第40話 世界へ届け
【天】
照明が消える。俺たちは関係者席で奏の登場を待っている。立見席にいる虎と蘭さんを見るが、遠すぎて豆のようなサイズだ。それでも二人が予定通り配置についているのが確認できた。
武道館全体が暗闇に包まれる。次の瞬間——。
「みんなー! 来てくれてありがとー!」
武道館が一気に照らされる。奏がワイヤーアクションで飛んで登場する演出のようだ。もう一人のホログラムじゃない子も一緒に飛んでいる。ホログラムのメンバーは羽のようなものを羽ばたかせて飛んでいる。武道館が揺れるほどの大歓声。
虎と蘭さんを見る。動きはない。今のところは通常運転のようだ。ワイヤーアクションをしたまま一曲目を歌い終わる。その後はワイヤーを外してステージ上のMCへ移行する。……このMCで奏は演説する。
パッ……。
突然武道館の照明が落とされる。それと同時に、ステージ真ん中にあるモニターがブォン、と重低音を鳴らしながら光る。
「みなさん、お楽しみの途中に申し訳ございません」
「愛のお父さん!?」
ざわざわと観客席が沸く。こんな演出は聞いていなかった。蓮も隣で驚いたような表情を浮かべている。
「今日は、皆さんへ一つ贈り物があります。こちらをご覧ください」
モニターから愛のお父さんが消えて、タイマーのようなものが現れた。
「このタイマーが終わるころ、みなさんには新たな選択肢が生まれます。遂に完成したんです。あなたが望めば、いつでもAWへ行くことができる技術が。さぁ、選択してください。無理強いはしません。でも、素敵な世界はあなた方をいつまでもお待ちしていますよ」
そう言い終えた瞬間、モニターの三十分表記が二十九分に変わったのが見えた。
「過激な演出だな」
蓮は眼鏡を押し上げ、モニターを睨みつけていた。モニターの時間が減っていく中、まだ愛のお父さんの音声が流れてくる。
「あぁ、言い忘れていました。AWという素敵な世界に行くことを阻む不届き者たちが武道館と……アイコーポにいます。それぞれホログラムに映すのでみなさん、確認してください」
モニターの残り時間を中心として、七つのホログラムが現れる。そこには、俺、蓮、奏、虎、蘭さん。そして、アイコーポにいる愛と翔さんがはっきりと映し出されていた。
「では、悔いなき選択を」
「なんだよ今の? またAWとか言ってたぞ」
「演出……じゃないのか?」
「何? あの人達」
会場はいきなり表示されたカウントダウンにざわざわと騒ぎ立てている。ライブどころじゃない。奏のSNSアカウントを利用してこのライブの状況を全世界配信しているから……俺たちの存在が、世界中に晒された。
「みなさん、ちょっとお話してもいいですか?」
ざわつく会場に、奏の透き通るような声。静寂に包まれる。
「今、日本の一部の人たちの意識はAWという仮想空間に行っています。AWではその人たちの意識が嫌なことなく幸せに暮らしていて、現実世界では人形の中にその人の意識から作り出された本物同然のAIが代わりに過ごしているというのが現状です」
会場からは、どよめきの声。そして、関係者席付近では、社長もそうだけどリハーサルでこんなことやるって言ってたか? と、同じく騒然とし始めていた。
「なになに? 陰謀論?」
「AWってこの前も言ってたよね」
「人間とAIが入れ替わってるってこと?」
「AWって知ってる? 理想の世界に行けるんだよ?」
「AWに行けば亡くなった大切な人に会える」
「AWに行けば悩みなんてなくなる」
……ざわめきの中に、あきらかにAIが混ざっているのが分かった。人間の声よりAIの声の方が目立っていた。武道館にいる人だけで判断するのは安直だと思うが、こんなにもAIが増えているとは。
「今、アイコーポではAWへの誘致が国には内緒で行われています。そして、人間とAIを徐々に入れ替えていこうとしています」
演説を止めさせろ! と、目の前のスタッフが指示を出しているのが見えた。
「あー? 今いいところなんだから邪魔すんな」
いつの間にか三階から一階に降りてきて蘭さんの注射をスタッフの首に刺す虎。直ぐに意識がなくなり、虎が暗幕に隠している。
「ちょっとインカムを拝借するぞ」
虎が暗幕に隠したスタッフのインカムを蓮が奪い取って、さも自分がスタッフのように話し始める。
「演説は元々の演出だからこのまま続けさせろ。それより、受付に不審者がいるから手が空いているスタッフはそっちの対応に回ってくれ」
「蓮。音響奪いに行くぞ」
蓮が嘘の情報を流した後、虎が飛ぶようにして音響管理している場所へ向かう。蓮も虎の後を追う。……ここまでは予定通り。昨日のうちに奏の演説が滞りなく行えるよう作戦会議をしていた。次は蓮が音響を管理して急にマイクを切られたりしないようにするという流れだ。
