第36話 帰る場所
※挿絵あります。AI生成ではありませんが苦手な方はお手数ですが挿絵OFFを設定したうえでご閲覧ください。
【天】
虎AIは、蓮が操作している虎の動きを学習し今はもう余裕の表情で虎の猛攻を避け続けている。遊んでいる、と言う表現がぴったりだ。攻撃もせずに避けるだけ。虎の顔がどんどん険しくなっていく。汗が滴り落ち、動くたびに汗が宙を舞う。
「あー? 苦しそうだなぁ?」
「……うる、せぇ」
床に落ちている、弾かれた無数のメスの一部を拾い上げ、虎は虎AIに投げつける。軽々と避ける虎AI。笑いながら虎との距離を一気に縮める。
「お前じゃねぇ誰かの咳込みがさっきから聞こえるんだよなぁ。お仲間は限界近いんじゃねぇか?」
虎AIが虎の耳元でぼそりと呟くと、虎の動きが急に止まったのが見えた。
『虎……すまない』
「蓮、おい」
「隙、見つけたぜぇ?」
虎AIは虎の頭を鷲掴みにし、そのまま虎を床に叩きつけた。廃墟中に、頭蓋骨が床へ叩きつけられる鈍い音が響く。そのまま、虎は床に伏し静かになってしまった。
「やっぱり生身の人間じゃこの程度だよなぁ」
虎AIは虎を一瞥し、俺たちの方へゆっくりと歩みを進めてくる。さっきまでの機敏な動きはない。もう全て終わったとでも言いたげに、ゆっくりと歩み寄ってくる。俺は奏と蘭さんを守るように立ち塞がる。
「オレの記憶の断片では、おめぇはこういう時震えて情けねぇ姿になるはずなんだけど」
「虎は俺に信じろと言った。だから平気なんだ」
「見てなかったのかよ。アイツならあそこでのびてるぜ」
ゆらり…………。
血が、床へ滴る音と共に、黒い影が見えた。
【虎】
(頭、ぼーっとする。あー。これ血か。思ったよりたくさん出てるな)
手の平全部が赤くなってやがる。ぬるりとした感触が気色悪い。脳が揺れている。振り子みたいに視界が揺れる。ぐわんぐわんとした夢みてぇな感覚の中で、あいつらのことが気になった。
(蘭も天も奏も、なんつー顔してんだ)
だらだらと流れ続ける血のせいで視界が赤く染まる。痛みはねぇ。だけど、血が出過ぎて力が出ねぇ。オレがこんな有様だからあいつらあんな顔してんのか。
(オレのこと信じろって……言ってんだろうがよ)
迷いは、なかった。右手に持っていた注射器を——、思い切り首へ突き刺した。
ドクンッ。
心臓が強く脈打った。そして腹からこみ上げてくる。
「うっ、おえぇえっっっ!!」
胃液をぶちまける。吐いたと同時に全身の血の巡りが速くなったのが分かった。心臓の鼓動が力強く、まるで地響きのように脈打っているのが分かる。呼吸が、体温が、筋肉が、血液が。全て滾っていく。全身の神経細胞が研ぎ澄まされていく。体中が熱い、火みてぇに燃えてる。ぼぅぼぅと? 赤い? 赤い? 脳みそどろどろ。らん、てん、かなで、あい、れん、しょう、だれ、だ? むかつく、むかつく、むかつく。 殺殺殺殺殺殺殺殺。 は、は、はは、はははははははははぁあああぁあっっっ。あ。…………めんど、くせぇ。ぜんいん。
——殺してやる。
【天】
「虎……!」
虎が嘔吐したかと思えば、前屈みになったまま動かなくなってしまった。あの注射を使ってしまった……。
「天くん! 奏ちゃん! 離れるわよ!」
蘭さんが言い終わると同時に、虎が虎AIに飛びかかっていた。虎AIは即座に反応し、虎を迎撃しようとする。
「死に損ないが!!」
「も、ら、いま、しょうね」
虎は攻撃を避けるとともに、虎AIの右腕に抱き着くと体をプロペラの様に回転させ右腕を捻り取る。線が切れる音、金属が折れる音、電気が迸る音。不協和音が廃墟に響く。
「い、らな、い。いら、い、らないい? いい」
「……っ!!」
虎は虎AIの蹴りを左手でガードするも、ミシミシと骨が軋むような音が聞こえてきた。だけど虎はお構いなしに両手を使って虎AIの片足をまるで土に埋まった野菜を引っこ抜くかのように、ブチブチと引っこ抜く。虎AIは片腕と片足をなくし、その場に倒れ込む。
「あ、あ、あああああ、あ? 殺? 場所、とられ、る、殺さ、ないと」
メスを高々と振り上げる虎。どこを見ているのか分からない。ただ分かるのは虎AIが壊れるまでこの一方的な暴力が続くということだ。奏が虎の元へ走って行くのを俺は横目で確認する。
「虎……! ダメだよ!」
奏は虎を抱きしめる。振りかざしたメスが奏の右肩あたりにメキメキと音を立てながら深々と突き刺さったのが見えた。
「のこさ、ず、たべ、ましょ、うね?」
次の瞬間、奏の左肩に牙を立て金属が軋む音が響く。それでも、奏は虎を抱きしめたまま離れなかった。そんな奏と虎をただ黙って見ている……訳ないだろ。すでに俺は虎の後ろに立ってる! 虎の首元に注射器を突き立てようとするも、空を切る。虎の奴、こっちを見ないで避けた!
「痛っ……!」
虎は奏に抱き着いたまま俺の肋骨辺りに後ろ蹴りを食らわせてくる。けど、奏が抱き着いてくれているお陰で威力はさほどでもない!
