第6話 AI
【愛】
ピンポーン
翔さんの家のチャイムが鳴る。
「だれだ、こんな時間に。ろくな来客ではないだろうな」
翔さんがモニターを確認する。私も蓮と覗き込む。すると蓮は驚きの声を上げた。
「天のお姉さん?!」
「………ほぉ、これは一体全体」
外はいつの間にか雨が降り出していたからか、ずぶ濡れの姿。
「妙だな」
翔さんがモニターの映像を拡大する。
「……呼吸してるか? 目も全く動いていない……か? ふむ……」
翔さんはモニター映像を凝視し、迷っている様子だった。
「翔さん、まさか……AIだと疑ってる?」
「このタイミングで、見知らぬ来訪者。疑わない方がおかしくないか?」
私は小さく首を傾げる。
「でも、この人……」
翔さんがこちらを見る。
「なんだ」
「なんだか、不安そうな顔、してない?」
その言葉で、一瞬空気が止まる。モニターの向こうの天のお姉さんと言われた人は、玄関前でじっと立っていた。雨にずっと打たれながら長い髪の毛から繰り返し雨粒がしたたり落ちている。まるで、こちらから拒絶されるのを怖がっているみたいに不安げな表情をしている。
すると。
カメラ越しに、こちらを真っ直ぐ見たまま口を開く。まるでこちらの会話が聞こえていたかのように。
「……天は、そこにいるの?」
ぞくり、と背筋が冷える。
「翔さん、どうする?」
「追い払う一択だ……。と言いたいところだが、ここの居場所が既にバレてしまっている以上、話を聞くくらいしてもいい気がするな」
「天に近づけるのは危険じゃないですか?」
「敵意はないように見えるがな。それに、天をこっちの世界に戻す手がかりを何か握っているかもしれん」
「それは、そうですが……」
「変な気は起こすなよ。入れ」
扉が開き、天のお姉さんが入ってきた。やっぱり、AIには見えない。所作一つ一つも人間にしか見えない。
「天は……気持ちよさそうに寝ているねぇ」
規則正しく穏やかな呼吸をしている弟をみて、言う。天を見つめる瞳は慈しみにあふれていた。
「アイコーポのAIが何の用だ」
翔さんは天のお姉さんを睨みつけ、かまをかける。
「……すべてお見通しのようね」
天のお姉さんは小さく息を吐く。……AIであることを認めた。
「……この子にとってAWが正解か分からなくなったの」
「AIが分からない、なんて言葉使うのか」
翔さんが鼻で笑っている。
「学習を重ねて行くにつれて、分からなくなった。何が正解なのかを」
「あなた、お父さんが作ったAIよね? AWへ人々を引き込めという設定をされているんでしょ?」
AIが混乱している様子を見て、私も訳が分からなくなる。あのお父さんが作ったAIなら有無を言わさずAWの世界に引き込んできそうだけど。
「分からないの……。第一優先のコードは天の幸せを守る、だから」
天のお姉さんは、人間みたいに悲しい表情をする。
「天の幸せというのが必ずしもAWへ連れて行く、ということではない気がして、中途半端な状況を作っちゃった」
「お姉さん……。僕、天を助けたいんだけど。お姉さんは天を助けるためにここに来たんだろ?」
蓮が痺れを切らして天のお姉さんへ問う。
「うん。助けに来たよ。天才プログラマーがいるからできることなんだけど。天の意識に蓮くんがアクセスすればなんとかなるかもしれない」
「ほぉ……。意識のアクセスね。簡単に言ってくれるな」
「私が天と蓮くんの意識を繋ぐ。蓮くんは天とお話でもなんでもしてくればいいわ」
「……僕の言葉は届くのかな。紛い物の世界で何をしたところで非効率だ、とか言っちゃいそうだ」
自信なさげに小さく、呟く蓮。天のお姉さんは寂しく笑う。
「蓮くんは昔から強いよね。でも、強い人ばかりじゃないんだよ。だから、天みたいに迷う人たちがいるんじゃないかな」
【蓮】
僕は、ハッとする。
まるで、自分が一度も考えなかった視点を突きつけられたみたいに。
