第31話 勝利の閃き
【天】
「勝てねぇ」
虎が堂々と言う。タイムリミットはあと十三時間。
「あのオレ、機械の体だろ。身体能力がシンプルにオレの倍以上だ」
「いや、でも何とか勝てる方法を考えないと」
「オレ一人じゃ勝てねぇってことだ。天ならこの状況どうする?」
虎がメスをくるくる回しながら俺の方を見てくる。俺はみんなを一人一人見る。
「翔さん。AIを無力化する電磁波みたいなのを奏に使ってましたよね。それを虎AIに使うことって出来ますか」
「出来なくはないが、あれは密室だから出来た芸当だ。だから、AIを無力化するウイルスみたいなのを作ってそれを直接ぶち込むって言うのが出来たら勝機はあるんじゃないか。でも……な」
虎が言うように、身体能力が倍以上なら避けられて終わりだろう。昨日のメスの様に弾かれたり、ウイルス自体を物理的に破壊されたりって言うのも考えられる。
「蓮ならどう考える?」
蓮はこめかみをトントンとノックする。
「今のところの勝率は小数点以下だ。虎の動きが今よりさらに洗練されること。虎の攻撃パターンを把握すること。虎AIが何らかの拍子に隙が出来ること。以上の三点が解決できれば勝率三十パーセント程だな」
「それでも低いな……」
虎がソファから勢い良く立ち上がり、ストレッチを始めている。
「オレの動きが洗練されることっつーなら、お前らちょっと手伝え」
蘭さんのクリニックの近くにある空き地にみんなで移動した。何が始まるんだろうか。
「天は怪我してるから勘弁してやる。蓮。ちょっとオレに向かって殴りかかってこい」
「は……?」
蓮は珍しく動揺している。
「おめぇが言ったんだろ。動きを洗練させろって」
「言った。言ってしまった」
「じゃあ、オレの相手よろしくな」
「ふっ……。勝ち筋は見えている」
まさかの勝利宣言をする蓮。まさかの組み合わせで戦いの火ぶたが落とされようとしている。蓮が虎に勝つなんて出来るのか?
「そんじゃ、いくぜぇ?」
虎が、床を蹴り上げる。と、同時に。
ドオンッ!
「なんでだよ」
思い切り地面に倒れ込む蓮。虎と同じ感想だよ。なんでだよ。
「……いつもそうだ。頭の中では出来ているのに体が追い付かない」
「まずは、立とうな。なんかごめんな」
「ありがとう」
第二戦目は翔さん。
「虎。俺は非戦闘員だし、職業プログラマーだ」
「知ってる」
「四捨五入したら四十歳だ」
「おっさんじゃねーか」
翔さんはいつも余裕そうにしている。けど、こういう荒事はどうなんだろう。
「愛……翔さんってこういう喧嘩とかって強いのか?」
「うーん……。どうだろう」
独特の構えをする翔さん。……酔拳?
「んだよその弱そうな構え」
「映画で見た。弱そうとか言うな」
「はい、じゃあ見合って見合ってー。勝負開始!」
奏がノリノリで審判やってる……。
「そらっ!」
翔さんは大ぶりの動作を三回ほど繰り返したのち、苦しそうな吐息が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと待て……。肺が、つぶれる」
「あー? まだ二分も経ってねぇぞ」
第三戦目は愛。
「あー? 愛、おめぇ戦えるのかよ」
「下水道の時は油断しただけ! ちゃんとした場だったら負けないんだから!」
愛が虎と向き合い火花を散らしている。愛が構えは、なんだか本格的だ。素人目から見ても隙がないような印象。奏が俺の横に来て耳打ちをしてくる。
「天。愛ちゃんって強いの?」
「いやー……。猪突猛進だからなぁ……強くはないような……」
「愛ちゃん実は強いんだぞ」
「え……?」
「見合って見合ってー! 勝負開始っ!」
虎が愛に突っ込んでいく。それを見て愛は虎の腕を捌くように受け流す。
「へぇ! 今までで一番歯ごたえがありそうだな」
「お褒めの言葉ありがとう! 護身術は叩きこまれてるの!」
愛は虎の懐に潜り込んで、虎の片腕を軸にして思い切り投げ飛ばす。……一本背負いだ。
「愛。やっぱりおめぇは動きが単調なんだよな」
虎は両足で地面を踏みしめ、愛の片腕を引っ張り、あり得ない体勢から一本背負い返しをする。ドオンッと、鈍い音が響き渡った。
「痛っ! そんなのあり?!」
「型にはまってちゃオレには勝てねぇぞ」
「理論上は勝ててたんですけどね」
「その理論が破綻してたから負けたんだろ」
「僕に虎みたいなフィジカルがあれば……」
蓮と翔さんが建物に体を預けながらコソコソと話をしていた。翔さんは虎と蓮、二人を見つめる。虎の身体を上から下へ評価するようにじっくりと見る。蓮の顔を数秒じっと観察。
「……そうか。その手があったか。蘭さん、ちょっと虎を借りていきます。あと車も」
「いいけど、何しに行くのかしら?」
「ちょっと俺の家へ戻ります。すぐ帰ってきますよ」
そう言って虎と翔さんは車でどこかへ行ってしまった。今の一連の流れで何かを思いつくってやっぱり翔さんはすごい人なのかもしれない。
三十分も経たないうちに翔さんと虎はクリニックへ戻ってきた。何やら大荷物を抱えてきている。
「翔さん、それは?」
「ふふふ。アイコーポにいた時、俺が開発に携わったVRヘルメットと受信機だ」
翔さんが段ボールからVRヘルメットと受信機を出す。受信機と呼ばれるものは小指大くらいの小さなシールのように見えた。
「これを虎の額に貼って、こっちは蓮にかぶせる」
「おい、勝手に貼るなおっさん」
「翔さん、何で僕にこんなものを……」
説明もろくにせず、勝手に物事を進められて不満げな二人をしり目に翔さんはVRヘルメットの電源をいれていた。
「……目の前に僕がいる? これは虎の視界か」
「蓮、自分がどう動きたいか想像してみろ」
三人が勝手に盛り上がっている。女子二人と蘭さんは呆れ果てて、どうやったら虎が勝てるのかを真剣に話し合っていた。俺は盛り上がっている男たちを一瞥し、話し合いに参加しようとしたが。
「え? え?! すごい! すごいぞ!」
蓮が少年のような声を上げて、思い切り笑顔になっている。そして虎はサーカス団のような動きを繰り広げている。
「なんてフィジカルだ! 何でも出来るぞ! 頭の中で思っていたことが全部!」
「おい。蓮やめろ」
虎が一、二、三、四、五。五連続バク転を披露している。こういった事態を引き起こしたであろう犯人がニヤニヤと二人を見て満足気に笑っている。
「翔さん……これは一体」
「蓮の意識と虎の意識がリンクしている状態だ」
「へぇ……。蓮があんなに楽しそうなの初めて見た」
「おい」
「あ……蓮。そろそろ」
「頭の中のことがこうして実現されるとこんなにも楽し、」
「やめろっつってんだろ!」
蓮のお腹に虎のミドルキックが強めに入る。鈍い音が処置室に響き渡った。
ゴロン。
蓮はお腹を押さえながら床に倒れ込み、VRヘルメットが外れる。
「……最高だった」
「二度と貸さねぇ」




