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まだ彼らは知らない

 庭園には家畜用の小屋があった。そこには鶏、のような生物が十数匹入っている。日曜大工にしては出来はよく、販売品にしては粗雑、そんな見た目だ。


 他にも家近辺にうねが並び、何かの作物が植えられている様子だった。規模は大きくないが、家庭菜園にしては大きい。一人なら十二分だが、十人程度だと少ない。


 更に、庭園の端に手作りの生けすがあった。そこには十数匹の魚が優雅に泳いでいる。



「これくらいだな。家畜は七階層にある庭、ここと同じような場所にいた奴を連れてきた。鶏と同じように卵も生むし、味も大差ない。


 作物は一階層にあるサツマイモと七階層にあったジャガイモだ。繁殖力が高いから、人数が増えた分、主食になるな。あとは木の実も食べる。


 魚はちょっと特殊だが、味はそれなりだ。こっちも一階層にいる奴なんだけど、運ぶのが中々一苦労で、数はあんまりいねぇ。あとはここには兎がいるからたまに狩って食べるくらいか」



 淡々と説明していた芯だったが、女性陣から小さな悲鳴が上がった。


「兎さん食べるんですか!?」


「私は、うーん、さすがに気が進まないわね。どうしても必要なら食べるわ」


「……わたくしもちょっと」


「あたしは、ちょっと抵抗があるかな。けど、まあ食べなきゃならないんなら」


「私は、む、無理!」


 麦だけは受け入れている様子だった。


 ちなみに萌子と夢衣は外にはいない。面倒だから、だそうだ。若林はノイローゼ気味になりながら、部屋の隅で独り言を呟いていた。


「別に食べなくてもいい。数も多くないからな。ただ、養鶏は屠殺するのは半年毎だから、肉はあまり食べられないぞ。干し肉も全部兎の肉だし。魚もそんな数ないしな」


 女性陣が顔を見合わせていたが、踏ん切りがつかないようだ。花凛も、兎は食べたくない。犬や猫を食べろと言われているようなものだ。


 抵抗があるに決まっている。しかし、男子達は迅以外は特に問題ないらしい。迅だけは少し迷っている様子だった。


「まあ、大体こんな感じだ。問題はやっぱり食料だな。人が増えたから、今のままだと足りない。資源は有限だからもっと増やす方法を考える必要がある」


「一階層と七階層の動物や植物を合わせても厳しいかな?」


「先を見越すと、そうだな。しばらくは持つだろうけど、何か考えた方がいいだろうな」


「そっか……なるほど、大分わかったよ」


 迅は迷宮内のこと、芯のこと、現在の環境など聞き、頭の中で整理しているようだった。


 それは感情的に受け入れ難いという拒絶反応ではなく、冷静に判断しているということ。何が足りないか、何が必要か、これからどうするべきが、恐らくはその辺りを思考しているに違いない。それはめぐみも同じで、思案顔だった。


 頭を使うのは迅とめぐみの役割、とばかりに他の面々は周囲を見回したり、再び色んな場所を観察していた。そんな中、耳をつんざく声音が鼓膜に響く。


「ねえっ! ちょっと、そろそろお腹空いたんだけど!」


 萌子の声だ。


 何とも傍若無人な態度だが、花凛の胃袋も空腹を訴えていた。


 芯は大きく頷くと、


「そろそろ夕食の時間だ。食事にしようか」


 と言ってくれ、全員が嬉しそうに顔を綻ばせた。


   ●●


 暖炉には薪がくべられており、火がゆらゆらと揺れている。室内は暖かく、上着を脱いでも適温だった。


 花凛と瑠璃、巴は暖炉近くの床に座っている。


 萌子と夢衣は椅子に座ったままだった。


 彰と悠李は芯の手伝いをしている。双方共に料理は頻繁にしているようだ。特に悠李は家事全般を趣味としているくらいだった。


 めぐみは書斎に籠り、麦は萌子達に近寄らないように部屋の隅に座っている。



「もうだめ、もうだめ、もうだめなのよ、終わりよ、終わり。何もかも。終わったわ、何よ、みんな、わからないの。本当に馬鹿な子達。遊びだとでも思ってるの。帰れないのよ。ここで暮らすのよ。


