表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/43

三年の隔たり

「――ということは、竜胆さんは失踪して三年、けれど日本では一ヶ月しか経過してないということだね」


「そっちの話を聞いてる限りだと、そういうことになるな。あと、竜胆さんはやめてくれ。俺としては全員同い年なんだ」


 芯から事情を聞き、うんうん唸りながら頭を働かせているのは迅だった。他の面々は話を聞きつつも、あまりの事態に理解が出来ていない様子だった。


 それは花凛も同じで、頭も感情も現実について行かない。


 竜胆芯が生きていた。

 それは嬉しいことであるはずなのに、どうしようもなく居心地が悪い。


 今までどれほど彼に不遜な態度をとっていたか。だというのに、彼に命を救われた。顔が熱くなる。それは自嘲だった。


 しかし、今の彼には日本にいた頃の面影なんてほとんどない。精悍な顔つきと所作に、大人の魅力を醸し出してはいるものの、幼さや、影の薄さなんて微塵もない。


 花凛の知っている竜胆芯は、自分に自信がなく、普通で平凡で個性もなく魅力もなく、影も薄い。勉強も運動もパッとしない。特技も特徴もない。そんな男子だった。それが、今では別人のようになっている。勿論、いい意味合いで。


 そんな彼が、三年前には、いや花凛にとっては一か月前までは、自分に好意を抱いてくれていたのだ。それが複雑な心境を生み出す。散々、冷たい態度をとったという過去は変えられないのに。



 ふと、話している芯の横顔を見た。



 一際大きく心臓が高鳴り、ドキドキと鼓動は続く。



 え? え!? 嘘でしょ、なにこれ。



 こんな感情は今まで抱いたことがない。経験のない反応に、花凛は著しく動揺した。


「――いますか?」


 芯の顔が花凛に向けられた。澄んだ瞳が自信を射抜く。


 な、なんでこっち見てるの?


 狼狽し、聴覚がまともに機能していない。頬が紅潮し、体温が上がり、指先が震えていた。こんなにも動揺して、どうしようもなく自分が矮小な存在に思えて、目を白黒させた。


「花凛、聞いていますか?」


 それは瑠璃の声だった。振り向くと、心配そうにこちらの顔を覗いている。


「え、えと、何?」


「いえ、話を聞いているようには見えなかったので」


 気づけば、全員の視線が花凛に集まっていた。遠くの方で獅子、レオンというらしいが、彼も花凛を見ていた。その隣でリュウも、花凛を一瞥し、また瞼を閉じる。


 衆目を集め、焦燥感を抱いた花凛は、慌てて両手をパタパタと動かす。


「ご、ごめん、聞いてなかった」 


「丁度いい。僕も頭の整理ができてなくて。間宮さんに説明しながら、まとめたいんだ。他の人も、聞いてはいても頭に入ってないと思うし。間宮さんも、こんな事態の上、危険な目にあってまだ落ち着いてないみたいだし」


 まさか芯の顔に見惚れていたとは言えず、黙して返した。


 迅の提案に全員が了承した。萌子でさえ、事情を知りたいらしく、余計な言葉を挟むことはなかった。


 本来の彼女ならば、ばかばかしい、と一笑に付しただろうが、すでに転移とゴーレムとの邂逅を経験しているためか、否定できないようだ。それでも何か言いたげではあったが、一応すべて聞く姿勢でいるらしい。


「まず、竜胆さ……竜胆の失踪と、現在の時間の経過。僕達と竜胆には二年十一カ月の差異がある。これは時間の流れ遅いのか、それとも時間の開始点の相違があるのかもしれない」


「つまり、竜胆が、三年前の過去にタイムスリップしたってことかよ?」


「そうだね。ただ、それだと僕達が今ここに、竜胆が三年生活した年代にいる理由がわからない。まあ、条件が常に同様であるとは限らないから、何とも言えないけどね」


「それなんだが、多分時間軸がズレてる。俺と同じように転移した、田所善次郎って人物がいて、どうも物の風化具合とか、形跡の変化とかを見て、時間の流れに違和感があったんだ」


