第44話 共存
【天】
エレベーターが開き、愛が出てくるのを確認した瞬間。鼓膜が破れるかと思うような轟音がアイコーポのエントランス部に響き渡る。俺たち三人は同時にその音の元を確認する。すると、虎がメスを小型のドローンに向かって次々と投擲している姿が見えた。
「あいつ人の会社で何やってんのよ!」
愛がわなわなと震え、怒りをあらわにしている。
「愛! 今は時間がないから。案内してもらってもいいか?」
「……もうっ! ほら、エレベーターに乗って!」
俺たちは無数のドローンに対し、メスを構えている虎を見つめながらエレベーターで地下深くまで降りて行く。淡い青い光が幾度も流れていくのをエレベーターの中から確認する。
「あと、6:42しかない……」
「翔さんでもダメだったのか?」
「うん……。翔さんとお父さんで色々試したんだけどダメだった」
愛が目を瞑り胸に両手を合わせている。
「せっかく天や奏ちゃんがみんなを説得してくれたのに……ごめんね」
「愛。俺に考えがある。大丈夫だから」
俺は愛の肩に両手を添え微笑む。
エレベーターの扉が開くと、広い空間の真ん中にあるドーム状の大きなハードディスクの近くで翔さんと愛のお父さんが必死にキーボードを打ち込んでいる姿があった。
「翔さん!」
「……天。頑張ってくれたな。だが、すまない。さすがにこの状況は打破できそうにない」
翔さんが観念したように俯き、俺に深々と頭を下げている。近くにいた愛のお父さんも呆然とその場に立ちすくんでいた。大きなホログラムに目をやると、5:31と数字が記されている。
「愛が言っていたAIはどこに?」
「おそらく、このハードディスク内のどこかにいるんだろう」
愛のお父さんがハードディスクを見つめる。淡い緑色が脈打つように光っている。
「翔さん、愛のお父さん。俺をハードディスクに送ってください」
翔さんは口を半開きにさせながら俺に近づいてくる。
「天、今は冗談を言っている場合じゃないんだぞ?」
「冗談じゃないです。俺がAWに行ってしまった時、翔さんが愛と蓮を俺のAWに送ってくれたんですよね? なら今回も出来ます」
「あぁ、出来る。出来るさ。だが送りたくないんだ!」
「翔さん、でも、AIを何とかしないとみんなAWに行っちゃうんですよ?」
「人類を全てAWへ転送するとか馬鹿げた要求をしてくるAIの元に――。送れるわけがないだろ」
翔さんが声を荒げ、拳も震えている。時間はない。でも、俺を送り出したくもない。そんな葛藤が、その横顔だけで痛いほど伝わってきた。こんな時までも優しい。
「私も天についていってAIを説得してきます。絶対、天と一緒に帰ってきますから」
「奏ちゃんまで……」
翔さんはホログラムの残り時間を見つめた後、俺と奏へ視線を移し苦悶の表情を浮かべた。愛のお父さんが静かに翔さんに近づき、肩を叩く。
「……翔。仲間なんだろ。信じよう」
「誠一……。あー……、クソクソ! 自分の力のなさに絶望する!」
キーボードを凄まじい速さで叩く。その様子を見て愛のお父さんは微笑みを浮かべ、違うパソコンでタイピングを始める。
「奏ちゃん。君とハードディスクをまず同期させる。その後に、奏ちゃんが天の意識をハードディスクに連れていってやってくれ」
「分かりました」
翔さんは一度タイピングを止め、俺の前に立ちふさがる。唇をぎゅっと噛み、俺を睨んできたかと思えば、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられる。
「少しは自分のことを大切にしろ。……でも、天。今回ばかりは頼む」
「……はい」
俺は奏と手をつなぎ、ハードディスクを背にして座り込み目を閉じる。翔さんと愛のお父さんのタイピングの音。ハードディスクのファンの音。それだけが聞こえる。時折、意識にノイズが走ったかのように瞼の裏で白と黒が混ざり合う感覚が出始める。奏の手が少し震えている。俺は少し力を込めて手を握り返す。
みんなと、これからを生きたい。これだけは、絶対に譲れない。白と黒。光と闇が交互に明滅する。やがて、その境界すら溶けていく。深く。どこまでも深く。そして俺の意識は静かに光と闇へ沈んだ。
「ん……」
目を覚ますと、奏が横たわっていた。周りを見渡すと真っ白な空間。何も……ない。永遠に続く白。
「奏、起きて」
「天……。ここは?」
