第32話 役割
【天】
一通りVRの試運転が終わった。男組も作戦会議に参加する。
「ということで、虎の戦闘パターンを蓮に覚えてもらって、虎AIとやり合う時には蓮が虎の体を操作する」
翔さんが煙草を吸いながらみんなに説明している。蓮が腕組みをしながら自信満々な様子だ。
「これで勝率は四十パーセント前後だ」
まだ決して高いとは言えない勝率。もう少しどうにかならないものだろうか。みんなも俺と同じこと考えているようで眉間にしわを寄せていた。
「……蘭。あの薬だ」
「だめに決まっているでしょ」
「薬ってなんですか?」
蘭さんがため息をつき、頭を抱えながら困ったような表情をしている。
「所謂ドーピングよ。瞬間的に身体能力を上げる危ない薬」
「今回だけ。ホントの最後だ」
「あなたが傷つくところ、もう見たくないのよ」
「心配すんな。なんかあったら天が止めてくれる」
「止める……?」
蘭さんが再び深いため息をつく。長い睫毛から見えるアメジスト色の瞳が揺れる。虎はその様子を見て静かに微笑んだ。
「オレがやられたらみんな八つ裂きにされんだろ? そんなのオレ嫌だ」
「……もう。死ぬんじゃないわよ」
薬品庫から、おそらく話に上がっていた薬だと思われるアンプルを出し、注射器に薬液を吸い出している。見た目からして危険な薬だと一目で分かる。毒々しい液体が、ゆっくりと注射筒に満たされていった。
「使わない前提で動きなさいよ」
「分かってる」
「天くん。この薬剤はね。人間の闘争本能を極限にまで高める薬。……使用すると虎は見境がなくなるわ。敵も、味方も分からなくなる。目の前にいるもの全てを殲滅するまで止まらなくなるわ」
「……! それなら使って勝てたとしても危ないんじゃ」
「だから、これと反対の効果がある薬を天くんに持たせるわ」
「暴走状態の虎に打てるんですか……?」
暴走していなくても蓮や翔さん、愛までも赤子同然にあしらう虎だ。そんな虎が暴走した場合、俺だけでは止めることが出来ないだろう。
「私が虎を止めるよ」
「奏……?」
奏が真剣な表情で名乗り出る。
「……私の体はみんなよりは頑丈だから。私が虎を止めている間に天が注射を打ってあげて」
「でも……」
「天。お願い。みんなが私を助けてくれたように、私も助けたいの」
「……分かった。正直、奏にしかできないことだもんな」
危ないからやめろ、と言いたかった。だけど、奏の力強い目つきと覚悟を決めた様子を見てその言葉を飲み込む。
「僕は車内待機だな。虎が戦闘に入るまでの間イメージトレーニングでもしておく」
「また鼻血出して倒れないよな?」
「箱ティッシュ持っていく」
「出す前提なんだ……。無理すんなよ」
蓮が目を瞑って集中している。早速イメージトレーニングをしているようだ。
「私と翔さんで嵐山の居場所を探そう。きっとその廃墟の近くに潜伏して何か仕掛けるつもりだろうし」
「そうだな。微弱な電波を出しているだろうからそれを見つければ処理できるかもしれん」
狡猾な校長のことだ。児童養護施設の研究所の時みたいに姑息な罠を仕掛けている可能性が大いにある。もし、愛や翔さんに何かがあったら……。俺の不安げな表情に気づいた愛が、足早に俺の目の前に近づいてくる。
「私としては、天がちゃんと虎のこと止められるかの方が心配だけど?」
「何とかするって」
「私も何とかする。大丈夫。翔さんもいる」
「油断せずに行く。嵐山のことは任せろ」
翔さんが俺と愛の方を見て、親指を立てている。
「虎。私もついていくからね」
「あー? 蘭。おめぇはまだ動かねぇ方がいいだろ」
「……あの子も虎よ。放っておけないわ」
「……ッチ」
虎が観念したかのようにそっぽを向く。蘭さんは表情にこそ出さないが、二人の虎が対立しあっている今の状況。虎AIが酷い仕打ちを受けていることを考えると気が気じゃないんだと思う。
「蓮。これで勝率はどれくらい?」
「五分五分と言ったところじゃないか?」
「上等だ」
虎がニヤリと笑い、クルクルと回していたメスを握り、ポーチの中へしまう。蓮が何やら愛に耳打ちをしている。愛は虎を見つめ次第にニヤニヤとしだす。その気味の悪い目線に気づいた虎が威嚇するように蓮と愛を睨みつけている。
「んだよテメェら」
「虎、僕はVRの調子をもっとつかみたいし、実際に虎が戦闘時にどういう動きをするのか記憶しておきたい」
「ふふふ。蓮が私の体を操作して、虎に勝つということよ!」
愛は拳を高々と掲げている。それを見て虎は冷たい目線を送り、長くため息。
「……さっきは準備運動にすらならなかったからな。受けて立とうじゃねぇか」
三人は再び空地へ向かっていった。蓮がいつもよりウキウキとしていたのは見間違えではないだろう。
「そういえば蘭さん。虎AIが廃墟って言ってましたけど、どこの廃墟なんですか?」
「私と虎がアイコーポから逃げ出した時に、避難場所として数日居たところね。郊外にあるの。懐かしいわね」
蘭さんは目を細め、優しく微笑んでいる。
「天くんたちと出会って数日しか経っていないけど虎、変わったわ」
車いすをゆっくりと漕ぎ、俺に近づく蘭さん。深々と頭を下げている。
「……虎に何かあったらよろしく頼むわね」
「……任せてください。もう二度と、誰も失いたくないんです」
蘭さんが片手を差し出し握手を求める。俺は蘭さんの手を力強く握る。
ここにいるみんなが、誰も欠けることなく決着をつける。俺は両手で顔を叩き、深呼吸をする。
絶対にみんなで生きて帰る。




