第33話 信頼
【天】
真夜中。冷たい夜風が体に染みる。俺たちの目の前には大きな廃墟。元々は工場だったようだ。使われなくなった機材に草木が巻き付き時の経過を感じさせられた。
「じゃあ、俺と愛ちゃんは校長を探してくる」
「気を付けて行ってきてください」
「あと、虎。これを突き刺せば自動的にウイルス感染させられる。俺のとっておきだ」
「……さんきゅ」
「無茶は……するんだろうな。……死ぬな。それだけでいい」
翔さんは虎の頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でまわす。虎が限界まで吊り目を吊り上げ、大きな声で抵抗した。
「だあああ。ガキじゃねぇんだから!」
「お前ら全員ガキだろ。……ガキにいろんなもの背負わして情けない大人だとも思ってる」
翔さんは目を細めながら穏やかな口調で話す。そして、俺たち一人一人と目を合わす。
「俺一人でどうにかなる問題だと思っていたが、そうでもなかったらしい。情けない大人だが、自分の限界は理解しているつもりだ。恥を忍んでお願いする。頼んだぞ」
「……任せとけ」
翔さんがノートパソコンを開き、校長の反応を確認している。
「……? ふむ。最近はノートパソコンの調子が悪いようだ」
翔さんが何度かパソコンのキーを叩きパソコンの動作を確認している。不調は一時的なものだったようで、愛と翔さんは校長の反応を追って闇の中へ消えていった。蓮は車内でVRのヘルメットを被りイメージトレーニングをしているようだ。俺、奏、虎、蘭さんは廃墟へと足を踏み入れた。足音が妙に響く。
「またここに来るとは思わなかったわ」
「あん時、冬じゃなくてよかったな」
「そうね、暖かかったから何とかなったわね」
蘭さんが虎におぶってもらいながら移動している。俺は蘭さんの車いすを持つ。
「虎、力持ちだね」
「蘭は身長のわりにスカスカなんだよ」
「なあに? ムキムキのオネェなんて威圧的過ぎてよろしくないでしょう?」
虎と蘭さんのいつものやり取りだけど、どことなく緊張感が見え隠れしている。
コツ……コツ……コツ……コツ……。
三人の歩く音だけが響く。虎AIはこの上に本当にいるのだろうか。みんなの足取りがいつもより重い。目的地に近づくにつれて足音の間隔が長くなっていく。
コツ…………コツ……………。
「天はオレが負けると思うか?」
突然。虎が声を出す。俺も奏もピタリと立ち止まる。振り向いた虎の顔はどことなく不安の色を感じさせられる表情だった。
「虎は勝つ」
「……何でそう思う?」
「だって虎だから」
虎は俺の顔を見て、一瞬、目を点にする。すぐに顔をクシャっとさせ、八重歯を見せながら大笑いする。
「んだよそれ。理由になってねぇー……」
「虎は何度も俺たちのこと助けてくれた。だから大丈夫」
「天」
虎の良く通る声が、俺の名前を呼ぶ。
「オレを信じてくれ。お前にはいざとなったらオレを止める役目があるんだから、絶対割って入ってくんなよ」
「……言われなくても」
虎は小さく笑い、そのまま歩き出した。
黒い影が、静かに佇んでいた。金色の瞳が射貫くように見てくる。
「お仲間も連れてきたのか。いい身分だな」
「あー? オレがついてくんなっつっても勝手についてくんだよ」
「おめぇが負けて自分たちが八つ裂きにされるのが怖くて心配だからついてきたんだな」
虎は蘭さんを車いすに乗せ、肩を回しながら虎AIへゆっくりと近づいていく。虎AIも同様に歩みを進める。
二メートル。お互いの距離がそこまで近づいたと同時に立ち止まる。全てが同じ二人。まだ数秒しか睨み合っていないのに、空気がズンと重くなり、俺は冷や汗が一筋流れる。
その汗が……床に零れ落ちた瞬間——。
同時に放った三本のメスが、虎同士の間で高い金属音を響かせながら宙を舞う。右手同士が交差し、二人の中心に綺麗なクロスが描かれる。お互いに紙一重で避けると今度は左手で、伸び切った右腕を掴み合いそのまま互いを薙ぎ払う。
「真似すんな。気持ちわりぃ」
二人は同時に後方へ跳び、距離を取る。——動きまで、まるで鏡写しだった。
「……すごい動きだね。速すぎて目で追えない」
奏が口を両手で押さえて固唾をのんでいる。蘭さんは……口元に少しだけ力が入っているように見えた。風を切るような鋭い蹴りが虎の顔に飛んでいく。虎は片手であしらいながら最小限の動きで避ける。虎AIは複数本のメスを空中へ放り、回し蹴りを放つ。虎は紙一重でそれをいなす。その隙に、虎AIは滞空していたメスを一本、二本と掴み取り、立て続けに投げ放つ。虎は即座に両手にメスを持ち弾き飛ばす。虎AIは床に落ちかけたメスを拾い上げ、そのまま滑空するように床を這い、腱を薙ごうとする。——が。床を蹴飛ばし避け、カウンターで蹴りを入れる虎。
「っへ……。大した事ねぇな」
「あー? オレがお前に負けるわけねぇだろ」
ぎゅんっ!
エンジン音のような音が聞こえ、虎が後方へ吹っ飛ぶ。滞空を終え、足で床を削るようにして堪える。
「……ッチ。バケモンが」
虎の口から、たらりと血が伝う。虎AIに向けて睨みを利かせながら拭う。
「天……虎が……!」
「いや、大丈夫」
——まだだ。蓮が、まだ動いていない。
「おい! 蓮! まだか!!」
虎が叫ぶと同時に虎AIが虎の懐に入る。奏は目を両手で覆う。
『——勝ち筋が見えた』
虎AIのメスを持った手が空を突き刺す。しかし、その先に虎はいなかった。虎は虎AIの後ろにいるのだから、いるはずがない! ポーチから太い針のようなものを取り出し、虎AIの首元へ思い切り突き刺す!
「があっ……!」
虎AIは振り払うような動作をするが、虎は軽々と避ける。
「操られてるみたいで気持ちわりぃ」
『決まった』
突き刺したのは、翔さんからもらった対AI用のウイルスだろう。虎AIは首元をおさえて苦しそうに藻掻いている。口から涎をたらし、千鳥足になっている様子はなんだか居た堪れない気持ちになった。虎AIはピタッと止まる。次の瞬間、人形の関節が軋むようにカクカクと顔を上げる。
「こんな時代遅れのウイルス、オレに効くはずねぇだろ」
突き刺した針を抜き、真横に投げ捨てる。カランカランと響く音は俺たちの絶望をさらに助長させた。
「あー? おっさんのウイルスノーダメージかよ」
『……僕たちでどうにかするしかない』
「だな」
メスを両手に構える虎。不敵の笑みを浮かべながら虎に歩み寄る虎AI。軽口をたたいている虎だけど、軽く咳払いをした後、俺たちに見えないように血を吐き捨てたのが見えた。




