最終話 それぞれの選択
あの事件から一年半の月日が流れた。
【蓮】
「アイドル活動は辛くないのか。奏」
「辛くないよ。私にしかできないことを続けていかないと」
奏はより一層忙しくしている。一時期は、人間と偽り生活していたAIと誹謗中傷を受けていたようだが、奏は挫けずに自分の思いを伝え続け、今や人間からもAIからも支持される世界的アイドルへ。
「蓮は今何しているの?」
「教員免許を取るために大学へ行っている」
「先生になるんだ。蓮らしいね」
「……人にものを教えるの向いてなさそうとか言わないのか?」
奏は目を真ん丸にさせた後、声をあげて笑った。
「いつも自信満々なのにどうしたの? 蓮なら大丈夫だと思うけど」
「奏が初めてだぞ、そう言ってくれたの。親ですら大丈夫かと言ってきた」
「蓮は確かに天才で、私たちみたいな普通を理解するのは難しいのかもしれないけど……天才だからできるよね? っていう意味で大丈夫だと思うんだよ」
世界一忙しいアイドルになっても、その前向きさだけは昔と何も変わっていない。
「……奏には勝てないな」
「え? 勝負してたの?」
世界的アイドルになっても、今も昔も変わらない奏に安堵した。これからもAIと人権についての倫理的な問題は問われ続けるだろう。ただ、一つ言えるのは。目の前にいる奏は、奏だということだ。
……その事実はずっと不変だ。
【虎】
「蘭、なんも分かんねぇ。んだよこれ。なんで点Pが動いてんだよ」
「点Pを受け入れなさい。話はそれからよ」
「あー。めんどくせぇ」
オレはあの騒動の後、苦手な勉強をやっている。まだ平和な世の中まではいかないが、自分を守るためにメスを振るうこともなくなってきたから、暇になった。暇になったオレは何をしていいか分からなくなったから、頭の良い蓮にどうすればいいか聞いたらまずは勉強でもしてみたらどうだと勧められた。
「……医者になるんでしょ? こんなところで躓いてられないわよ?」
「うるせぇなぁ。ちょっと蓮のところに行ってくる」
「ふふふ。行ってらっしゃい」
蘭は相変わらず表の病院に来れないような奴ら相手に医者をやっている。どんな人であれ救いは必要なのよ? とか、小難しいことを言ってた。
「あー。メス入ってるポーチ忘れてきた」
今までのオレだったらすぐに取りに戻る。
「……もう必要ねぇか」
参考書と問題集が入ったカバンだけを背負って道草食いながら蓮の家へ向かう。昼間に出歩くことが多くなった。親子連れ、学生、サラリーマン……。みんなのんきな顔だ。
公園の近くを通ると、子どもが集まって困っているような雰囲気。木の枝にボールが挟まっているようだ。
「お前が高く飛ばすからとれなくなったじゃんか!」
「お前が変なところに投げるから悪いんだろ!」
子どもが喧嘩してる。
「こんくらい、すぐとれんだろ」
オレは公園のフェンスに上り、木の枝にぶら下がってボールをとる。
「ほら、んなことで喧嘩すんな」
「兄ちゃんすげぇ! 忍者だ!」
目をキラキラさせる子ども二人。
「うるせぇうるせぇ。オレは用事あるからなじゃあな。もう木の上に乗せんなよ」
「またね、兄ちゃん! 俺にも高く飛ぶ方法教えてね!」
あー。なんかまた胸がモヤモヤする。なんとなく顔も熱い気がする。風邪か?
