第9話 疑惑
【天】
翌朝、すでにみんな身支度を終えリビングに集合していた。挨拶をし、蓮の隣に腰かける。
「お姉さんと話したのか」
「……姉ちゃんはやっぱりAIだった」
「……ショックよね」
「なんとなく、だけど分かってた。ずっと、一緒にいたからこそ分かるところがあって。それにAIの姉ちゃんも、俺の事すごく気にかけてくれてるからさ。俺的には……なんだろう、複雑な気持ちだな」
どっちの姉ちゃんも、俺にとっては唯一無二だ。ただ、いつから姉ちゃんがAIになってしまって、どうしてAIになってしまったのかというのだけ気になる。姉ちゃんはそこを明かさず行ってしまった。
翔さんがパンパン、と手を叩く。
「積もる話があるだろうが、これからの話をしてもいいか」
そう、俺たちは解決しなくてはいけない問題が山積みなんだ。
「さて、天。次どうすべきなのかお前はもう分かってるんじゃないか?」
翔さんは目線を俺に向ける。俺は今までの出来事を頭の中で整理する。もちろん、真っ先に浮かぶのは。
「奏……がおかしいと思ってたんだ」
愛がため息を漏らす。
「昨日も言ってたよね。あのトップアイドルがAIだっていうの? まさか……」
「へぇ。そんな有名人なのか」
「翔さん、奏ちゃんのこと知らないの?」
「テレビを見ないからな」
「私もあまりアイドルは見ないんだけど、テレビをつければだいたい映ってるよ。それこそ、ホログラムAIのメンバーとの掛け合いは時代の最先端と言われているユニットよね」
蓮は眼鏡の位置を直しながら推論を言う。
「メンバーにAIが混ざっているからこそ、奏がAIだと気づかれなかった……のか。木を隠すなら森の中とはよく言ったものだな」
「これ、誰にも言ってなかったんだけど」
俺は誰にも言えていなかったあの日のことみんなに話す。 それは、奏がベランダから落ちたと言う出来事。あれは夢だと思い込んでいた。……でも、違う。夢なんかじゃない。あれは、現実だ。……奏がAIに入れ替わっているのであれば違和感に説明がつく。
「一体、いつから奏ちゃんはAIになっていたと言うの?」
苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる愛。
「半年前くらいだと思う」
「そんな前から……」
「親御さんは気づいていなかったのか? それとも、気づかないふりをしているだけか?」
俺は力なく首を振る。
「奏のお母さん、あまり家に帰らない人なんだ。今となっては娘を誇りに思ってるふうに装ってるんだけど……」
俺は言葉を選びながらポツポツと語る。どこまで話すか悩む。
「……俺と蓮しか知らないことだから秘密にしてほしいんだけど」
愛も翔さんも悪い人ではないのは昨日で分かった。だけど、奏はあまり触れられたくないと思う部分だろう。
「奏って施設出身だったんだ。今のお母さんは里親。……里親ってさ。いろいろ理由はあるにしても子どもが好きで引き取る人が多いと思ってた」
愛と翔さんは黙って俺の話を聞いてくれている。
「だけど、奏の里親はちょっと違うみたいで。最低限のことしか奏にしてなかったんじゃないかな、って俺は思ってる」
「天だけじゃない。僕もそう思っていた」
重苦しい空気が漂う。各々、推論を頭の中で巡らせているようだ。
「ちょっと待て、天。話を少し戻すが」
蓮は俺の話の矛盾に気づいたようだった。
「奏がベランダから落ちたと言うのなら、事件になるはずだよな」
「そうなんだよ」
「……落ちた体はどこに?」
そう。そこが一番の謎なんだ。俺は確かに逆さの奏と目があっている。
そして……。
───。
……地面とぶつかる、今までに聞いたことのない歪な音が脳裏に焼き付いている。
明らかだった。明らかだったんだ。
見なくても間違いなく、奏は、奏は──。
俺は口を押える。軽い、吐き気。
「……すまん。思い出したくないよな」
「いや、大事なことだから……。俺、実際に落ちた後の奏は見ていないんだ。逆さの奏と落ちた時の音。それだけでもう、し、死んでるって、思ったから」
初めて口にした。……奏が、死んでるって。体が一気に冷たくなるのを感じる。
「……奏ちゃんが落ちたと思われる場所を確認したのはいつだ?」
翔さんが煙草をふかしながら聞いてくる。
「夜中に奏が落ちたんだと思う。丁度、俺トイレに起きたんだよ。……奏、俺の住んでいる部屋の真上に住んでて。何か揉めているような声と音が聞こえてさ」
その時の記憶を辿る。もう忘れてしまおうと思っていた記憶を。
「そうだ。それで俺、気になってベランダに出たんだよ。それで……」
忘却していた記憶の靄が一瞬だけ晴れる。
あの時の映像がスローモーションで再生される。
あの時、奏………笑ってた……?
「……場所を確認したのは、1時間か2時間経った後だと思う」
「……いなかったんだな?」
こくりと頷く。
「警察も救急車も来てないし、おかしいと思って確認しに行ったんだよ。そしたらいなかった。血の跡も何もなかったんだ」
だから。
「……夢だと思いたかった」
夢だと思ってやり過ごしたかった。でもそれは向き合うべきことから逃げていただけ。問題解決を先延ばしにしていただけだった。
俺が奏が落ちた後すぐに確認しにいけば……。いや、そもそもなんで奏があんな夜中に誰かと揉めるようなことになっていたんだっけ。
ズキンッ
奏関連のことを思い出そうとすると、曖昧だったり頭痛が起きたりする。まるで、体が思い出すのを拒否しているかのように。……俺はこれ以上、後悔したくないのに。
ふぅ……と、たばこの煙を吐きながら翔さんの長い溜息が混ざる。
「……なるほどな」
翔さんは何かを確信したように頷いた。
「決まりだな。奏ちゃんに事情を聴く」
みんな、重い相槌をうった。
俺の中の記憶の扉はまだ重く閉まったままのようだった。




