第4話 救済
【愛】
ドーム状のハードディスクの光がゆっくりと消えていくのを見届ける。
「壊れた、の?」
「成功、だと思うが」
ふぅ……と一息ついている翔さん。表情は険しい。ガタガタと機械の中で人が動き出しているのが分かる。困惑、不安、怒り……様々な声が辺りからボソボソと聞こえてくる。
「翔、さん……」
「さて、どういう結末になるかな」
翔さんは私を背に隠し、じっくりと、油断なく辺りを見渡し状況判断していた。
「なんてことをしてくれたんだ。翔」
私の背後から、一番知っている声が降りてくる。表情を見なくても分かる。暗く、落ち込んだ、絶望の声色だ。
「お父さん!」
「社長……」
翔さんは私の一歩前に出て私を守るように手を広げてくれている。
「違うの! 私が翔さんにお願いしたの!」
「……いや、どっちがやったかなんてどうでもいい」
お父さんは真っ黒な生気の宿っていない目で私たちを見つめる。
「この有様を見てみなさい」
地獄の風刺画を見たことがある。まさに今、私の目の前ではその情景が広がっていた。
「わ、私の世界が! 世界がああああああああ!」
「息子に会わせて! 会わせてよおおおおおおおお!」
「やっと妻に会えたのに……」
「戻らないと、戻らないと、戻らないと……」
「壊れた、壊れた、あ、あはは、はははははははは!」
「金ならいくらでも積む! はやくどうにかしてくれ!」
辺りから聞こえてくる叫び。……これほどまでにAWは人の心を侵食していたんだ。機械の中から出てきた女性が、震える手で空中を掴む。まるで、そこにまだ誰かがいるみたいに。
「愛、お前はなぜ分からないんだ」
暗く沈み切った声が私の体を侵食するようにまとわりついてくる。
「失った人間が、もう一度笑ってくれる世界を」
「分からないよ! 私だって見たよ、AWで笑うお母さんを……」
言葉があふれる。お父さんを傷つける言葉だって分かってる。だけど止まらない。
「お母さんの最期の言葉覚えてる!? 覚えてたらあんなの……! 偽、」
「偽物なわけあるか!」
ぴしゃり
普段は穏やかなお父さんが私の声を遮るように怒鳴る。生まれて初めてお父さんのこんな激しい声を聞いた。お父さんは一呼吸おいて、私に語り掛ける。
「AIは偽物なのか?」
「え?」
「アイコーポのAIは……本人の意識から学習させている」
本人の意識から……?
「つまり、AIは記憶を引き継いでいるんだよ。これのどこが偽物だというんだ?」
……分かった。
「愛が何に怒って、何が分からないのか私には分からない」
分かった。分かった。お父さんは、もう……。
「社長」
翔さんの低い声が聞こえる。
「愛ちゃんは、社長との日常を取り戻したいんですよ」
お父さんは、静かに翔さんの言葉を聞いている。
「会社を辞めた俺に声をかけてまで、貴方との日常を取り戻したかったんですよ。………、一人娘じゃないですか。我儘を聞いてあげてもいいんじゃないですか」
お父さんはうつむいた顔を上げて私たちを見つめる。目は真っ黒なまま。ただ、その奥には何かを決心したかのような力強さが見えた。
「お前たちは、俺の妻を再び殺した」
「……っ。社長、その言い方は!」
すぅ……。お父さんは両手を指揮者みたいに上げて止まる。そこに立っているだけなのに威圧感。圧倒的な、存在感。
「みなさん、落ち着いてください」
鶴の一声。今までうろたえていた空間が一気に静寂へ引き戻される。
「俺がこのような事態想定していないとでも?」
私と翔さんを一瞥し、ニヤリと微笑む。そしてAWの利用者に再び向き合う。
「肉体なんてあるから! このようなことになるんです」
私は、何度も見てきた。台上に立って堂々と演題や新商品を発表するお父さん。
「肉体は老いる」
芯のある声で。
「壊れる」
真っ直ぐな目で。
「死ぬ」
誰もが目を奪われる。
「だが、意識は違う」
目を合わせざるを得ないカリスマ性。それがアイコーポの社長、一条誠一。
「今こそ肉体を捨てて、AWの世界へ行きましょう! いずれは、全人類がAWで永久に思い思いの生活を!」
叫びにも似たような歓声。そうだ。お父さんには人々を導く魅力がある、説得力がある! 先ほど翔さんが削除したハードディスクのすぐ近くにあるパソコンに触れるお父さん。
「一体何を……!」
「翔なら分かるだろう。私は怖がりだったろ? 普段からあることないことに怯えて暮らしていた」
キーボードを打ち終わる。
「用意周到。だから会社をここまで大きくすることができた」
翔さんにニヤリと不気味に微笑む。
「まさか……!」
「救済、だよ」
焦点が合っていない目で虚空を見つめる。その目線の先には、お母さんがいるように思えた。
「AWへ行きたいと思ったら」
三日月の様に口角が上がる。
「だれもがAWへ行けるように」
耳をつんざくような高い音が響き渡る。いつまでも、脳内を揺らし反芻している。
「まずは、選ばれた方々からご案内、だ」
お父さんがそう言うと、周りの人たちの動きが一瞬止まったのが見えた。
先ほどの喧騒が嘘だったかのような静寂。誰も動かない、喋らない。
「何が、起きた、の?」
「愛ちゃん、不味いことになった」
翔さんは珍しく焦りを顔に浮かべている。状況が読み込めない私はお父さんを見る。すると、先ほどまでのことが嘘だったかのような。穏やかな、物、がいた。
「愛。どうしたんだい? こんなところで」
「は……?」
「寂しかったんだよな。仕事ばかりのお父さんでごめんな」
なんなんだこの物は……。気味が悪い。作られた笑顔。仮面をつけているみたい。
「あら、社長の娘さん?」
「ほほほ、可愛らしいお嬢さんだね」
「おお、こっちの色男は社長の右腕の花園さんじゃないか」
わらわらと周りに集まってくる。
「翔……さん」
「逃げるぞ、愛ちゃん」
翔さんに手を引かれ、私はお父さんの会社を後にした。最後までお父さんは私のことをニコニコと見つめていた。




