな。これでもかなり急いだんだぞ」


「九時間!? バ、バッカじゃないの!? そ、そんだけ時間かけてお風呂入るだけ!? ってか、湖って冷たいじゃん!」


「いや、だから風呂入れるだろ。この場所じゃ、風呂に入るには色々大変なんだよ。ドラム缶でもあれば違うけど、まず金属が中々ないからな。風呂作るにも時間も水も足りなかったし」


「あーもー! わかった、わかったっての。あんたは、ここじゃお風呂入るのも大変だからわがまま言うなって言いたいんでしょ!?」


「いや? 違うぞ? 風呂入りたいなら、今度から一人で来てね、ってこと」


 萌子は芯の真顔を見て、脱力し、乾いた笑みを浮かべて項垂れた。


「……もう、頭痛い。ウチが馬鹿みたいじゃん」


「え、違うの?」


「ほんっとむかつくわ、おまえ!」


「え、ごめん?」


「疑問形で謝るなっての!」


「さあさあ、行こうか、ユウちゃん。汗掻いたでしょ」


「え? あ、は、はい」


 芯は萌子を無視して悠李を伴い、一階層の庭へ向かった。


 ぷるぷると肩を震わせる萌子を前に、エミルが憐憫の視線を送る。


「あやつとまともに取り合うと胃に穴が空くぞ」


「お、覚えておくよ」


 萌子とエミルが、芯の後を少し遅れてついて来た。


 芯は肩口に振り向き、


「遅いぞ、さっさと行こうぜ」


 と声をかけた。当然、火に油を注いだだけだった。


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