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AI WORLDーそれでも現実を選ぶー  作者: とっぽい
第1章 仮初の幸せ
3/9

第3話 ノイズ

【愛】


「愛ちゃん。本気か?」


 数百……あるだろうか。機械たちのファンの音が規則正しく聞こえる。あちこちに見えるモニターは意味不明な文字列や数列が並んでいる。そして、人一人入れる機械がドーム状の大きなハードディスクを中心として円状に並んでいた。


「本気。こんな機械作ったから世の中はおかしくなったの」

「それを作った本人の前で言うのか。手厳しいな」


 ははは、と苦笑いをするくたびれたワイシャツを着て無精ひげを生やしているおじさん。


「ここにいるみんな……。お父さんの目を覚まさせてあげて。私じゃもう無理なの」


 何度も言った。仮想の世界に逃げて、存在しない幸せを味わったところで意味がないって。お母さんは今のお父さんを見たら絶対に悲しむって。それでも、お父さんは仮想の世界に思いをはせ、どんどんとのめり込む時間が増えていった。


「愛ちゃん。人によっては仮初の幸せだとしても、それが支えになっている場合もあるんだよ」

「だとしても! 会社を自分のホログラムAIに任せて、自分はAWに行ってぬるま湯につかってるなんてあり得ないでしょ? 自分のお父さんとして情けない!」


 『AW』AI WORLDのこと。自分が思い描いた世界に浸れる仮想空間。2年前にアイコーポが発明して富裕層を中心にゆっくりとブームが広がっていた。

 最近では一般層にも徐々に営業をかけており、利用者は右肩上がり。

 そして、自分の発明にどっぷりとはまってしまったのが私の、お父さん。モニターの一つに、お父さんの脳波が映っている。穏やかな数値。機械の中を覗き込むと柔らかな顔。現実にいる時より、よほど幸せそうだった。


「……翔さんだって。AWが間違っていると思ったからアイコーポを辞めたんでしょ?」

「俺が辞めた理由はいろいろあるけれど。だからと言ってこんな幸せそうな顔をしている人たちの目を覚まさせるのって心が痛まないかい?」

「……」

「現実ではAIが本人の代わりに生活を送ってくれている。だから、社会活動的には何も問題ない」

「だけど……」

「……現実だけが、人を救うとは限らないからね」


 アイコーポの元プログラマー花園翔はなぞのしょう。AWを私のお父さんと開発した凄腕のプログラマーだ。私が小さいころからお父さんを通じて関りがある。少し年の離れたお兄さんみたいな感じで慕っていた。

 翔さんはAWを発表して数か月後にアイコーポを辞めている。お父さんも翔さんも退職の理由は教えてくれなかった。


「……お父さんはAWのせいで現実から死んでいってるの。このままじゃ、戻ってこれなくなっちゃうよ」

「……!」

「私、このままじゃ一人ぼっちになっちゃうんだよ?」

「愛ちゃん……」


 翔さんはハッとしたような表情になる。頭を抱えて……深く考え込んでいる。長い、ため息。

 その後は、決心した真っ直ぐなブラウンの瞳を向けてくれる。


「……愛ちゃん。やるなら徹底的にやろう。サーバーダウンじゃなくて、システム自体の完全削除だ。そうでもしないと、つながれた人たちはまたAWへ戻ろうとするからね」

「翔さん!」


 ここに連れてくるのですら二の足を踏んでいた翔さんがまさかの承諾。


「ただ、自分の欲しいものを奪われた人たちがどういった反応を示してくるか。それは想像を絶するものかもしれない。それでも、やるんだね?」

「……うん」

「そうか。分かったよ」


 翔さんは小さいころの私にやったように頭をポンポンと撫でてくれる。


 翔さんは自宅から持ってきたノートパソコンを開き、ドーム状のハードディスクとの接続を試みる。

 アイコーポを辞めたあとも、フリーでプログラマーの仕事を続けていたらしい。キーボードを打つ指に迷いはなかった。ノートパソコンの画面には次々と文字列が流れ、いくつものウィンドウが開いては閉じていく。素人の私には何をしているのか全く分からない。ただ、とてつもないことをしている。それだけは理解できた。


「……一度、動き出した技術は止まらない」


 翔さんは、一瞬だけキーボードを打つ手を止めた。


「それを壊すってことは、人の幸福そのものに牙を向けるってことだ」


 ドーム状のハードディスクの光が脈打つ。まるで、生き物みたいに。


──静寂。


 ゆっくりと、確実に。エンターキーへ伸びる指を、私はただ静かに見つめていた。




【天】


「今日もたくさんの人たちが来てくれてうれしいー!」

「特別な時間を十分楽しめるように私たち頑張るね!」


 ライブのオープニングが終了し、MCの時間になった。奏のアイドルユニットの子たちが場を盛り上げるように話している。


「変わりないだろ? 奏」


 蓮が俺の横で奏を見つめながら口にした。何もおかしいところはない。……だけど、それがどうしても違和感。この違和感の正体は、なんなんだろう。俺が何も答えず思案顔をしていると蓮はやれやれというように首を横に振っていた。


「みんなは『AW』って知ってる?」

「……!」


「『AW』へ行けば解決するから」


 昨日の姉ちゃんの言葉と重なる。観客を見ると、AWって何だ? とざわついている様子が見られた。


「MAME! みんな困ってるよ。まだ特別枠しか案内してないんだから」

「あははー。ごめんね、みんな! でもさ、みんな想像してみて?」


 ホログラムAIがステージ上の空中に移動する。


「大切な人、理想の地位、理想の生活全部そろってる」


 もう一人のホログラムAIもステージ上の空中に移動する。演劇をしているかのように両手を前に出して、喋る。


「嫌な人、嫌な仕事、お金の心配全部ない」


 もう一人のホログラムではないアイドルはステージの真ん中に立つ。


「「「そんな世界、AWへ皆さん行きませんか?」」」


 俺は突然、浮遊感に似た感覚を覚える。歓声が遠くなる。音がノイズみたいに歪む。AIアイドルの顔が一瞬崩れて見える。

……視界全体が、砂嵐みたいに乱れている。視界がブラックアウトする。


「蓮、ごめ……」


 単語を出すのがやっとだった。今までの眠気とは比べ物にならないくらい、いや、これは眠気なんてもんじゃない。


 意識を失う前に、奏が俺を見て手を伸ばしているような気がした。






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