【翔】
「花園社長。A社からこのような案が届いていますよ」
「……あぁ。そういえばそんな取引していたな」
あの事件を機に、アイコーポは旧体制を解体し、大規模な組織再編へ踏み切った。AWは政府管理下へ移行し、誠一は代表取締役を辞任。俺は技術顧問としてアイコーポへ復帰したが、そのまま社長を任されることになった。誠一はもちろん逮捕され、今は刑務所で自らの罪を償っている。
「誠一はこんな面倒な仕事をしていたんだな」
俺は煙草に火を灯す。……煙草の量は増えるばかりだ。
「花園社長、また煙草ですか? 健康診断の結果、もう忘れたんですか?」
ため息混じりに書類を抱えた秘書。今となっては仕事で欠かせないパートナーとなった。
「……お前は俺の秘書なのか、母親なのか」
「どちらでしょうね?」
くすくす、と含み笑いをする。笑顔が弟そっくりだ。
「またAIと人間でトラブルが起きていると各部署より報告が上がっていますよー」
「やれやれ、一筋縄ではいかないか」
毎日トラブルだらけだ。だけども、不思議と嫌ではなかった。俺は生涯、罪を償っていく。誠一ともそう約束した。
「AIと人間だからトラブルが起きてるんじゃないんだけどな……。それをまだみんな理解できてないんだな」
ふぅ……と一息つく。まだまだ問題は山積みだ。休憩がてらSNSを覗いてみる。最近は若い世代の子たちがAIと人間について議論している投稿が目立つ。どの意見も正論で甲乙つけがたい。
「誰かにとっての正解は誰かにとっての不正解、か」
窓から街並みを見下ろす。
「子どもが悩んでいるのであれば、大人が導いてやらんとな」
事務仕事ばかりで固まった体をほぐす様に体を伸ばす。
「さて、仕事に戻りますか」
俺は煙草の火を消して、再びパソコンに向かい合った。
【天】
穏やかな川のせせらぎ、初夏を感じる日差し、草の匂いをほのかに運んでくる優しい風。俺は河川敷にいた。子どもが下流で水遊びをしている。
「あんな大きな事件があったのに騒がれるのは数か月。今はまた違う話題で世間は騒いでる」
「……みんな新しいもの好きだからな」
俺と愛はあの騒動の後、定期的に会っては近状報告をしている。愛は今、翔さんと俺の姉ちゃんと一緒に会社を立て直している。毎日問題ごとが起き、対応に追われているようだ。疲れたと会う度言っているが、充実しているようにも見える。
「……でも、私は絶対に忘れない」
「……俺だって忘れない」
河川敷で遊んでいる子ども達がこちらを指さし、英雄だ! と大きな声で言ってくる。その子達の親だろうか。騒ぎ立ててすみません、と言うように頭を下げてくれている。
「英雄なんて柄じゃないんだけどな」
「でも、世界を救ったのは事実だしね。悪いことじゃないし言わせとけばいいんじゃない?」
武道館ライブの後、俺たちはテレビ局に囲まれたり、警察に事情聴取されたりで目まぐるしい日々を過ごした。結果、俺達がAIから世界を救った英雄と言うことで落ち着き、なんだか嬉しいようなムズムズするような気持ちで過ごしている。
「お父さんとは会ってるのか?」
「刑務所に入った直後は大丈夫かな? って思うことが多かったけど、最近は会う度、こんなのを作ったあんなのを作ったって報告してくるの。……会社にいたころより生き生きとしているかも」
愛が困ったように笑っていた。
「天は? 今大学生だっけ」
「姉ちゃんとまた一緒に暮らして、大学に行ってる」
「翔さんが、天がアイコーポ入ってくれないかなってぼやいてたわよ」
「ははは……考えとくよ」
俺はどこでもない遠くの景色を見つめる。愛の髪の毛がそよ風で揺れる。
「何かやりたいことはないの?」
AIと人間の問題はまだまだこれからも続いていきそうだ。俺は当事者として今後も関わっていかないといけないと思っている。
びゅうっと、一陣の風が吹き抜ける。
現実を生きていると選択の連続だ。苦しいし辛いことももちろんある。だけど、俺たちは現実を生きてくことを選択した。よりよい未来を描くためにこれからも俺たちは選択を続けていく。
「さぁ、どうしようか」
第一部 完