天は昔からあれこれと悩むやつだった。僕は、そんなことで悩むなんて効率的じゃない、自分が良ければそれでいいじゃないか。なんて、心もとない言葉を天に言っていた。
だけど、天はそんな僕の言葉に対して困ったように笑うだけだった。言い返してきたり、怒ってきたりしなかった。幼馴染だからずっと一緒にいてくれた。普通だったらこんなやつ、と見捨てられていただろう。……こんなやつだから、天は悩みを言えずに抱え込んでいるんだろう。
「………。馬鹿は僕だったのか」
ずっと解けなかった問題が解けた瞬間だった。
【愛】
「天のお姉さんのデータをパソコンに同期させて……おい、変な気は絶対起こすなよ」
「何回でも言うけど、私の最優先コードは天の幸せだよ」
翔さんがてきぱきと準備を始めていた。
「同期……?」
蓮が眉間にしわを寄せる。翔さんはキーボードを叩くのを一度やめ、蓮と目線を合わせる。
「俺と愛ちゃんがアイコーポでAIと人の入れ替わりを見たことを話したな? ……天のお姉さんは所謂サイボーグだ。人形の中にAIが入っているってことだ」
「お父さんはそんなこともしていたの……?」
精巧。その言葉がよく合う。感情の持たないロボットはたくさん流通している。でも、ここにいる天のお姉さんはAIと指摘されなければ人間だ。天のことを思って、行動している。
「待ってください」
蓮の声が少しだけ強くなる。
「それはつまり、お姉さん本人ではないんですよね? なのに、記憶も感情も持っている?」
「それは……」
天のお姉さんの口が止まる。
「私は──」
ガクンッ
突然、天のお姉ちゃんは電池が切れたかのように床へ倒れ込む。倒れ込んだかと思えばすぐに目を覚まし、一点を見つめていた。
「だ、大丈夫ですか」
私は天のお姉さんの元へ駆けつける。
「大丈夫。蓮くんは難しい質問をするねぇ」
お姉さんが少しだけ寂しそうに笑う。翔さんが苦々しく呟く。
「おそらく、アイコーポに関して都合の悪いことは話せないようにされているんだろう」
「酷い……」
会社の都合の悪いことを口外させないようにしてるなんて、それってもう自分たちが悪いことをしているって認めているということじゃない……。私は天のお姉さんを見て居た堪れない気持ちになった。
…………ごめんなさい。
再びキーボードを叩き、準備に取り掛かる翔さん。翔さんのパソコンの画面に様々な数字や文字が流れていく。
「……意識に入り込むってどんな感じなのかな」
「初めての試みだから分からんな……心配か?」
「うん……。翔さん。私も一緒に行くことできないかな?」
「は? 愛ちゃん、正気か?」
「お父さんのせいで、天がこうなってるのであれば、私も体張らないと」
「……。愛ちゃんの気持ちわからないでもない、が」
「私、AWの世界を見たことあるから。きっと役に立てる」
「……わかったよ。無理はするな」
翔さんは私が一度言い出したら意見を曲げないって身をもって知っている。煙草に火をつけて、長い深呼吸後……。翔さんは視線をパソコンに落としながら続ける。
「ただし条件がある」
「なに?」
「俺が危険だと判断したら即接続を切る。蓮も同じだ」
蓮は無言のまま頷く。
「同期開始まで30秒」
天のお姉さんがカウントダウンを始める。
翔さんは小さく舌打ちする。
「ほんとにギリギリの綱渡りだなこれ」
私は天を見る。最初に会ったときは苦しい顔していたのに、今は安らか。お父さんの会社でみた機械の中で寝ている人と、あまりにも同じ表情だったので何とも言えない気持ちになる。
キーボードを叩く音が響く。カチ、カチ、と一定のリズムを刻む秒針。天のお姉さんの声が続く。
「接続準備完了」
翔さんが短く言う。
「行くぞ」
次の瞬間、意識が白く揺れた。音が一瞬だけ消える。
そして──。
意識が、ゆっくりとどこか別の場所へ引き込まれていく感覚が始まった。




