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ちょっと出かけてくる

 外で食器を洗い終えると、話し合いがもたれた。


 議題は『これからどうするか』だ。


 議長はめぐみがすることになった。


 迅は芯を推したが、彼は『意見をまとめたりする能力は、俺にはない』と拒否し、芯は迅を推したが、めぐみが立候補した。


 委員長という立場を見れば明瞭だが、彼女は責任感が強い。プライドも高いのは同級生の大半が知っている。能力もあるので問題はないが、独善的な部分があることを花凛は知っている。


 さすがに、大丈夫だと思うけど、と考えながらも、めぐみの進行を見守った。


「各自、状況は竜胆さんの話と体験した事実から理解していると思うわ。そして、現状で問題なのは食料と脱出方法について。そして役割が必要になるということ。

 ここで生活するなら、自分達でできることはしないと、食料もなくなる。掃除とかもしないといけないから。まずは、必要なことをまとめて、各自の役割を決めましょう」


「役割って、何? まさか、兎狩ったり、畑耕したりウチらがすんの?」


 敵愾心をめぐみに向ける萌子。しかし、めぐみは物怖じすることなく、呆れ顔を返すだけだった。


「当然でしょ。何もしないで食事を貰えるとでも? 私達は、あなたの彼氏と違って、尽くさないし、助けもしないわ。やるべきことをしないで対価が貰えるとでも思ってるの?」


 めぐみの言動は間違いではなかったが、言い回しは悪かった。特に相手は唯我独尊の萌子。タイプは全く違うがプライドの高い同士では、ちょっとした火種で大炎へと変貌する。


 不穏な空気を感じとって、空気がピリッと張り詰める。


「は? 意味わかんないんだけど。なんでそんなことしないといけないわけ? ってか、今、ウチの彼氏関係ある? ないよね? 偉そうにして、男にモテないからってウチに当たってんの? まあ、あんたなんか男に好かれたこと、なさそうだもんね?」


「それこそ関係ないでしょ!? 今、話してるのはこれからのことよ! それに、やるべきことをやらないといけない、って当然のことでしょ!

 ご飯は誰かが用意してくれるのが当たり前? 私達はあんたの家族じゃないのよ? それと言っておくけど、男子に告白されたことくらいあるから。あんたみたいに化粧濃くして、男に媚びなくてもモテるから!」


「はああ!? ふざけんなっての! ウチは媚びてあげてんの。男がそういうの好きだからそうしてあげてんの! 自分自分で他人のことなんか考えたこともない奴が偉そうに、何言ってるわけ!?」


「その言葉そのままそっくり返してあげる。他人のこと考えられるなら自分のことくらい自分でしなさいよ! 今日の食事だって、寝床だって全部、竜胆さんが用意してくれたものじゃない! それを感謝もせずに、当たり前だって思ってるでしょ! 最悪、もうあなたここから出て行けば?」


「なんでウチが出て行かないといけないわけ? あんたが出て行けよ!」


 熾烈な諍いは更に炎上する。互いに早口で何を言っているか理解できない。


 相手の揚げ足取りから、やがてただの罵り合いに発展した時、パンッと一際大きな音が響いた。二人は一瞬で口を閉ざして、耳を抑えた。


 見ると、芯が両手を叩いたのだとわかった。


「薮崎さん、だっけ? 君が今やりたいことは何?」


「は? やりたいこと?」


「ああ、なんでもいい。言ってみてくれ」


 萌子は怪訝そうにしながらも、返答する。


「……お風呂に入りたい」


「じゃあ、俺がお風呂を用意しよう、って言ったらどう思う?」


 質問の意図がわからない。それは恐らく個々にいる全員が同じ心境だったと思う。回答者である萌子も疑問符を浮かべつつも、答えた。


「やった、ラッキー、みたいな?」


 芯はニコッと満足そうに頷いた。


「それって運が良かった、思った以上の成果が得られたって思った、ってことだろ? 君は状況的には風呂がないだろうことはわかってんだ。なぜならここに入る時『多分、人数分ないけど、ベッドで寝たい』って言ってたからな。

 そして他人が風呂を用意してくれることも当たり前だと思っていない。そう思っていたら、当然だ、って思うはずだからな」


「……だったら何?」


「ここで言ってもいいのか?」


 まるで、萌子のことを色々と知っているような口ぶりだった。以前から二人が知り合いだったのかどうかは知らないが、クラス内で交流はなかったと思う。


 だったら、芯が何か知っているとしたら、それは今日見た萌子の言動から得た情報だけだ。


 どんなことを知っているのか、花凛には理解できなかったが、萌子は僅かに動揺しているようだった。


「あんた、むかつく。何なの? 偉そうに。なんでも知ってる、自分はなんでもできる、今頼られるのは自分、だから態度でかくしてもいい、って思ってんの?」


「まあ、多少はある。一日の長があるからな」


 肯定されるとは思っていなかったらしく、萌子はパクパクと口を開いたり閉じたりした。


 キッと睨むと、二の句と繋げた。


「せ、性格悪っ!」


「確かにいいとは思わないな」


「ブ、ブサイクッ!」


「イケメンだと思ったことはないな。でも、ブサイクとも思わん。多分普通だと思うぞ?」


「じゃ、じゃあ、えと、バ、バーカ!」


「子供かよ」 


 嘆息する芯。萌子は感情的になり過ぎて顔が真っ赤だ。これは完全に頭に血が上っている。彼女が、何か言う度に、明るめの茶色に染まった髪が、右に左に行ったり来たりしていた。サイドポニーテールなので、かなり目立った。