「虎……!! 目え醒ませ!!」
俺は再度、虎の首元に思い切り注射針を突き立てた。
獣のような荒い息遣いが、すぐに収まっていく。そして、奏の方へ虎は体を預けるようにして倒れた。……静かな寝息が聞こえてくる。虎AIのもぎ取られた部分から電流が漏れ出る音だけ、廃墟に響きわたる。
「奏……! 無事か?!」
「肩が上がらない……でも大丈夫」
奏は満身創痍の虎をそっと抱き抱え、自分の上着を脱ぎそれを枕がわりにして虎を寝かせる。
「虎、頑張ったね」
「ほんとにな……」
奏は持っていたハンカチで虎の頭の血を拭ってあげていた。蘭さんは車いすを漕ぎ、虎AIの元へ近づいていった。
「虎……」
「偽物のオレなんかどうでもいいだろ」
「偽物なんかじゃない。あなたも虎よ」
「オレには何もねぇ。戦いにも負けた」
蘭さんは車椅子から降り、虎AIを抱きしめる。
「お疲れ様。いっぱい頑張って疲れたでしょう? ご飯でも食べに来なさいな」
虎AIは静かに蘭さんに抱きしめられたまま遠い目をしていた。校長さえいなければ、こんな悲しい戦いなんてなかったのに……。俺も虎AIの元へ歩みを進めようとした。
その瞬間——。
ドォンッッッ!!
ちょうど俺たちがいる頭上で大きな爆発音が聞こえた。バラバラと石片が落ちてくる。見上げると天井が崩落する寸前だ。俺は咄嗟に奏の手を引く。
「虎が!」
天井がスローモーションで落ちてくる。その下には虎がいる。ダメだ! せっかくみんな生きてるのに! 虎、虎、虎!! 手を伸ばす。でも、間に合わないのは明らかだった。
「情けねー顔」
俺の視界の横から黒い影が現れる。 そして その影は虎を投げてよこした。俺は虎をしっかり抱きかかえ受け取る。
「オレはもうこの地獄はこりごりだ。だから譲ってやるよ」
瓦礫が落ちてくる直前、満足気な表情をし、金色の瞳に光が灯っていた。
「虎…………! 虎あああああああああ!!」
俺の叫びは瓦礫の音にかき消される。あっという間に俺たちが立っていた場所は瓦礫にまみれてしまった。
瓦礫が全て落ち終わり、辺りには土埃が充満していた。誰が見ても、そこにいた虎AIがどうなったか想像するに容易かった。蘭さんがその場から動かず、いや、動けないのだろう。呆然と瓦礫を見つめている。
「と……ら」
紫色の唇から吐息のような声が漏れ出る。
「こんなのって……」
奏が両目に一杯涙をためていた。俺は抱きかかえた虎の寝顔を、奥歯を噛みしめながらただじっと見つめていた。
【虎】
「ん……」
もう一人のオレは? そうだ。あの時アイツが、オレを投げて……生きてるわけ、ねぇか。
見慣れた、天井。……オレ、どうなった。足、動く。手、左腕固定されてる。ヒビ入ったか、折れたか。頭……包帯巻いてる。結論、生きてる。
右手を動かすと、物にあたる感触があった。その感触の主を見る。天が椅子に座って俺のベッドにもたれかかっている。寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。
オレは天を起こさないようにして、忍び足でみんなの様子を確認しに行く。まだ外は暗い。時計の秒針しか聞こえない静かな空間。音を出さないように、個室の扉を開けて安否確認する。
蓮と翔。生きてる。蓮は……やっぱり鼻血出してたんだな。鼻つっぺしながら寝ている。なんか、この部屋湿布くせぇな……。
愛と奏。生きてる。……奏になんか酷いことしたような気がするけど、ぱっと見、様子変わりない。……朝になったら確認するか。
蘭。生きてる。……枕元にハンカチが置いてある。びしょびしょだ……。
オレは自分の部屋に戻り、全身の力が抜けへたり込む。みんな、生きてた……。顔がぐにゃぐにゃになる。なんだこの気持ち。
うぅん、という呻き声が聞こえる。天が寝違えそうな姿勢で寝ていた。
「世話かかる奴だな」
オレは天を持ち上げ、俺のベッドに寝かしつけた。まだ朝じゃねぇし、もう一眠りするか。
【天】
ふかふかのマットに寝ている感覚が心地よい。……あれ、俺昨日ベッドで寝てたっけ。目を覚ますと横に虎が寝ていた。……俺のこと寝かせてくれたのか。随分と可愛いことをしてくれるなと、温かい気持ちでいっぱいになって、つい虎の頭を撫でた。……が。撫でていたはずの頭が急に消える。
「え」
瞬間、首に強い圧迫感。そして頭を強く打ちつける振動。
「あー? おめぇ普通に起こせって何回も言ってんだろ」
朝からドタバタを音を立てるもんだから、みんなが慌てて虎の部屋に集合する。
「虎! 目覚めたのね! 聞いてよ。虎に戦い方を教わったから私、滅茶苦茶かっこよく決められたんだから!」
「虎。目覚めて良かった。血だらけだったから心配してたんだよ」
「虎。すまん。理論上は勝てていたんだ」
「虎。ウイルス効かなくてすまんかった」
「むうーっ! んんっーー!」
「おめぇら落ち着け」
「虎……」
虎の握力が弱まり、ようやく俺は解放される。蘭さんが虎を抱きしめる。
「おかえり」
「……ただいま」
虎のその一言を聞いて、ようやく本当に終わったのだと思えた。
イラストに関して:あまりにも痛々しくなったので流血表現なしでお送りしました。