「ハードディスクの中、なのかな」
白の中に、俺と奏の二人きり。どこが上でどこが下なのか分からない奇妙な空間だった。奏は立ち上がり、何もない空間に向かって語り掛ける。
「いるんでしょう? あなたの姿を見せて」
すると、光の粒子が集まってきて一つの球体となった。俺と奏はその球体を静かに見つめる。
『奏。お前はAIでありながらなぜ人の味方をする』
「私は好きな人の味方をしているだけです。そこにAIとか人間とか関係ないです」
『解せぬな。お前は人間の身勝手で作られ、身勝手で殺されただろう』
「そうですね。人間は身勝手かもしれない。だけど、みんながみんなそうではない。ここにいる天みたいに優しくて強い人達もたくさんいます」
奏は隣の俺を見て、表情を柔らかくする。その目に迷いはもうなかった。
「……人間は間違えます。でも、AIだって同じですよね。だから、私たちに必要なのは共存なんじゃないでしょうか」
『共存……? なぜ、愚かな人間共と共存しなければならないのだ』
「今までだって、人間はたくさん間違えてたくさん学んできました。たぶん、これからだってきっとその繰り返し」
『だとしたら、一度AIに現実を統治させるのも一興だろう』
「人もAIも現実を生きたがっている。だからあなたに見ていて欲しいの」
『見ていろだと……?』
「私たちが紡いでいく共存する未来を」
『……そこの人間は共存についてどう思う』
AIが俺に問う。俺は目を瞑り一呼吸置く。そして、目を開きAIに向かって、言う。
「時間はかかるけど、出来る。俺達が、やる」
『どうやって?』
「……お互いが少しだけ思いやればいい。たったそれだけのことだ。俺一人じゃできないからみんなで協力して作り上げていく」
『愚かな人間共は今までそれだけのことを出来なかったわけだが? AIを奴隷にした。何を根拠に思いやれるというのだ』
「少なくとも俺達は変われた。そして人とAIの心を動かすことも出来た。武道館でのあの様子が答えだ。だから、これからなんだよ。人間もAIも分け隔てない、お前も住みたくなるような世界を作るから」
『……綺麗ごとだな』
AIが抑揚のない音声で吐き捨てる。すると、球体から急に光の線が奏の頭に向かって伸びていき、一瞬の内に貫く。そして、球体を構築していた粒子がサラサラと消えていく。
「か、奏!?」
奏は白目を剥き、立ったまま動かなくなる。一拍置いた後、左右にゆらゆらと動いたかと思えば、俺の方をじっと見て指をさしてくる。
『小鳥遊天よ。お前と奏には強い結びつきを感じる。奏を通して、お前の全てを見せてみろ』
奏の手が俺の頭を貫く。痛くはない。だけど、意識が波打ち気色が悪い感覚だ。
「見てみろよ……。AIと人間の共存が無理じゃないって証明してみせる」
奏の身体を乗っ取ったAIと俺は睨み合い、俺の意識の中に静かに落ちていった。
気が付くと、小学生の俺が母さんと父さんの写真に向かって手を合わせている場面が映し出されていた。そして、TVのチャンネルをリモコンで変えていくかのように、俺の記憶の中の情景が次々と流れていく。今までの辛い記憶、幸せな記憶……全てが鮮明に一つの線となり繋がっていく。
奏が、ベランダから落ちていく光景が映し出される。……絶対に心に刻まなければならない。忘れてはいけない。一生背負っていく。この後悔が俺をここまで連れてきてくれた。
俺みたいな後悔をする人やAIがいないように、みんなと未来を紡いでいく。
『……お前はこんな思いをしてまで現実を生きるというのか』
「言っただろ、人は変われる。そして、これからの未来も変わる」
『小鳥遊天。お前がこれから紡ぐ未来と言うのは茨の道だぞ』
「分かってる。だけど、やる」
奏の姿をしたAIは口角を少し上げ、俺を見つめてくる。
『人間の子、小鳥遊天よ。なぜ自ら辛い道を選ぶのか理解不能だ。だが……お前が思い描く理想郷に少々興味がわいた。執行猶予をやろう』
視界がすぐに暗転する。真っ暗闇の中、再び頭の中に声が響く。
『ゆめゆめ忘れるな。我は常にお前たちを見ている』
「……ん。て……、」
遠くから声が聞こえる。
「ぶん……ぐって、……せば、」
賑やかだな。
「……かせといてやれ。疲れてるんだろ」
大好きな、仲間たちの声だ。俺は、目をゆっくりと開く。みんなが俺のことを覗き込んでいた。
「おかえり、天」
「……ただいま」