 若干半泣きになりつつ、それでも負けじと芯を罵倒していた。もしかして、自分が優勢な時は得意だが、追い詰められるのは苦手なのかもしれない。


 萌子は言葉では無理だと悟ったのか、芯の足をガンッと蹴った。


「いったぁぁっ!!!!」


 しかし、痛がったのは萌子だった。芯は涼しい顔をしている。


「あ、足に……鉄板でも入ってんの!?」


「いや、鍛えてるだけだ」


 簡単に言い放つものだから、花凛も呆れてしまう。今後、彼が現実離れしたことを話しても、その内、芯ならあり得るだろうとか思ってしまいそうだった。


 芯は、痛がっている萌子を見下ろしながら嘆息をした。


「風呂に入りたいか?」


「……何、またさっきの?」


「いや、意思確認。これで最後にするから、答えてくれ」


「入りたいに決まってるじゃん」


「なるほど、そうか」


 芯は何度も、頷くと、二階に上がった。次に下りてきた時には、大きめの鞄を背負っていた。そして萌子の元へ行くと、突然彼女を肩に担いだ。


「な、なな、何してんのよ!?」


 萌子の非難を聞く気もないようで、芯はめぐみに振り返った。


「探索に関しては気にするな。俺達がやる。おまえ達は食料と環境の問題を中心に活動して欲しい。ただ、俺は出かけることが多いから、いつも護衛はできねぇ。だから、一階から三階層辺りは自分達だけで動き回れるようにしてくれ。オーケー?」


「わ、わかったわ」


 萌子が芯の肩の上でジタバタしている。なのに、芯は歯牙にもかけていない。


「ぎゃああっ! は、離してぇっ! ちょ、ちょっと! 夢衣、なんとかしろっての!」


「え、えぇ、うちにはさすがに無理かなって……」


「ふ、ふっざけんな! あんた、覚えてろよっ!」


 夢衣は冷や汗を掻きつつも、芯と萌子を見比べ、諦めたようだ。どう考えても、芯相手にどうにかできるとは思えなかったんだろう。


「じゃ、こいつはしばらくいなくなるから、後頼むぞ」


 めぐみと迅の肩を叩き、芯は玄関から出て行った。


 花凛はぽかんと口を開けていた。突然の出来事で、彼が何をするのかとか、彼を止めるべきだったとか考えもつかなかった。


 しかし悠李だけが、跳ねるように芯の後を追った。


「ちょ、ちょっと、悠李」


 花凛の制止を、悠李は聞きもしない。いつもなら、姉である自分の言葉を守っていた。最近では会話自体少なくなっていたが、それでも何か言えば妹は嬉しそうに従った。


 それが、言葉さえ聞かなかった。花凛は少なからずショックを受けつつ、悠李を追いかけた。


「ま、待ってください!」


「何だ?」


 悠李と芯が話している姿が見えた。芯は花凛達を振り切るつもりはなかったらしい。その行動が、多少なりとも花凛を安堵させた。


 芯の反応は、自身の行動に罪悪感を抱いていないという証拠だったからだ。それが凶行に及ぶ可能性を低くした。


 悠李も恐らくはその危惧を抱き追いかけたのだろうと思った花凛だったが、妹の言葉は思いもよらぬものだった。


「わ、わたしも行っていいですか?」


「ちょ、待って。悠李、何言ってるの?」


 思わず口を挟んだ。妹の考えがまったくわからない。激しく動揺した花凛だったが、悠李は真っ直ぐに見つめて来た。その澄んだ瞳に、思わずたじろぐ。


「ごめん、お姉ちゃん。わたし、竜胆さんと一緒に行くね」


 こんな顔で、こんなことを言われて、自分はなんて言えばいいんだろうか、と花凛は狼狽するだけだった。妹は自分の傍にいると迷妄していた。なんせあれだけ自分に依存していたのだ。それが今は別行動しようとしている。


 何を考えているのかわからない。けれど、よくよく考えると、妹が何を考えているのか、なんて今まで考えたこともなかったし、理解したこともなかったと思う。


「俺は構わないけどよ、結構走るぜ。それにいいのか?」


「いいんです。体力には自信がありますし! お、お願いします」


「よくないっての! 離せ! 誰かぁぁぁぁっ! レ、レ○プされる! 助けてぇっ!」


「しねぇよ。したくもねぇ」


 芯は萌子に蔑視を送っていた。汚いモノでも見るような視線だ。


「キュイキュイ」


 いつの間にか、リュウが芯の傍にいた。彼は芯の服を噛み、引っ張っている。何か言いたそうだった。


「悪い、今は忙しいんだ」


 芯が頭を撫でた。リュウはそれでも尚、キュウキュウ言っていたが、やがて諦観の面持ちで、項垂れながらレオンの隣に座った。


 後から続々と他の人間が家から出て来たが、芯は待つでもなく、悠李と共に外へと出て行き、エミルの部屋の扉をノックした。するとすぐにエミルが喜色満面で顔を出した。暇だったんだろうか。


「何何? 何か用かの?」


「手伝ってくれ」


「えー、どうしようかな。妾、どうしよっかなぁぁぁぁ? 散々放っておかれたしぃ? なんか、ぞんざいに扱われてる感が否めないしぃ?」


 エミルは口角を上げ、ドヤ顔でくねくねと身体を動かしていた。ウザさ満開だ。そんな彼女を見て、芯は無表情のまま踵を返し、通路の奥へ行った。


「イヤならいいや」


「うそ、うそうそ! ごめんなさい、行くから! 手伝わせてください! ま、待たんか、小僧ぉぉっ!」


 芯の後を即座に追うエミル。


 騒がしかった茶番が終わると、すぐに音が消えた。


 芯達の姿はもう見えない。花凛は、何故かどうしようもなく喪失感を抱いた。その理由は思い当たらず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

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