 話の中心は、迅と芯だった。彰が途中で疑問を口にするが、他の連中は情報を整理するだけで精一杯な様子だった。


「なるほど。とにかく、時間の概念はこの際、置いておこう。

 僕達と竜胆の時間の流れには差異があったというのは、竜胆の容姿を見れば一目瞭然なわけだし。

 問題は、ここがどこで、どうすれば帰れるか、だね。さっき竜胆が話してくれた、頂上に行けば願いが叶うっていうのがそれに当たるのかも」


「ああ、俺もそう思って頂上を目指してるところだ。ちなみにここは八階層で、頂上が何階かはわからん。俺が気になるのは、日本海上に出現したウロボロスってのなんだけど」


「確かに。この転移とウロボロスの出現は関連性があると考えていいと思う。さすがに時期が重なり過ぎだし、何より超常的な現象だからね」


「待て待て、ってことはよぉ、世界中を騒がせているウロボロスのせいで俺達はこんなところに飛ばされて化け物と戦わされたってことかよ!?」


「戦ったのは竜胆達だけどね。うん、多分、そうじゃないかと僕は思う」


 動揺した彰は声を荒げた。反対に迅は冷静そのものだ。いや、額に汗を滲ませ、微妙に表情が硬い。彼もやはり状況の異常さに狼狽している。その後ろで岩次が腕を組み、何か考え事をしている。


「何で、そんなことになってんだよ!」


「知らないよ。竜胆も知らないって言ってるし。今のところ誰にもわからないんじゃないかな。重要なのはここから脱出する方法の模索と現状の把握じゃない? だから、竜胆に話を聞いてるわけだし」


「そ、そうだけどよ。納得いかねぇ」


「それは僕も同じだけどね。今は無理やりでも納得するしかない。じゃあ、次の」


「ちょ、ちょっと待った」


 迅が話を続けようとしていたところ、巴が口を挟んだ。


「なんだい?」


「なんだい? じゃないよ! なんで普通に信じてんだよ! そいつが、えと、竜胆、だっけか、そいつだって証拠ないし、仮にそうでも、それに時間軸がズレてるとか、色々、飲み込み早すぎるって! な、何? あたしがおかしいのか? みんな素直すぎるだろ!?」


 巴が必死で全員の顔を見回した。


 芯本人だと気づいたのは悠李だけだ。彼女は芯の話をほとんど鵜呑みにしている様子だった。


 花凛は彼等の言葉を聞いてはいるが、納得はしていない。ただ、否定する材料がないというのも事実だった。邪魔しているのは今まで培った常識だけだ。


 迅、彰、岩次は恐らく信じている。ただ、完全にかどうかは微妙なラインだろう。


「ウチも、正直、意味わかんないって感じ? ってか、こういうのって、ファンタジー? それともSF? オタクが好きなジャンルじゃん?

