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AI WORLDーそれでも現実を選ぶー  作者: とっぽい
第1章 仮初の幸せ
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第4話 救済

【愛】

 ドーム状のハードディスクの光がゆっくりと消えていくのを見届ける。


「壊れた、の?」

「成功、だと思うが」


 ふぅ……と一息ついている翔さん。表情は険しい。ガタガタと機械の中で人が動き出しているのが分かる。困惑、不安、怒り……様々な声が辺りからボソボソと聞こえてくる。


「翔、さん……」

「さて、どういう結末になるかな」


 翔さんは私を背に隠し、じっくりと、油断なく辺りを見渡し状況判断していた。


「なんてことをしてくれたんだ。翔」


 私の背後から、一番知っている声が降りてくる。表情を見なくても分かる。暗く、落ち込んだ、絶望の声色だ。


「お父さん!」

「社長……」


 翔さんは私の一歩前に出て私を守るように手を広げてくれている。


「違うの! 私が翔さんにお願いしたの!」

「……いや、どっちがやったかなんてどうでもいい」


 お父さんは真っ黒な生気の宿っていない目で私たちを見つめる。


「この有様を見てみなさい」


 地獄の風刺画を見たことがある。まさに今、私の目の前ではその情景が広がっていた。


「わ、私の世界が! 世界がああああああああ!」

「息子に会わせて! 会わせてよおおおおおおおお!」

「やっと妻に会えたのに……」

「戻らないと、戻らないと、戻らないと……」

「壊れた、壊れた、あ、あはは、はははははははは!」

「金ならいくらでも積む! はやくどうにかしてくれ!」


 辺りから聞こえてくる叫び。……これほどまでにAWは人の心を侵食していたんだ。機械の中から出てきた女性が、震える手で空中を掴む。まるで、そこにまだ誰かがいるみたいに。


「愛、お前はなぜ分からないんだ」


 暗く沈み切った声が私の体を侵食するようにまとわりついてくる。


「失った人間が、もう一度笑ってくれる世界を」

「分からないよ! 私だって見たよ、AWで笑うお母さんを……」


 言葉があふれる。お父さんを傷つける言葉だって分かってる。だけど止まらない。


「お母さんの最期の言葉覚えてる!? 覚えてたらあんなの……! 偽、」

「偽物なわけあるか!」


 ぴしゃり


 普段は穏やかなお父さんが私の声を遮るように怒鳴る。生まれて初めてお父さんのこんな激しい声を聞いた。お父さんは一呼吸おいて、私に語り掛ける。


「AIは偽物なのか?」

「え?」

「アイコーポのAIは……本人の意識から学習させている」


 本人の意識から……?


「つまり、AIは記憶を引き継いでいるんだよ。これのどこが偽物だというんだ?」


 ……分かった。


「愛が何に怒って、何が分からないのか私には分からない」


 分かった。分かった。お父さんは、もう……。


「社長」


 翔さんの低い声が聞こえる。


「愛ちゃんは、社長との日常を取り戻したいんですよ」


 お父さんは、静かに翔さんの言葉を聞いている。


「会社を辞めた俺に声をかけてまで、貴方との日常を取り戻したかったんですよ。………、一人娘じゃないですか。我儘を聞いてあげてもいいんじゃないですか」


 お父さんはうつむいた顔を上げて私たちを見つめる。目は真っ黒なまま。ただ、その奥には何かを決心したかのような力強さが見えた。


「お前たちは、俺の妻を再び殺した」

「……っ。社長、その言い方は!」


 すぅ……。お父さんは両手を指揮者みたいに上げて止まる。そこに立っているだけなのに威圧感。圧倒的な、存在感。


「みなさん、落ち着いてください」


 鶴の一声。今までうろたえていた空間が一気に静寂へ引き戻される。


「俺がこのような事態想定していないとでも?」


 私と翔さんを一瞥し、ニヤリと微笑む。そしてAWの利用者に再び向き合う。


「肉体なんてあるから! このようなことになるんです」


 私は、何度も見てきた。台上に立って堂々と演題や新商品を発表するお父さん。


「肉体は老いる」


 芯のある声で。


「壊れる」


 真っ直ぐな目で。


「死ぬ」


 誰もが目を奪われる。


「だが、意識は違う」


 目を合わせざるを得ないカリスマ性。それがアイコーポの社長、一条誠一いちじょうせいいち


「今こそ肉体を捨てて、AWの世界へ行きましょう! いずれは、全人類がAWで永久に思い思いの生活を!」


 叫びにも似たような歓声。そうだ。お父さんには人々を導く魅力がある、説得力がある! 先ほど翔さんが削除したハードディスクのすぐ近くにあるパソコンに触れるお父さん。


「一体何を……!」

「翔なら分かるだろう。私は怖がりだったろ? 普段からあることないことに怯えて暮らしていた」


 キーボードを打ち終わる。


「用意周到。だから会社をここまで大きくすることができた」


 翔さんにニヤリと不気味に微笑む。


「まさか……!」

「救済、だよ」


 焦点が合っていない目で虚空を見つめる。その目線の先には、お母さんがいるように思えた。


「AWへ行きたいと思ったら」


 三日月の様に口角が上がる。


「だれもがAWへ行けるように」


 耳をつんざくような高い音が響き渡る。いつまでも、脳内を揺らし反芻している。


「まずは、選ばれた方々からご案内、だ」


 お父さんがそう言うと、周りの人たちの動きが一瞬止まったのが見えた。

先ほどの喧騒が嘘だったかのような静寂。誰も動かない、喋らない。


「何が、起きた、の?」

「愛ちゃん、不味いことになった」


 翔さんは珍しく焦りを顔に浮かべている。状況が読み込めない私はお父さんを見る。すると、先ほどまでのことが嘘だったかのような。穏やかな、物、がいた。


「愛。どうしたんだい? こんなところで」

「は……?」

「寂しかったんだよな。仕事ばかりのお父さんでごめんな」


 なんなんだこの物は……。気味が悪い。作られた笑顔。仮面をつけているみたい。


「あら、社長の娘さん?」

「ほほほ、可愛らしいお嬢さんだね」

「おお、こっちの色男は社長の右腕の花園さんじゃないか」


 わらわらと周りに集まってくる。


「翔……さん」

「逃げるぞ、愛ちゃん」


 翔さんに手を引かれ、私はお父さんの会社を後にした。最後までお父さんは私のことをニコニコと見つめていた。






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