 そりゃ、竜胆君がいてよかったけど、だからなに? 助かるわけじゃないのに、みんな楽観的過ぎる。これからどうするの? 帰れないのに、どうするの? ここで原始人みたいに狩猟採取生活するの? できるわけない。無理、無理。ああ、神様、どうしてこんなことに。普通の幸せが欲しかっただけなのに。


 あ、でも、もう教頭に説教されたり、親に結婚催促されたりしないのね。それは嬉しいかも。そう、もし、ここから帰れたら、生徒達を助けた教師として美談を語ってテレビに出演したり、自叙伝を出版したりしようかしら。ふふ、ふふふ」



 若林がぶつぶつ呟いている。完全に目がイッてしまっている。


「な、なあ、大丈夫かな、若林」


「さあ……一応、声かけたけど、反応なかったんだよね」


「わたくしもです。一応、励ましていたのですが『しつこいわね! 何よ、結婚してくれるの!?』と言われまして。そんなつもりはさらさらないと返答し、今に至ります」


 おっとりとした口調の中、若林の言葉の部分だけ、物まねだった。異常に似ている。思わず笑いそうになるが、不謹慎な気がして何とか我慢した。


「ってか、これからどうなるんだろうな」


「それは、やっぱりここで暮らすんじゃないの?」


「そりゃわかってるけど、それだけか?」


「巴さんは、この迷宮とやらの探索をするかどうかを気にしているのですか?」


 巴は緩慢に頷く。煮え切らない態度は彼女らしくない、と花凛は思った。


「あ、ああ。だってさ、竜胆も言ってたけどここで生活するにも人数が多すぎるだろ。しばらくは大丈夫って言っても、ずっとこのままってわけにもいかない。食料を確保するためにも、上階に行くのは必須なんじゃないか?

 他に、ここみたいな場所があるわけだし、新しい資源が必要だろ」


「それは、そうだね」


 問題は誰がそれをするか、というところだ。誰も口にはしないが、芯にすべてを任せようとしていると思う。


 巴や岩次、彰辺りなら戦いに向いているかもしれないが、魔物相手に戦えるとは思えない。しかし、どうだろうか。芯も転移前は頼りなかったし、運動神経もいい方だったとは思えない。


 普通の女子高生である花凛にはわからないが、格闘技経験がある人間、喧嘩の経験がある人間ならば、少なくとも最初の芯よりは適性があるように思えた。


 しかし、そんな花凛の短絡的な考えは、巴の表情が否定していた。


「あ、あたしにはあんなのと戦うのは無理だ。ここの階層にいた、子供くらいの魔物がいたよな。ゴブリンとかいうやつ。あいつくらいなら大丈夫だと思う。けど、それでもかなりの勇気が必要だよ」


「え、でも、その竜胆……君は」


 火の粉を払うという言葉通り、軽く払いのけていた。路傍の石を蹴るように、些事であるように。あまりに呆気ないので凄惨さを感じさせなかったほどだ。


 しかし巴は震えるように首を振る。


「あんな芸当は普通、無理だ。親父にだって、相当な鍛練と実績を持った人間でも無理だ。それこそ死線を数えきれないほど乗り越えた人間でないと。

 あたしは、ただの高校生なんだよ。あんな風にはなれない。どれだけ鍛えても経験を積んでもなれない……二人ともあのゴーレムとの戦いを見て、どう思った?」


「すごいなって、思ったけど」


「わたくしは……これは夢なのではないかと思いました。現実感がなかったですから。あのゴーレムの存在だけではなく、それと戦っているのがただの人間であると思えなかったです」


 巴は大きく頷いた。同意を得られて安堵しているようにも見えた。



「ああ、ここは現実なんだ。創作の世界じゃない。あんな巨体の敵と戦おうなんて普通は思わない。どんな人間でも少しくらいは迷う。それでも凄まじい精神力だ。なのにあいつ、一切迷わずに突っ込んだんだぞ。


 何か力があるわけじゃなかった。押し潰されたら死ぬんだ。恐怖に抗いながら戦っていた感じもなかった。必死さはあったさ。けど、恐れてなかった。

 身体能力は高いとは思ったし、凄いと思う。けどな、人間の枠を出ない。当然だよ。竜胆はただの人間なんだ。リュウやレオンは人間じゃない。レオンは身体能力が竜胆以上だし、リュウは魔術みたいなものも使えた。


