第25話 やっと掴めた手
【天】
……重い瞼を開けると、俺はベッドに寝ていた。
「あ……。目覚ました」
横を見ると愛がいた。
「突然叫んで倒れたから何事かと思ったよ。……大丈夫?」
「心配かけてごめん」
「顔色悪いよ。もう少し横になった方が」
「……俺が奏を殺した」
愛は深緑の目を見開く。俺の言葉の真意を確かめるように静かに見つめてくる。
「奏がベランダから落ちた日の夕方。俺は奏と話していたんだ」
愛は何も言わない。ただ、頷いて聞いてくれている。
「アイドルは本当はやりたくない。って。最初は愚痴だと思って聞いてた」
だけど……。
「奏の働いている会社が悪いことをしているかもしれないって。確証はないけど、何も知らないままはもう嫌だって言ってたんだ」
頭の中の血の気がどんどんと引いていくのが分かる。息が、苦しい。
「だから、俺、言ってしまったんだ……」
手で頭を強く、押さえつける。
「まずは一番信頼しているマネージャーに相談してみたらどうだ? って」
「マネージャー……。そうだね、アイコーポが関係しているマネージャーだよね」
「だから、そのせいで奏はきっと……」
「待って。奏ちゃんの死因はまだ謎が多すぎる。天の想像通りかもしれないけど、私にはまだ真実が残されていると思う」
「……真実?」
愛は俺に優しく、でも力強く微笑む。
「……奏ちゃんにもう一回会おう。それで真実を聞こう」
真っ直ぐな目で俺のことを見つめる。
「会ってくれるかな。奏にひどいことしちゃっただろ俺たち」
「もう。グダグダ言ってないでLINE送りなさいよ。前みたいに家に呼び込むのは無理かもしれないけど、外でなら会ってくれるかもしれないでしょ?」
「……分かった」
奏にあの日何があったか。あの日、奏が何を見て、何を選んだのか。それを知ることから、もう逃げられないと思った。
——だけど、きっと。
重くて、辛くて、悲しくて。そんな未来が待ち構えているのが明確に分かっていた。
俺はLINEを開き、重い指先で奏にメッセージを飛ばした。
俺はみんなに全て打ち明けた。
「……なるほどな。奏ちゃんにもう一度会いに行くんだな」
翔さんが顎に手を当てて考え込んでいる。
「奏が何者か。ずっと曖昧にしてきていた」
この数日間でAIや人間について色々と考えさせられてきた。
「見て見ぬふりをしてきた。でも、それじゃダメなんだって分かった」
みんな辛くても現実を見て前を向いている。
「……奏が今、何を思ってるのか確かめたい」
俺も向き合わないと。
「……分かった。でも、会いに行くなら一応虎も連れていったらどうだ?」
「あー? なんでオレがついてくんだよ」
「護衛だな」
虎が急に自分の名前を呼ばれ、護衛に任命されたものだから不服そうにしている。
「虎、また警察だのなんだのってなったら天くん一人では逃げ切れないでしょ。何かあったときは守ってあげなさい」
蘭さんの鶴の一声。虎は、チッと舌打ちをして出かける準備を始めた。
「俺一人で、河川敷に着てと言われたんだよな……」
「虎はあくまでも保険だ。何かあった時、駆けつけてもらえばいい」
翔さんは俺の頭をポンポンと撫でる。
「……天。お前は特別な何かを持っているわけじゃないが、人を繋ぎ止める力がある。奏ちゃんがどう言ってくるかは分からないが。ちゃんと話してこい」
翔さんの大きな手が俺の癖毛をくしゃくしゃにする。
「僕も奏に会って色々話したいことがあるが……。任せたぞ、天」
「気を付けてね。いってらっしゃい」
……みんなに見送られ、今に至る。
「危なくなったら電話でもよこせよ」
虎は片手をひらひらとさせて物陰へと消えていった。
……現実の河川敷。久しぶりだな。蓮が前、今の河川敷は大分汚れていると言ってたけど。誰かが掃除をしてくれたのかとてもきれいな状態になっていた。夕日に照らされ、流れる川がキラキラと輝いている。そよ風と共に草の匂いが胸を満たす。何年経っても変わらない情景に安堵する。
「……天。来てたんだ」
振り向くと、緑のお下げを風に揺らす奏が立っていた。
「……元気?」
「何それ」
奏に会ったら何から話そうか、色々と考えていたが全部すっぽ抜けてしまい間抜けな言葉が出てしまった。奏は呆れたように笑っている。
「……逃げきれたんだね。あの状況から」
奏が俺の横に座る。
「なんとか」
川の流れる音と、遠くで遊ぶ子どもの声が聞こえるお陰で沈黙もあまり気にならない。
「……奏は一回死んでるんだよな」
「……!」
奏は若草色の目を見開く。そして、儚げに笑みをこぼす。
「……そっか。やっぱり私」
奏は怒るでもなく、悲しむでもなく穏やかな表情をしていた。
「奏が小さいころからAIとして俺たちと過ごしていたことも知ってる」
「そっか……」
「奏。俺、知りたいんだ。あの日、何があった?」
奏と向き合う。
「奏の家であの日、マネージャーとやりとりしていたんだよな? なんであんなことになったんだ……」
「……。あの時、本当は——」
ガクンッ
奏はその場に倒れ込む。
「奏!?」
俺が奏の体を起き上がらせると、直ぐに目を開く。
「……ごめん。話せないの」
「話せない?」
「……話せないの。役に立てなくて、ごめんね」
そういえば、奏が翔さんの家に来た時もこの話題に触れた時一時的に意識を失っていた。俺の姉ちゃんも同じだった。
アイコーポの技術で、アイコーポの都合の悪いことは話せないようにされている……?
奏の頬にいくつもの涙が伝う。次々と止めどなく流れる。まるで、奏の話せない話したいことが涙となって流れているようだった。
「天……」
「……っ!」
AIとか人間とかAWとか。何が正しいとか何が正しくないとか色々考えてきたけど。
……目の前の幼馴染をこんなにも傷つけたアイコーポが憎くて、仕方なくなった。私利私欲のためにAIを進化させて。AIが進化したら進化したで無理やり制御して。
……結局、自分たちの都合のいいように利用しているだけじゃないか。
「……俺、あの時奏に言ったよな。なんとかする、って」
「……うん」
「俺さ。今回のアイコーポ騒動でいろんな人と会ってきたんだ」
みんなの顔が浮かぶ。一人一人がかけがえのない、仲間。
「俺一人じゃ、奏の問題は解決してあげられなかったけど。みんなで協力すればきっと、」
後ろで何かを引きずる音とうめき声が聞こえた。
「……え?」
まさか……。
「翔ー。確保したぞ」
スマホで翔さんと連絡をとっている虎が、ズリズリと人を引きずりながら現れる。
「あー? 蘭? なんもしてねぇよ。脅しただけだ」
「だ、誰?」
「えーと……。俺の……仲間?」
丁度いい言葉が見当たらない。奏は不安そうな顔で俺と虎を見比べている。
「おい。いつまで話してんだよ。帰るぞ」
「……! マネージャー?!」
引きずられている人物は奏のマネージャーのようだった。怯え切った顔をしており、ガタガタと震えている。
「虎、これは一体……」
「翔から連絡がきて捕まえろって言われたから捕まえた」
全ては翔さんの作戦通りだったようだ。奏はどうしたらよいか悩んで、俺と虎を見比べている。
「奏、行こう」
俺は奏に手を差し伸べる。
「……! うん!」
あの時つかめなかった手にようやく触れることが出来た。
お互い、強く握って離さない。もう、絶対に。




