第5話 天才
【愛】
私と翔さんはアイコーポから出た後、翔さんの運転で翔さんの家に向かっていた。
翔さんは何も話さない。
……私も現状を理解していくのがやっとで呆然としていた。
私のやったことって……間違い、なの? 次々と景色を置き去りにしていく様子を見ていると、道端に今にも意識を失いそうな人を抱えた男の子がいた。
「翔さん、車止めて!」
キィッ!
私の急な声出しに驚いた翔さんは、急ブレーキを踏む。車が止まり切る前に車のドアを開く。そして、駆け寄る。
「ちょっと、その人大丈夫?! 救急車呼ぶ?」
「……奏?」
「……は?」
翔さんは車を安全な場所に停車しなおした後、駆けつけてきてくれた。暗い赤髪をした、具合悪そうにしている男の子をみて冷静に分析をしている。
「だいぶ意識が持ってかれているな。目を見たら分かる」
「意識が持っていかれている……って?」
「アイコーポのハードディスクに引っ張られてるんだろ」
「それってどういう……?」
肩を貸している男の子が状況を読み込めず、私と翔さんを見て助けを求める。
「とりあえず救急車を……!」
「病院でどうこうなる症状じゃない。とりあえず、うちに来なさい」
車に乗れと、男の子に言う。
「具合悪い友人がいるのに知らない人の車に乗れるわけないじゃないですか!」
やれやれと首を横に振る翔さん。そうだよね。今のご時世、知らない人の車に乗るなんてできないよね。
「名乗り遅れました。私は一条愛。アイコーポの社長の娘。……そして、ご友人が具合悪くなってるのはたぶん、私の父のせい」
私は電子の身分証明書を見せながら自己紹介する。
「アイコーポ、プログラマー花園翔だ。元、だけどな」
続けて翔さんも自己紹介をする。
「アイコーポって、大企業じゃないか」
男の子は電子身分証明書をまじまじと見て本物であることを確認する。
「僕は西園寺蓮。なんで、アイコーポが原因で天が具合悪くなってるんですか?」
「ここで説明するのも、な。お友達がそんな調子なのにいつまでも立ち話か?」
蓮はぐったりとしている子の顔色を覗き込む。普通なら救急車、というところだが、翔さんの落ち着きようと私の戸惑った顔を見て決めあぐねているようだ。
長い、ため息をつく。
「……天のこと治してくださいよ」
「理解が早くて嬉しいよ」
私たちを乗せた車は翔さんの家へ静かに走り出した。
翔さんの家に着いて。 蓮はソファに天をゆっくり寝かせる。
「今の状況、説明してもらっていいですか?」
「今起きているのは、──人間の意識データ化の失敗だ」
空気が一段、冷える。蓮はすぐに天の方を見る。眠っているようで、どこか、ここにいない顔。そして、ゆっくり翔さんへ視線を戻す。
「アイコーポの社長のせいで、天がこんな風になっているんですよね」
「正確には、戻れなくなりかけている」
「さっき見たアイコーポの人たちと様子が違うわ。これはどういうことなの?」
「……AIと意識の入れ替わりだよ」
「入れ替わり?」
「社長のあの様子だと、本人の意識を元にしたAIと本来の意識を入れ替えたんだろ」
そうか、最後に見たあの人たちはみんなAIだったんだ。だからあんなにも不気味だったんだ。意識は全てアイコーポのハードディスクに移動して……。今頃AWにいるんだ。そうすることで、誰にも邪魔されないAWライフを送れるというわけね。私は拳をギリギリと握る。
蓮は一度目を閉じ、すぐに開く。
「AW……ですか」
「……!」
まさか、一般の高校生からAWのワードを聞くとは思わなかった。
「あなた方の言葉選びからまさか、とは思いましたが。AWが関係しているんですね」
「普通の高校生がAWを知っているはずがない。一般人にも広がってはいるが、まだAWは金持ちの娯楽だぞ?」
翔さんが蓮を睨みつける。
「AWを知っているのは、アイコーポの関係者か……実際にAWを体験したか……」
「奏のライブでホログラムのアイドルが言っていましたよ」
蓮は怪訝そうな顔をする。
「『理想の世界、AWへ皆さん行きませんか?』って。あとはそうだな」
蓮は右手の人差し指を、自分のこめかみにトントンとノックさせるような動作をする。
「アイコーポの広告で、AWについて直接触れてはいなかったけど『いつかあなたも理想の世界へ』という今思えばAWを彷彿させるような広告があった。奏のアイドルユニットのメンバーのMAMEやYUNOの10月28日のライブ配信でも『Aダブ…あーこれまだ言っちゃだめだった』という発言もあったな。6月11日に公表されたアイコーポのIRでも仮想空間について言及されていた」
「は……?」
翔さんも私も情報の整理が追い付かず互いの顔を見る。
「……待て。お前、ライブ配信やIRの日付まで覚えてるのか?」
「?」
「普通覚えてないだろ」
「でも僕は覚えているんで」
蓮はさも当然のように涼しい顔をしている。
「そして今日のライブの時『AWへ皆さん行きませんか?』その言葉を言った瞬間、一瞬時が止まったかのように全員の動きが止まった」
アイコーポの人たちと同じことが他のところでも起きていた?