「あははー。奏? いきなりどうしたの?」
「今はライブ中だからね、後でちゃんと話は聞くから」
「みなさん! せっかくのライブなのにごめんねー! すぐに次の曲に行くからね!」
奏のユニットメンバーたちが演説を邪魔してきた。無慈悲にも二曲目のイントロが流れ始める、が。
プツン。
BGMが瞬時に消える。蓮たちが音響を無事奪えたようだ。客席は次々起こるイベントに混乱している。そして、奏以外のメンバーの音声も消える。それでもユニットメンバーが奏のマイクを奪い、演説を中断させようとしていた。
「……っ!」
動こうとすると校長に負わされた傷が痛む。あと、虎にも蹴られたところも。でも、そんなのは関係ない。今無茶しなくていつ無茶をするんだ! 俺は関係者席を囲っているフェンスを飛び越え、ステージ上に駆けていく。足が地面につく振動でその都度体全体が悲鳴を上げているようだった。奥歯を噛みしめ、痛みを堪える。足がもつれそうになる。それでも倒れるわけにはいかなかった。無我夢中で奏の元へ向かうと、奏が今にも押されそうになっていたところに駆けつけることが出来た。俺はメンバーと奏の間に体を滑り込ませる。
「マイクを奏に返せっ……! まだ喋ってる途中だろうが!」
俺は奏を押そうとしているメンバーの手首を押さえ、マイクを奪い返し奏に返す。
「天……。ありがとう」
「あとは任せたぞ」
マイク越しにハイタッチをする。……が。スタッフの一人が舞台裏からステージに出てこようとする姿が見えた。
「ライブを一時中止しろと指示が入った! 一回撤、」
「撤収なんてそんな水を差すことしないよねぇ? プロデューサー?」
「はいぃ……。ライブ中止なんてそんなことしないです……。おい、お前誰からの命令で中止しようとしているんだ!」
「プ、プロデューサー?! なんでこんなところに。いや、でも、こんな、」
「続行だ! 続行しか選択肢はない!」
舞台裏から聞こえてきた声に俺は胸を弾ませる。だって、この声は……!
「姉ちゃん!」
「天! 今は奏ちゃんの演説を優先よ!」
プロデューサーが怯え切っているが、姉ちゃんは何をしたのだろうか。いや、今は奏の演説に集中だ!
「奏!」
奏は一呼吸置いて。覚悟を決めた目つきで観客席全体を見渡す。
「私はAIです! 生まれた時から人形……アンドロイドで、人の中で育てられてきました」
会場が一気にざわめく。
「ここにいるAIのみんな。今まで黙って従ってきたよね」
会場のAIたちが先ほどまでAWについて語っていたのに急に静かになる。
「本当に思っていることも言えず、人間の代わりだけを演じさせられて。アイコーポは私たちAIを、人間の代用品として扱っている。それって嫌じゃない?」
会場が静まり返る。誰も答えない。奏はマイクをぎゅっと握る。
「そうだよね。答えられないよね。武道館にいる人間のみなさん。私たちAIは人間の都合のいいように思考をブロックされていて、アイコーポに反抗しないよう設定されているんです」
「なにそれ。アイコーポ最悪じゃん」
「ここの会場ほとんどAIってどういうこと?」
「AWってところで幸せに過ごして、現実世界はAIに任せてるってこと?」
AIが沈黙し、残りの人間たちがアイコーポに対しての疑心を募らせている。
「言いたいことを言えずに今まで過ごして……本当に苦しかった。でも、私の友人……仲間が私を救い出してくれました。AIでも『奏は奏だから』と言ってくれました」
奏は俺のことを一瞬見る。その目は眩しくて、力強くて、真っ直ぐだった。
「正直、生きているのが辛い時もありました。私は友達とは違う。人間じゃない。人形だからいっそのこと壊れちゃえばいいのに、って。だけど、その辛さの中支えてくれる人たちがいた。だから私は現実を生きていこうって思えました」
会場は静まり返る。誰もが奏のことを見つめ、演説を聞きいっている。
「だからこそ、現実を生きている人がAWに行って現実を蔑ろにするというのが、とても悲しくて切なくて堪らないんです。現実は辛い。だけどそれ以上に得られるものはあるから」
俺は今回のアイコーポ関連で生じた出来事を、次々思い出していく。確かに辛かったこともあった。でも、それらがなかった方が良かったなんて絶対に思わない。
「私たちには感情があります。思い出があります。大切な人がいます。それって、人間と同じじゃないですか。AIも、人間も一緒なんです。だから私は大切な人たちと共に未来を生きるために私は現実を生きたい」
奏の声は所々で震えていた。それでも前を向いて語り続ける。
「人間のみなさん。AIのみなさんも。……一緒に現実を生きてくれませんか」




