第28話 後悔
【天】
奏のアイドルユニットの武道館ライブが3日後に迫っている。その場を利用して、奏の思いをみんなに伝えるというのが筋書きだ。
「AWの世界を満喫している奴らにも奏ちゃんの声が届くように、AW側に流す経路は何とか見つける。時間はかかるがな」
そう言って翔さんはキーボードを叩き続けていた。
「だとしたら、AWだけじゃなくて全世界に流すと効率がいい。奏のSNSアカウント使えばライブ配信できるだろ」
蓮の言葉に全員が奏を見る。そうだ、奏は数百万のフォロワーがいる。日本でこんなことが起きているなら、世界も同じかもしれない。どこかの国で今もAIが苦しんでいるのだろうか。そう考えると世界に向けて配信するのも意味があると思えた。
……みんなに話を聞いてもらう、か。奏は何を話すんだろう。奏を見ると紙に何かを書いては、違うなぁ……と呟いて紙をくしゃくしゃにしていた。
「アイコーポに怪しまれるから、あなたはいつも通りの生活を送りなさい」
「本当に俺、帰っても大丈夫なんでしょうか……」
「大丈夫じゃなかったら帰すなんて言わないわ」
「ですよね……」
マネージャーは媚びへつらう様に笑っている。蘭さんは口元だけにっこり笑った。
「妙なことしたら次は虎に任せるわ」
完全に戦意喪失したマネージャー。蘭さんや虎からもお灸を据えられているのでこれ以上の悪いことはしない……と思う。
奏が武道館ライブを迎えるまで、蘭さんのクリニックで匿うことになった。だから、奏のアイドルユニットメンバーに対して適当な理由をつけて、奏が武道館ライブまで不在にすることを納得してもらうように、と蘭さんから指示を受けていた。
愛は意識ここにあらずのようでボンヤリとしている。
「……愛? 具合でも悪いのか?」
愛は首を横に振る。表情がいつもと比べて暗い。
「お父さんは奏ちゃんの思いを聞いて、どう反応するんだろうって思って」
「愛がお父さんと話した時ってどんな反応していたんだ?」
「……なんでAWの良さが分からないんだ。愛のことが分からない。……って言われた」
「そっか……」
「私の言葉はもう届かないんだよ」
寂しそうに笑う愛を見ていると、俺も何だか胸が苦しくなってくる。
「……本当にそう思ってるのか?」
「…………」
愛は少し考えて、真っ直ぐ前を見る。
「ううん。……諦めないよ。お父さんが現実で生きるって言うまで、手を引っ張り続ける」
「……うん。それでこそ愛だ」
愛は俺の顔を見てニヤニヤと笑い出す。
『俺は、ずっと愛の隣にいるから! 俺はいなくならない! ずっと……支えるから!』
愛がAWへ行きかけた時に俺が言った言葉を、このタイミングでほじくり返してきた。改めて聞くと、とんでもなく恥ずかしいセリフ。耳まで熱くなる感覚。
「……もし、また失敗しちゃったら支えてね、天」
「……分かったよ」
根拠は全くない。だけど、今の愛の言葉ならきっとお父さんに届く、と思った。
各々自由に過ごして夜になった。翔さんは連日、まともに寝ていないせいか椅子に座ったままうたた寝をしている。それを見かねた愛が毛布を掛け、心配そうに見つめていた。
「……翔さん、私のセキュリティ解除を徹夜でしてくれたから疲れてるんだね」
ソファに座っている俺の隣に奏が腰掛ける。奏も少し疲れたような表情だ。
「んー……、日付変わる前で帰えれりゃ御の字だろ……、んー……んー」
「うなされてるね。夢でも仕事してるのかな」
俺と奏は苦笑しあう。翔さん、俺たちと出会ってからろくに眠れていない。いつも起きている気がする。
「奏はライブで何言うか考え終わったのか?」
「あはは……。いざ、伝えたいことを考えるとなかなか浮かんでこなくて」
「……言いたいこと言えないようにされていたんだもんな」
「言えないようにされてたけど、いっぱい思ってたよ?」
「ふーん。例えば?」
奏は口をへの字にして考え込む。
「アイコーポのバカやろー! ……とか」
「なんだよそれ」
「いきなり例えば? とか言われても分かんないよ!」
「でも、そういう正直な気持ちを言えばいいんじゃないか?」
片手で口を押えて神妙な顔をしている。そんなに難しいこと言ったつもりはないけれど。
「……天、ちょっと外に出ない?」
奏に連れられて向かった先は、非常階段の踊り場だった。雑居ビルの5階。ネオンの明かりが滲む街を見下ろす。……あの日のベランダを思い出してしまい、表情に出てしまったのだろう。奏が俺の様子を見てハッとする。
「あ……、ごめんね。そうだよね」
「いや、いいんだ」
……今の奏にはベランダから落ちた記憶はないんだから。仕方のないことなんだ。分かっている。分かっているのに、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「……十一月だから、夜は寒いね」
「昼間はまだ暖かいのにな」
吹く風が冷たい。夜風に奏の長い緑のおさげ髪が揺れた。
「天は素敵な人たちに出会えたんだね」
「そうだな。みんなにはいつも助けられてる」
「天がそう思っているように……みんなも、天に助けられてると思うよ」
俺は目を見開く。そんなこと全く考えたことがなかった。
「俺がみんなを?」
「え? だって、そうでしょ?」
「奏を助けたのだって翔さんだし……」
「もう、天は昔から自分を過小評価しすぎだよ」
奏は怒ったようにため息をつく。
「……天が私に会いに来てくれなかったら。天があの時、私の手を取ってくれなかったら。私は今も、操り人形のままだった」
「それはそうだけど……。ただ俺は必死だっただけで」
「その必死さにみんな助けられてるんだよ。だから、みんなも天のことを助けてくれてるの!」
俺の納得できないなという態度に奏は痺れを切らして、決めつけるように言ってくる。奏は俺に対してだけ短気だ。二人で話しているといつも怒ってくる。
「俺がこうなったのって、奏のおかげだと思う。俺、ずっと後悔してたんだ」
奏の大きな目が俺を真っ直ぐとらえる。
「俺、奏を助けたかったんだ。ごめん。今の奏に言っても、何のことって感じだと思うけど」
俺は力なく笑う。奏は俺の言葉を黙って聞いてくれる。
「その時の後悔が……。無意識に、せめて俺の見える範囲の人たちを助けたいに繋がってるんだと思う」
「……少なくとも、ここにいる私は天に助けられたよ」
奏は夜風にあたって冷たくなった俺の手を握る。
「ありがとう。天」
今の奏の姿が、あの時の奏の姿と重なる。あの日も、こうして笑っていた。……あの時の奏はもういないんだという胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感。だけど、今いる奏を守っていくのがせめてもの罪滅ぼしなんだろうなと思った。奏はそんなことを望んではいないと思うけど。俺は、あの時の奏の姿を忘れずに生きていく。
カツン……カツン……カツン……。
「……?」




