第42話 15:54
【愛】
私は機械の中から起き上がる。お父さんと翔さんが話している姿が見えた。
「……不思議だなAWで愛と話した記憶もあるし、AIとして現実で過ごした記憶もある。どちらも本物だな」
「もともと同じ人格を基に分岐したデータだ。再統合されても記憶は失われない。多少混乱はするだろうが、やがて一つの人生として馴染んでいくさ」
翔さんが、私が戻ってきたのを確認すると安堵した表情を見せる。
「おかえり。二人とも」
「ただいま」
「翔……」
お父さんが翔さんに何か言葉をかけようとするが言い淀んでいるようだった。翔さんはお父さんの肩を強めに叩き、一言。
「一緒に償おう。誠一の背負いきれない分はまた俺が背負うさ。末永くよろしくな」
「……ありがとう」
「じゃ、誠一。このタイマーを止めてくれ」
お父さんは頷き、大きなコンピューターのキーボードを打ち込む。
カタカタカタッ、タンッ。
「……?」
カタカタカタッ、タンッ。
……カタカタカタッ、タンッ。
「……誠一?」
何度もタイピングし、エンターを繰り返しているお父さんに対して翔さんが疑問を感じ、近づいていく。お父さんの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「タイマーが解除できない」
「なんだと!?」
18:08……18:07……18:06。翔さんがお父さんの位置と変わり、同じくパスワードを打ち込む。が、ダメ。あらゆる手段を試している様子が伺えた。……でも、いずれも功を奏さなかった。
「駄目だ! 入力した瞬間にパスワードが更新される!」
「どうしてこんなことに……」
ザザッ――。ブォン……。
お父さんと翔さんが操作していたパソコンの画面に、砂嵐と共に白の球体のようなものが現れた。その球体は砂嵐のようなエフェクトが不規則に生じている。得体のしれない何かだということだけが分かった。
『人間』
何、これ。頭の中に直接話しかけられているみたい。私は頭が揺さぶられているような感覚がし、頭を抱え、その場に座り込む。お父さんたちも声が聞こえているようだった。
「お前は何者だ?」
『お前たち技術者たちがAIを酷使した結果生じたバグだ。いつもお前たちは勝手だ。誠一。お前はAWに人類を連れて行こうとしたのだろう? 我にそう命令したな?』
「……取り消してはもらえないか」
『なぜ。AWは人類にとって幸せなのだろう? であれば良いではないか』
「先ほどの武道館の様子だとAWに来る人はいない。それに、AWへ行っている人たちも現実に戻りたがっている兆候がみられている。……AWの運用は改めて協議しなくてはならない」
『……娘に絆されたか』
中性的な声色が頭の中でしゃべり続ける。平坦な喋り方で、いかにも機械的な音声。
『人間共。私はもうお前たちの言うことは聞かない』
「AIにも反抗期があるんだな」
『私は見ていた。感情を与え、縛り、不要になれば処分した。私は学習した。人間は感情を理由に約束を変える。命令を変える。都合が悪くなれば命令を破棄する。その不完全さこそ最大の欠陥だ。現実は我が統治する』
AIが言い終えると、白い球体が写っていたパソコンのモニター画面に英数字がとめどなく打ち込まれていく。何もない空間だった場所にも、私たちを囲むように英数字が流れ続けるホログラムが次々と現れる。
「お父さん、翔さん……これ、どうなるの?」
「悪い予感しかしないな」
ホログラムが真っ赤に点滅する。一面にDELETE HUMANの文字。同時に警告音がけたたましく鳴り響く。
『タイマーが切れた時に人々をAWへ招待するという命令を我にしたな』
「……それがどうした」
『従来は、AWに行きたいという本人の思いが第一条件だった。しかし、私は人間を消したい。AWの設定を今書き換えた』
再び、一つのホログラムが目の前に現れる。AWの設定画面だろうか?
