第26話 また明日
【天】
「君たちは本当に優秀だな」
翔さんは驚いた表情をして出迎えてくれた。
「マネージャーだけでなく奏ちゃんまで連れて帰ってこれるとは」
「それより翔さん。なんでマネージャーの居場所が分かったんだ?」
いくら翔さんでも潜伏しているマネージャーを探し出すのは至難の業だと思う。奏に何かあった時のためにマネージャーは河川敷の近くにいたとは思うけど。
「……天のお姉さんだよ」
「え?」
翔さんは穏やかに微笑む。
まさか、姉ちゃんが話題に上がるとは思わなくて俺は間抜けた返事をしてしまった。
「天のお姉さんとは、ずっとメッセージのやり取りをしていたんだ。とは言ってもアイコーポに関する情報はセキュリティロックがかかっていて聞き出せなかったが」
煙草に火をつけ、一口吸う。この人はどこまで先を見越して行動してたんだろう。
「だから、最初は日常の変化とか些細なやりとりをしていたんだがな」
煙をゆっくり吐き出してから、翔さんは続けた。
「奏ちゃん騒動のあと天のお姉さんに仕事中、芸能関係……奏ちゃんに関係する情報があれば教えてほしいと依頼していたんだ」
「姉ちゃん……裏でそんなことしてくれていたんだ」
翔さんが指を払うと、テーブルの上にホログラムが次々と浮かび上がる。マネージャーの車、マネージャーの全身、アップで写ったマネージャーの顔……。翔さんがニッと笑い俺を見る。
「全部、天のお姉さんがやってくれたんだぞ」
「姉ちゃん……」
胸のあたりが温かくなる。姉ちゃんがあの日、俺たちと別れて今まで行動してたのはこの日のためだったんだ。
「あとは、河川敷近くで潜伏しやすそうなところは蓮が目星をつけてくれた」
「まんまと炙り出されたということだ」
眼鏡の位置を直す蓮。うっすらと口角が上がっているのが見える。
「私と虎で、その目星をつけたところを探したの」
愛が白い歯を見せながらピースサインを俺に送る。
「みんな……。ありがとう」
目頭が熱くなる。みんなが協力してくれて、ここまで辿り着けた。ずっと一人で抱え込んでいたのが馬鹿みたいだ。
……みんなと早く出会っていれば、奏は。……首を横に振る。もしもの話をしても意味がない。
「……さて。マネージャーさん。アイコーポについての情報を教えてもらおうかしら」
蘭さんが車いすをゆっくり漕いでくる。床に転がされているマネージャーの目の前で止まる。笑ってはいるが、目が完全に据わっている。
「ひ、ひぃ! 俺は、何も知らない!」
「あら…………」
蘭さんのヒールがマネージャーの顔面のど真ん中をとらえる。
「へぶっ……!」
「悪い子……」
蘭さんの低い声が響き渡る。
「虎ー。ちょっとこのマネージャー持ってきて。別室行くわよ」
「あー。めんどくせー」
……虎はマネージャーを再び引きずる。両目に涙が溜まっているのが遠目からでも確認できた。
「や、やめっ……」
バタンッ
蘭さんと虎は別室、と呼ばれた部屋に消えていった。
「て、天。今の車いすの人は、一体……」
「えーと、俺の……仲間……?」
デジャブを感じつつもそう答えるしかない。奏が完全に引いている。眉毛がハの字になり不安を隠しきれていない。別室で行われている何かは触れないでおこう……。
「まず、奏ちゃん。この間は手荒な真似をして悪かった」
翔さんは深々と頭を下げ、それを見て奏は両手を顔の前で振り、慌てている。
「そんな……。頭を下げないでください。事情は察してますから。私こそ、ごめんなさい。あの後、警察に追われて……大丈夫でしたか?」
「あの事件があったからこそ、虎たちと出会えてこういう結果になったんだから結果オーライ……だよね」
愛が苦笑いしながら言う。
「奏。アイコーポのこと話すことが出来ない状態なんだよな?」
蓮が奏に確認する。奏は肯定も否定もしない、いや、できない。
「……分かった。奏ちゃん。セキュリティを解こう」
翔さんが提案する。頼りになる人がいて本当に良かった。
「大丈夫。怖いことは何もしない。寝ているうちに終わらせる」
翔さんは背の小さい奏と同じ目線になって、優しい声で言い聞かせる。
「奏。翔さんは、アイコーポの元社員さんだけど、社長を止めようとしていて……。凄腕のプログラマーで俺も何度も助けてもらってるんだ。……大丈夫だよ」
奏の手をぎゅっと握る。奏は不安な気持ちは拭えない様子だが、最後には決心した表情になる。
「……お願いします。私もう、操り人形は嫌なんです」
「信じてくれてありがとう。セキュリティを解くのに一晩はかかる。協力よろしく」
翔さんは奏に手を差し伸べる。奏もそっと手を差し伸べ握手をする。
翔さんと奏はセキュリティ解除を試みていた。翔さんは眼鏡をかけて、キーボードを休むことなく叩いている。俺はコーヒーを翔さんのデスクに置いた。
「お、気が利くな。ありがとう」
翔さんは手を休め、コーヒーを一口飲んだ。奏がベッドに横たわったまま俺を見る。
「……天、眠れないの?」
「なんか、気持ちだけ焦っちゃってさ」
奏のベッドサイドの椅子に腰かける。
「じゃあちょっとお話ししよっか」
奏は柔らかな笑顔を見せてくれる。
「蓮とあまりお話し出来てなかったんだけど、蓮は元気してたの?」
「……蓮はさ。あいつやっぱすごいよ。俺、AWに意識持っていかれそうになったんだけど蓮のおかげでこっちに戻ってこれたんだ」
「ライブの時だったよね。天がAWに行っちゃったんじゃないかって心配してたの」
「あとは、手術の助手をしたりしてたよ。終わったら鼻血出して倒れた」
「えっ、えっ、どういうことなの!?」
奏が分かりやすく動揺していて、翔さんが後ろでフフッと笑っているのが聞こえた。
……俺たちは空白の時間を埋めるように会話に花を咲かした。奏のはにかんだ笑顔、久しぶりに見た。自然と俺の顔もほころぶ。
……ぎゃああああああああっ。
「……」
「……」
「……。音楽でもかけるか」
翔さんが気を遣って音楽をかけてくれた。
「天。ありがと。久しぶりに楽しかった」
「うん……。俺も久しぶりに話せて嬉しかったよ」
「なんだか眠くなってきちゃったな」
「そっか。じゃあ、また明日」
「また、明日」
また明日があることに胸がいっぱいになりながら、俺は部屋を後にした。
……。部屋の前でしゃがむ。
……本当に、よかった。