 けど、竜胆は、あいつは人間なんだ。だっていうのに、あたしにはあいつが人間とは思えなかった。だって信じられるか、十メートルを超える化け物と戦うなんて。正気の沙汰じゃない。あれじゃ……あれじゃ、ま、まるで死ぬのを恐れてないみたいだ」



 こんなに饒舌な巴は初めて見た。彼女は芯を恐れているのか。


 確かに、巴の言う通り、芯はどこか浮世離れしている雰囲気がある。


 三年という月日が彼を変えたのは事実だ。しかし、こんなにも変わるのかとも思った。


 見た目も、内面も別人のようだと思っていた。それが、巴にはより顕著に伝わったのか。


「あ、あたしには無理だ。戦えない。あんな風にはできない。ごめん、ごめん」


「巴……」


 思えば、ずっと気を張っていた。快適な環境と、落ち着いた状況が巴の気を緩ませたのだろう。彼女は震えていた。


 巴の性格なら率先して、荒事を引き受けるはず。芯の立ち位置を担うはずだ。けれど、彼女は不可能だと思い知らされた。責任感と正義感がある彼女は、そんな風に思ってしまったことに罪悪感を抱いたのだろう。悔しさもあっただろう。


 瑠璃は巴の手を握り、花凛は肩を抱いた。


 漫然と感じていた、家に帰れないという思い、そして自分達は一度死にかけ、これからも危険と隣り合わせの生活を続けなければならないという現実が、花凛を襲った。


 いつの間にか、巴だけでなく自分も震えていた。



 怖かった。



 それでも耐えられたのは三人で寄り添えていたから、そしてこの家と、芯のおかげだろう。それに、と花凛は台所に目を向けた。


 芯と嬉しそうに談笑しながら料理をしている妹の後ろ姿が見えた。

 

   ●●


 食事は想定よりも豪華だった。


 木製のお椀に入っていたのは野菜スープだ。湯気が勢いよく立ち上っている。具材はイモとジャガイモだが、香りは芳醇。鶏がらで出汁をとっているようで、食欲をそそった。


 もう一品は鶏肉のソテーだった。胡椒がないのが残念だが、肉汁たっぷりで栄養価も豊富そうだ。凝っているとは言えないが、食材が新鮮なのがわかった。


 男性陣は干し肉を一本ずつ持っている。兎の肉だ、芯が事前に食べられるかどうか確認をしていたが、男子と若林、麦、萌子だけが食べるという選択をした。萌子に関しては意外だった。


「ってか、なんでこんなショボイわけ……もっと、なんかないの? ってか飲み物も水だけだしさ」


 芯は愚痴愚痴と文句を言っている萌子を無視して、配膳している。


 テーブルに陣取っている萌子と夢衣以外は床に座り、食事を始めた。



 スープを一口。



「あ、おいしい」


 普段口にしているものよりも美味い。素材の味がしみ込んでいるというか、味付けは簡単なのに、濃い。味に深みがあるというのはこういうことか、と花凛は妙に感心した。


 文句を言っていた萌子でさえ、同意見だったのか、舌鼓を打っている様子だった。その証拠に、無言で黙々と咀嚼している。


 疲労もあり、空腹も手伝い、全員が胃袋を満たす行為に集中した。会話はなかった。それでも奇妙に柔らかな空気が漂った。それまではどこかしら張り詰めていたように思う。


「ごちそうさまでしたー」


 全員が食事を終えると、食器を台所の天板に持って行った。萌子と夢衣はテーブルに置いたままだった。


「麦、持ってって」


「うちもー」


 歩けば数歩の距離。それなのに、わざわざ麦に命令し運ばせようとしていた。


「う、うん」


 麦は拒否しない。こんな場所に来てまで、上下関係を保ち続けるらしい。


 花凛には萌子達が何をしたいのか全く理解できない。だから、頭の構造が違うんだろうという感想しか抱けなかった。


 花凛は自分の食器を、台所に運んだ。真横に芯がいたので、どぎまぎしながら食器を置き、話しかける勇気もなく、そそくさと立ち去ろうとした時、


「なるほどな」


 と芯が呟いたのが聞こえた。



 はたと振り返ると、芯は麦達の方を見ていた。


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