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AI WORLDーそれでも現実を選ぶー  作者: とっぽい
第1章 仮初の幸せ
8/9

第8話 誰かにとっての正解

【愛】

 天と蓮は大分疲れたようでぐっすりと眠っている。夜も遅いので今日は泊っていけと、翔さんの計らいで今日はお泊り。

 翔さんは穏やかな顔でパソコンのキーボードを打ち、事後処理をしている。パソコンをする時だけ眼鏡をしている。やる気が2割増しになる、と本当なのか冗談なのかよくわからないことを昔言っていた気がする。

 天のお姉さんは、自分がみんなのそばにいることでAWへ誘導してしまうからと言って私たちが目を覚ます前にどこかに行ってしまったらしい。翔さん曰く、お父さんが作ったAIは常時微弱な電波を放出している。その電波は少しずつ人間の意識を侵食する。そして最終的に、アイコーポのハードディスクへ意識を転送させているのではないか。それが翔さんの仮説だった。

 翔さんがいろいろ情報を問いただそうとしたがアイコーポについてはかなり強固なセキュリティがかかっていて無理だったと話していた。


ことっ


 ホットミルクを翔さんのデスクに置く。


「お疲れ様です」

「おー。ありがとさん。愛ちゃんも疲れたろ」

「……」


 翔さんの隣に座る。私の神妙な表情に気づいた翔さんがタイピングを止めて、私がしゃべり出すのを待ってくれている。


「翔さん。巻き込んで、ごめんなさい」


 翔さんは目を真ん丸にさせた後、目じりにクシャっとしわを作って笑う。


「何を話し出すかと思ったらそんなことか」

「そ、そんなこと……じゃないでしょ。大変なことに巻き込んじゃった。……私が、あんな提案しなければ、翔さんは今まで通りの日常を送れていたでしょ?」


 思い付きで翔さんに手伝ってくれと言ったわけでは、もちろんない。だけど、事の重大さに決意が……揺らいでしまった。


「私が余計なことをしなければ、AWの世界にいた人たちはずっと幸せだった」


 翔さんは、私の淹れたホットミルクを静かに飲みながらパソコンの画面を見つめて自白を聞き続けてくれている。その横顔は否定の色でもなく、肯定の色でもない。


「私は正しいと思っていた。でも、分からなくなった」


 沈黙。ただ、重い沈黙ではなくて私に考える余地を与えてくれる優しい沈黙だった。


「愛ちゃんは、迷ってるんだよな」

「……うん」


 自分の手をぎゅっと握る。


「人って、いっぱいいるよな」

「……うん?」

「日本には今1億人くらい人がいる。全員が全員幸せの形って同じじゃないよな」

「そう、だね」

「愛ちゃんは、AWの世界が間違えで現実の世界で生き続けるのが幸せだ! っていうのが愛ちゃんの幸せの形であってるか?」

「そうだった」


 翔さんは意外そうな表情をしながら煙草に火をつけ始める。深く、たばこの煙を吸って吐き出す。


「天のお姉さんの反応と、天の意識に入り込んだ時に見た天と蓮のやりとりをみて分からなくなっちゃったの」


 天のお姉さんも分からない、と言っていた。お父さんの作ったAIなのにAWの世界が必ずしも幸せではないのかもしれない、と。

 お父さんはAWが絶対の幸せだと言っていた。

 天はAWに幸せを見出していたけど、現実で生きていくと言っていた。

 ……もう、何が正解なんだろう。

 翔さんはタバコの煙をゆっくり何度も吸ったり吐いたりを繰り返す。


「愛ちゃん。正解なんてないんだ。たぶんね」


 翔さんは遠くを見つめてぼそりと呟く。


「誰かにとっての正解は誰かにとっての不正解ということがザラにある。だから誰かが我慢したり、時には喧嘩したりして……まあ、自分の正解を押し通そうとする」


 翔さんの言いたいこと、なんとなくだけど理解できる。


「……それが今、思ったより大ごとになっているだけなんだよ」


 優しく、諭すように低い声が落ちてくる。


「それに、子どもの我儘に付き合うのは大人の特権だ」


 煙草をくわえたまま横目で私を見てニヤリと笑う。


「我儘だと思われてたんだ」

「愛ちゃん反抗期なかったから今くらいが丁度いいんじゃないか?」

「もう……」


 翔さんも、いろいろ葛藤はあるはずだ。創業時から一緒に頑張ってきた気の置けない親友が、あのような形になってしまった。

 そもそも、会社が嫌になって退職したのにその会社の社長の娘に対して変わらず接してくれているどころか協力までしてくれた。

 大人……だな。


「それに、俺は愛ちゃんに感謝しているんだぞ。愛ちゃんがあの時、俺を誘ってくれなかったら俺一人でこの騒ぎを起こそうとしていた」

「……え? そうだったの?」

「愛ちゃんが誘ってくれたから決心がついたんだ。ありがとう」


 翔さんがふぅ、と煙草の煙を吐く。何秒かの沈黙。


「……俺は、何も言わず会社を辞めたんだ。親友だったはずの社長に何も言わず、な」


 退職届はさすがに出したけどな、と付け足す翔さん。


「天と蓮を見て思ったよ。思ってるだけじゃ伝わらない、ってな」


 灰皿に煙草を押し付ける翔さん。何かを考えるように火の消えた煙草を見つめ続けている。


「社長と……、いや、誠一と俺もちゃんと向き合ってみるよ」

「そう、だね。ちゃんと向き合わないとね」


 それでも、まだ答えは見えないけど。


「さて、明日もいろいろあるだろうし、そろそろ寝た方がいいんじゃないか?」


 時計の針を見ると0時を過ぎていた。


「昔みたいに一緒に眠る?」

「何十年前のことを言っているんだ。大人をからかうんじゃないぞ」


 ぴしっと小突かれる。


「翔さんも無理しないで早く寝てね。おやすみなさい」

「……あぁ、おやすみ」




【翔】


 カタカタカタカタッ


 慣れた手つきでキーボードを叩く。メールが来たことを知らせるウィンドウが表示される。


「……働き者だな」


 問題ごとは早めに解決しないと、な。俺は手早くメールを返信する。

まだ、眠れそうにないか。






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