「その後にすぐ天は意識を失った。ほかの観客はすぐに動き出した。この違いは一体……?」
蓮は一点を見つめてブツブツと推論を呟く。数秒で答えにたどり着いたようで、黒目に力を集め私たちを見る。
「あの観客たちはAIに切り替わり、本来の意識はAWへ行った。天は何らかの理由で中途半端な状態。なぜ、中途半端になっているのか状況説明お願いします」
「今の情報だけでそこまで辿り着くか」
翔さんが参った、と手を上げている。
「天才……いや、変態だな」
「よく言われます」
記録力と情報処理の能力が……異常だ。
「……ただ、天のような状況になっているのは初めて見る」
「……は?」
「二進も三進も行かない状況ってことだ」
その言葉に、蓮の指がわずかに動く。天を見る。二人には確かな絆があるのだろう。初対面の私がそう思えるくらい蓮の表情には心配という二文字が浮かんでいた。
「……最悪だな」
でもその声は、まだ折れていない。むしろ──、状況をどうにかする側の人の声だった。
「AWへ行く条件っていうのは?」
翔さんは少し考えこむ。そう、私と翔さんと蓮はAWへ行っていない。お父さんは『まずは、選ばれた方々からご案内、だ』と言っていた。誰もがAWへ行けるわけではなく、条件が決められているはず。
「本人がAWへ行きたいと思うことは大前提だ」
「だから僕たちはここにいられるわけだ」
「あとは、AIによる干渉を日常的に受けていること、だな」
「……国民的アイドルユニットは日常的に干渉し放題というわけか」
ライブ会場へ足を運ぶほどのファンであれば干渉をかなり受けていたことが予測される。今日のライブでかなりの人がAIと入れ替わった……?
「天……と言ったか。天がこちらの世界で両足ついて生きると言う覚悟を決めたのであれば、この状態はもしかしたら解けるかもしれん」
「その覚悟はどうやって決めればいい?」
「それは、天次第だな……。どうやら、AWの世界に羨望をもっているようだな?」
翔さんのその一言で、部屋の空気がさらに一段だけ重くなる。
「羨望、か」
蓮が小さく繰り返す。その声には否定も肯定もない。ソファの上の天を見る。そこには確かに、穏やかな寝顔がある。でもその奥に、どこか遠くを見ているような空洞が混ざっている。
蓮は再び右手の人差し指を、自分のこめかみにトントンとノックさせる。
「羨望っていうか……」
一度言葉を切る。
「AWの方がまともに見えてるのか……?」
翔さんがわずかに目を動かす。蓮は続ける。
「天にとってこっちの世界はどうなんだろう。両親はいないけどお姉さんはいる。僕のことはどう思っているかは分からないけれど。幼馴染の奏だっている」
蓮は自分の考えを整理していくように事実を淡々と並べていく。
「天は……AWの方が絶対に良いってわけではなさそう、だけど」
翔さんが、ふむ、と蓮のまとめた情報を聞いたうえで意見を述べる。
「天が、君にも言えていない悩みを最近抱えていた感じはなかったか?」
「そ、れは……」
蓮が暗い表情をする。どうやら思い当たる節があるようだ。翔さんは静かに言う。
「その悩みから目を逸らしている限り、こちらには戻ってこれない」
蓮の指が天の手首を少しだけ強く握る。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」
初めて、蓮の声に焦りが混じった。




