第34話 蜘蛛の檻
※挿絵あります。AI生成ではありませんが苦手な方はお手数ですが挿絵OFFを設定したうえでご閲覧ください。
【愛】
「翔さん、嵐山はこんなところにいるの?」
いくつもの工場の跡地を私と翔さんは警戒しながら進んでいく。翔さんはノートパソコンを持ちながら、真剣な眼差しで嵐山の反応を辿っている。
「随分、天たちと分け隔てられてしまったな」
草木が多くなってきて、歩きにくくなってきた。私は持っている懐中電灯で辺りを照らす。工場群から離れて、人工物はほとんど姿を消した。見えるのは木々と草むらだけ。懐中電灯の光さえ飲み込まれそうな真っ暗闇。懐中電灯に寄って来る羽虫が手や顔に張り付いてきて気持ちが悪い。叫びたい気持ちをぐっとこらえて、翔さんの後を追う。
ガサガサッ!
「ひゃあああ!」
草むらの中から狐が飛び出し、私たちの目の前を横切っていく。思い切り尻餅をついた私を見て翔さんは含み笑いをしていた。
「愛ちゃん、大丈夫か?」
「翔さん……。もおおおおお……。怖いよお」
「ここら辺にいるはずなんだが。電波があちこちに移動するんだよな」
翔さんのノートパソコンを見ると、確かに嵐山と思われる電波が常に移動している様子が伺えた。……どういうことなんだろう?
「……嫌な予感がする」
翔さんは大きな木を背にして私を庇うように手で制する。後ろの方の草むらから音がする。懐中電灯を向けると、黒い影が草むらから草むらへ移動するのが見えた。
ガサガサガサガサ。
また黒い影。素早くて懐中電灯で追えない。上下左右、懐中電灯であらゆるところを照らすも、影に置き去りにされてしまう。
パチパチパチ。
すると。どこからともなく拍手が響く。
「こっちよー!」
上から声が……? 懐中電灯を勢いよく向け声の主を確認する。
「ひっ……!」
「嵐山……お前、なんてことを」
そこには胸から上は嵐山で下半身は蜘蛛の姿をした異形の物が存在していた。足が常に蠢いていて本物の蜘蛛のように見えて気色が悪い。
「ばぁっ……。ギリシャ神話でアラクネっていたわよねー。まさしくそれでしょ?! 芸術的よね!」
手足を広げ空を仰ぎ、高笑いをしている。下半身の部分はおそらく、機械で出来ているのだろう。生き物のような自然な動きではなく、六本の足はカクついた動きをしている。
「あとは、あんたたちをいかに残酷に殺してあげようかなと思いまして」
急に冷たい目線を私たちに向けてくる。背筋にぞわっと悪寒が走り恐怖が蔓延る。そんな私の様子を見て、翔さんが大丈夫だと言ってくれているかのように私の肩をぎゅっと掴んでくれる。
「……それで、どう殺すつもりなんだ?」
「うふふ。よくぞ聞いてくれました」
嵐山が指をパチンと鳴らすと、嵐山を中心として網状のドーム型の檻が生成されていく。
「これで、もう逃げられませんー。あとはー。蜘蛛の子を散らしてみる?」
嵐山の背中辺りから、もぞもぞと蠢いている無数の何かが嵐山の体を伝って下に降りてくるのが見える。私は震える手でその黒い影たちに光を当てる。
「い、い、いやああああ!」
懐中電灯を落とし、翔さんにしがみつく。小さい蜘蛛だ。小さい蜘蛛がわさわさと無限に出てきている。カサカサと音を立てながら私と翔さんの元へ迫ってきている。全身に鳥肌が立って止まらない。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
「その子たちには特別な毒が仕込んであってねぇー。嚙まれたら、噛まれた場所からドロドロに溶けて。最後には溶けたチョコレートみたいになっちゃうの。素敵でしょ?」
「や、嫌! 嫌、嫌、嫌! もう、やだああああ!」
「愛ちゃん、落ち着け」
涙を流して、半狂乱になっている私に対して優しくて落ち着いた大好きな声が届く。
「所詮機械だ」
翔さんは小さな蜘蛛の大群に臆することなく、目にも止まらぬ速さでノートパソコンのキーを叩く。
ギュイイイイイイインッ!!!
小さな蜘蛛も網状のドーム型の檻も全て消し飛ぶ音の波動。翔さんのセピア色の髪の毛がたなびいている。私は呆気にとられ、翔さんに抱き着いたまま横顔を見上げていた。
「虫型AIの周波数を逆位相で潰した。ドームも然りだな」
「翔。いつもあなたは私の邪魔をするのね」
「当たり前だ。俺はAIを……自分の技術を世界がより良くするために磨いてきたんだ。それをお前は私利私欲に使い、誠一までも誑かした」
翔さんは冷たい目線を嵐山へ送る。そして、不敵な笑み。鼻で笑う。
「今のお前の姿、鏡で見たか? 滑稽だぞ。世の中の醜いものを全部詰め込んだ感じだ。外見も、中身も……な。そんなだからお前はいつも誰にも相手されないんだろうな」
「ああ?」
嵐山の腕が振るえ、肩が震え、ついには全身が震えだす。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
地面の底から湧き出てくるような怒声が森の中に響き渡り、野生動物たちが逃げ出していく音が聞こえる。あまりの咆哮に私も一歩たじろぐ。嵐山がぐりんっとこちらを見る。卑しい目つきでニヤリと笑い、口をパァッと開ける。白い物が私に向かって一直線に飛ぶ。
「……っ! 愛ちゃん!」
翔さんがドンッと私の肩を押す。体勢を崩し、地面に肺が押しつぶされうめき声が出る。
「愛ちゃん、逃げろ!」
「でもっ!」
翔さんの右腕は手綱のような蜘蛛の糸がべたりとつき、嵐山の方へ引っ張られていた。嵐山は醜悪な笑顔を浮かべながら私の方を見て、手の平を見せつけてくる。
「愛っ! 言うこと聞けっ!!」
「翔さんっ…………」
私は地面を蹴り上げる。その瞬間、私が元居た地面に嵐山の蜘蛛の糸が引っ付いているのが見えた。後ろを見ると翔さんが目じりに皺を作って笑っている。
私は向き直り、真っ直ぐに。真っ直ぐに。愚直に走り続けた。