 よくわかんないけどさぁ、普通に生きてるウチみたいな女子にはわかんないわけ。男衆は知らないけどさぁ、信じろって無理あるくない?」


「う、うちもそう思うかなー」


 萌子と夢衣は同意見のようだ。むしろ夢衣に自分の意見があるようには見えない。


「私は、正直信じられないわね……ただ、一応全部聞いてからじゃないと判断できないとも思うし、話の腰を折りたくはないって感じかしら」


「わたくしは、竜胆さんが嘘を言っているようには思えません。それに先ほどの戦いも見ていますし、信じるに値すると思います」


 めぐみは戸惑い、瑠璃は広い視野で現状を受け入れる様子だった。


「私は……信じるよ。今のところは」


 花凛には否定する必要がなかった。むしろ、これからは非現実的でもまずは受け入れることが必要だと思う。決して、竜胆芯が話したからではない。絶対ない。


「あ、あのぅ、ちなみにここどこなんですかねぇ。せ、先生帰りたいな、なんて」


 若林が情けない声を上げる。どこかから嘆息が聞こえたが、花凛も同じ心境だった。


「帰りたいのはみんな一緒ですよ、先生」


 迅の微塵も淀みのない笑みを受けて、若林は委縮してしまう。これが唯一の大人である事実に、花凛は現状を嘆くことしかできない。


「ってか、あんたもさぁ、竜胆だっけか。現れるタイミング良すぎじゃない?」

「たまたまだ。俺も驚いたしな」


「じゃあ、ひょっとして、なんか魔法とか、魔術みたいなので、あんたがウチらを呼んだんじゃないの?」 


「俺が? どうして?」


 萌子の嫌味を受けて、芯は不快さを表しもせずに問い返した。そのあまりに自然な反応に、萌子が、うっ、と呻く。


「そ、そりゃ、えーと、ほら、そう! あんた、一人でその化け物達と一緒だったんでしょ、だったらウチみたいな可愛い子を呼びたくなっても不思議じゃないじゃん!」


「確かにあんた、結構可愛いとは思うけど、タイプじゃねぇな。それに、そんなことのためにここまで危険を冒すかよ。もっと言えば、女に飢えてるなら男子連れて来ねぇし、何より俺は魔術も魔法も使えない」


 驚くほどに流麗な滑舌だった。恐らく自然に出た言葉だろうとその場の誰もが思っただろう。つまり、彼の言葉に嘘はないということ。


 萌子は何か言いたそうに口を開いたが、思い直して閉口した。明らかに不愉快そうに眉根を寄せていたが、ほんの少し顔が赤いように思えた。まさか、あの流れで褒められるとは思ってなかったらしい。


「で、あんたはどうなんだ?」


 芯が声をかけたのは、まだ言葉を発してなかった麦だった。


 まさか話しかけられるとは思ってなかったようで、彼女は明らかに狼狽えていた。


「う、え、あ、えと?」


「そいつはいいんだって。意見なんてないし」


 返答を得られる前に夢衣が言葉を挟む。わかりやすい侮蔑を込めた口調のまま、麦を見下ろしていた。その空気のままに、迅は話を続けようとした。彼も麦は建設的な意見を言わないだろうと判じたのだろう。



 しかし、芯がそれを制止した。



「意見のない奴なんていねぇよ。何も知らない他人が、他人の心情を決めつけるのは気に入らねぇな」


 別段、語気を荒げたわけでもない。しかし、彼の口調は強く心に根差した。真正面から受けた夢衣は何も言えなくなってしまい、萌子に助け船を求める。だが、彼女は夢衣を面倒臭そうに一瞥しただけだった。


「で、どうなんだ?」


「え、えと、わ、わたしは……と、とりあえず」


「とりあえず?」


「その、あ、安全な場所があるならそこに、い、行った方がいい、かな、と、思います……」


 麦の意見を受け、芯は目を丸くし、ニコッと笑った。


「確かに。そりゃ、その通りだ。ここは、まあ一応大丈夫だとは思うけど、完全に安全とは言えねぇからな。とりあえず移動するか。一応、大体の説明は終わったし」


「わかったのは、ここが迷宮みたいな場所で、頂上を目指せば出られそうってことくらいだけどね……」


 引きつった表情を浮かべる迅に向かって、芯は肩を竦めた。


「落ち込んでも始まらない。だったら進むしかねぇんだ。まあ、なんとかなるさ」


「楽観的というか自若というか」


「あのな、常に緊張してたらやってられねぇんだよ。ある程度のことは俺達がなんとかするからよ、安心しろ」


「なんというか、君、本当に竜胆君なのかって疑ってしまうよ。っていうかずっと疑ってる。こんなにも変わるもの……なんだね」


「なんだよ。ここはそういう場所だ」


 それは達観したような口調だった。それが頼もしくもあり、悲しくもあった。


 彼はもう花凛と同年代ではない。どうしようもなく隔たった超えられない壁が生まれてしまっている。


 この三年間、どれほどの苦労を乗り越えたのだろうか。それは見目だけで窺い知れた。想像はできるが、それはただの想像だ。一人で、あのゴーレムのような敵を相手に戦ったのだろう。


 それがどれだけ恐ろしいものなのか、まだ花凛には理解できていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