第23話 記憶の残響
【天】
奏と蓮は、俺が母さんを亡くした時にずっと傍にいてくれた。
二人が居なかったら俺はきっと、今の俺とは別の生活をしていたと思う。だから、奏と蓮は自分自身よりも大切にしないといけない存在なんだ。
それなのに俺は、何も気づけなかった。
——。
父さんは俺が小学校の低学年のころ殉職している。俺の父さんは消防士だった。自分の身を挺して人を助けている父さんの姿は子どもながらにカッコいいと憧れていた。
だけど、ある日帰ってこなかった。その時の電話を受け取った母さんの表情は今でも鮮明に残っている。
母さんは強い人だった。……いや、俺たちに心配かけないよう強いように振舞っていただけか。父さんがいなくなってからも俺と姉ちゃんを一人で育ててくれた。俺に寂しい思いをさせないように、と学校の行事には母さんと姉ちゃんで代わる代わる来てくれていたのを覚えている。
母さんが無理していたのは、分かっていた。朝早くに出勤して夜遅くに帰ってくる。家事は俺と姉ちゃんで分担してやる。忙しいけれど、母さんはずっと笑顔。どんなに忙しくても一日一回は絶対に会話を交わす。一生懸命な母さんを俺は誇りに思った。……他の家とは違う形だけど、これはこれで幸せなんだと感じていた。
——些細な事。本当に、些細なことの積み重ねだった。だけど、そこから全てが崩れていったんだ。
「夏休みさ、父さんと一緒に釣りをしたんだ!」
「俺は旅行に行ってきた! 遊園地楽しかったぜ!」
小学六年生の夏休み明け。友達が夏休みにどこに行ってきたか、何が楽しかったかなどみんなで話をしている。俺は旅行になんて行っていないし、どこかに出かけると行っても近所で済ます。それが当たり前だった。周りの友達がうらやましいな、と思っていた時もあったが、もうどうでもよくなった。
「相変わらずうるさいな、あいつらは。夏休みに何をしたからなんだというんだ」
隣の席の蓮が文庫本を読みながらぼやく。夏休み明けの男子たちは総じて日焼けをして小麦色の肌になっているが、蓮は夏休み前と同じで真っ白な肌をしていた。
「蓮はどこにも行かなかったのか?」
「一人で県外の美術館や展覧会に行ってきた」
「……小学生だよな?」
「素晴らしい作品に出会えて充実した夏休みだった」
蓮は目を瞑り、物思いにふけっている。楽しいなら、なによりだけど。
「久しぶり! 天、蓮!」
「久しぶり、奏」
「二人とも変わってないね、安定と安心だね」
俺たち三人は長期休みに入っても特段変わらない日常を送る。だから、長期休み明けの空気が少し苦手なんだ。なんとなく、みんなとは違うって見せつけられているみたいで胸がきゅっとなる。
長期休暇も終わって三者面談の日になった。だけど、時間になっても母さんが来ない。すると、先生が来て、俺に話しかけてくる。
「小鳥遊くん。お母さん仕事が終わらないんだって。また、日取りを改めて面談しようか」
「……またかよ」
「お母さん、忙しいんだもんね。仕方ないよ」
三者面談の他にも、母さんは約束していても仕事が原因で予定を変更せざるを得なくなることが多くあった。
「……小鳥遊くんのお母さん、お一人で二人を育ててるんだもの。仕方ないわよ」
またか。『仕方ない』。みんな言ってくる。俺の家は母さん一人だから仕方ないだろって。仕方ないからなんだっていいのかよ。
俺は先生の言葉に返事もせず、カバンを乱暴に取り、帰路へ着く。
帰り道のグラウンドで野球をしている同じクラスの男子と、その父さんがいた。その様子を俺は眺める。その男子は何回やっても父さんの投球を捕らえることが出来なかった。失敗するたびに、その子の父さんが色々指導していた。
そして、何度目かの指導のあと、ついにその男子は気持ちいい音と共にボールを遠くに飛ばすことが出来ていた。目を輝かして、父さんに抱き着いている。
うらやましいと思った。
ずるいと思った。
俺だって、父さんとキャッチボールをしたかった。
俺だって、母さんに約束を守ってほしかった。
……そんなことを思ってしまう自分が、最低だと思った。
家に帰ると姉ちゃんが先に帰ってきている。
「天ー。お帰りー。今日の晩御飯はハンバーグなんてどう? 天はサラダ作ってー……って、なんかあった?」
姉ちゃんが俺の沈んだ表情を見て心配そうに覗き込む。
「……晩御飯いらない」
「あ、ちょっと! 天!?」
俺は自分の部屋に入ると扉を強く締める。カバンを床に投げ捨てて、ベッドに体を沈ませる。そして、布団の中に潜り込む。
……最低だ。母さんは悪くないのに。姉ちゃんにも強く当たってしまった。父さんみたいに、みんなを守れるようになりたいのに。
俺は、この気持ちをどうすることも出来なくて、声を殺して泣くことしかできなかった。