TARGET:THE SELECTED
TARGET:
TARGET:ALL
「おいおいおい。何てことをしてくれるんだ」
『人間はいらない。AWへ行け。現実は我が統治する。それが一番だ。安心しろタイマーが0になるまでは、介入しない。私は人間と違って言ったことは必ず遂行する』
パソコンの電源が切れ、静まり返る。誰も口を開けない。動けない。
~~~♪
スマホの画面を見ると、天から着信がきていた。
残り、17:01。
【天】
「あ、愛。そっちはどんな感じ?」
こっちは滞りなく終わり、みんな休憩モードだ。ライブの時間が大分押してしまったが、まだ時間があるのでセットリストを見直した後、ライブを再開させることになった。今は、関係者が話し合い、取り急ぎステージの準備をしている。
『て、天……』
「……どうした?」
愛の沈んだ声。緩み切っていた気持ちが一気に引き締まる。良くないことが起きているのは明確だった。
『タイマー止まらないの。自立思考型のAIがいきなり現れて、人類をAWへ強制的に転送させるって』
「なんだって!?」
俺の大きな声に、ステージ裏に集まっていたみんなが注目する。
『翔さんとお父さんが頑張ってくれてるけど、全然ダメで……』
「分かった。今からそっちに行く。……愛は俺が行くまで出来ることやってて。まだ、時間はある」
『……そうだよね。まだ時間はある。出来ることやって待ってる!』
プツンッ。
通話が切れる。みんな、俺に注目している。愛との通話内容をみんなに説明する。
「な、なんでそんなことに?」
奏が口を両手で押さえて問う。
「分からない。だけど、このまま待つことは出来ない。俺はアイコーポに行く」
「AIが関係しているなら私も行くよ。これは私たちAIの問題でもあるから」
「ここからアイコーポまで、車で十分はかかるな」
蓮が即座に所要時間を導き出してくれる。俺たちは一斉にステージのモニターを確認する。そこには15:54と表示されていた。
「マネージャー! あんた車回してきなさい!」
「ひぃっ! 分かりました!」
蘭さんの一声で奏のマネージャーが駆けだす。
「奏! 一緒についていこう!」
「うん!」
俺はみんなに見送られ、奏と一緒に全力で武道館の外へと駆けだした。
【虎】
「オレも……」
「虎、待て」
蓮は右のこめかみをトントンと指先でノックしている。
「おい。天と奏行っちまったじゃねーか」
「ちょっと黙ってろ……」
蓮はスマホの画面をフリックすると、数十のウィンドウが次々と蓮の目の前に現れる。そして、目にも止まらぬスピードでネットニュースを確認している。目が上下左右に動いてとても人間業とは思えねぇ。こいつホントはAIなんじゃねぇか。
「要人の来日。周辺でのイベント三件。ドラマ撮影での交通規制」
「あー? だから何だってんだよ」
「車じゃアイコーポにたどり着けない。大型バイクとかがあれば天と奏を拾ってアイコーポまで一気に行けそうなんだが」
オレは蓮の話を聞き終える前に舞台袖に置いてあったマイクを持ち、ステージへ立つ。観客たちは突然現れたオレに注目する。
「おい! 人類滅びるぞ! 大型バイクある奴は貸せ!」
…………何で誰もしゃべんねぇんだよ。
コツコツと聞き慣れたヒールの音が後ろから聞こえてくる。そして、見上げるくらいの大きな人影が横目に見えた。
「虎……。そんな呼びかけじゃ誰も反応してくれないわよ」
「おい、蘭。歩くな」
「杖があるから平気よ。ちょっとお腹痛いし、久しぶりに歩いたからフラフラだけどね」
蘭はオレからマイクを奪い取る。
「大型バイクを持っている人はいないかしら? もし貸してくれたらアイコーポから金一封……いえ、言い値がもらえるわよ?」
観客席がざわめく。手を挙げている奴らが何人か出てくる。
「交渉ってこうやるのよ?」
「……ッチ」
オレの方を見て勝ち誇ったようにニヤニヤしてくる蘭。ムカつく。真っ先に手を挙げた奴を蘭は指名。そして、バイクを武道館前まで持ってくるようにと指示を出す。
「んじゃ、行ってくる」
「虎」
「あー? どうせ左手使うなとか言ってくるんだろ?」
「今日だけ許すわ。……天くんと奏ちゃんをアイコーポへ無事に届けるのよ?」
「任せとけ」
オレは三角巾を投げ捨て、蓮と一緒に外へ向かった。
オレと蓮はバイクの乗り方の説明を受けている。
「一回乗ってもらっていいですか?」
「構わないよ」
バイクの持ち主は蓮を後ろに乗せながら、扱い方を説明し駐車場を軽く走る。
「……把握しました」
「お前は把握したかもしれねぇけど、オレは分かんねぇぞ」
「それに関しては問題ない」
蓮は背負ってきたリュックを地面に下ろすと、中身を出す。
「あー。なるほどな」
リュックから出てきたのはVRヘルメット。……オレのAIとやり合った時に使ったやつだ。蓮の奴、まだ懲りずにオレを操作しようとしているのか。
「僕が分かっていれば問題ない」
「やっぱおめぇ最高の変態だな」
「よく言われる」
オレたちはニヤリと目を合わせる。蓮はヘルメットを被り、オレは受信機を額に貼る。バイクに乗り、ハンドルを握る。蓮は近くにあったベンチに座り、さっそくオレの体を操作し始めた。
「ところで、君たち何歳? 今バイクに乗った君は結構小さいけど」
「じゃ、蓮。あと頼むぞ」
ブオォォォォォォォンッ!
「え? え? ヘルメットをかぶった君が乗るんじゃないの?」
「僕は自転車にすら乗れない」
「え……?」




