第21話 そこにある日常
【天】
「あはは、天、何その顔!」
「……」
蘭さんの手術が終わって、みんな疲れ果てて寝ていた。
……寝て、起きたら。
「天、んだよその顔。ギャグか?」
「お前のせいだろ!」
つい強めの突っ込みを入れてしまう。虎が暴走した時に、弾かれたり、蹴られたりで片目が開かないくらい顔が腫れて酷い有様になっていた。
「みんな蘭さんに夢中で気づかなかったけど、天も結構重症だったんだな」
蓮が笑いをこらえながらも、目だけはちゃんと心配している。
「男前の面になったなぁ」
翔さんが煙草を吸いながら皮肉ってくる。
「天くん、悪かったわね。私のせいで」
車いすに乗った蘭さんが申し訳なさそうにしている。
「いや。蘭さんは悪くないです」
「オレも悪くねぇ」
「虎は悪いぞ」
「虎謝りなさい」
「……ごめん」
虎が自主的に謝ってこないのはちょっと引っかかるところだけど許してあげることにした。
蘭さんは重傷だけど、車いすでなら何とか生活できるみたいだった。術後であっても早期離床が大切なのよ、と何やら医学的なことを言っていた。
「天くん、虎を止めてくれてありがとうね。感謝するわ」
「いや、俺はただ必死だっただけですよ」
「そういえば……嵐山はどうなったのかしら?」
「……」
「あ……」
虎が俺のことを睨みつける。
ヨケイナコトヲイウナ。
と口パクで訴えてきている。
「どうなったのかしら?」
蘭さんにはお見通しのようで、虎の頭を思い切り鷲掴みにしている。
「動けなくしただけだ」
「ふーん。どの程度?」
「足」
「足だけ?」
「……手」
「あとは?」
「…………右目」
蘭さんは虎の頭を鷲掴みにする力を強め、地獄から聞こえてくるような声を出す。
「いつもやり過ぎるなと言うとるやろ、ワレ」
「ご、ごめん、なさい」
虎が子猫の様にプルプルと怯えている。……蘭さんだけは絶対に怒らしてはダメだとここにいる全員が思った。
「蘭さん。残念なお知らせだ。冷蔵庫の食材がなくなったぞ」
「あらあら。それはとても残念なお知らせね。虎が悲しむわ」
「あー? 死活問題じゃねぇか。天、買って来い」
「いいけど、外出るの不安だな」
一昨日に警察に追われた後だし、AIもかなり増えているだろうし出歩くのはよくないと思う。……だけど、食べるものがないとなるとどうにかしなくちゃいけない問題だ。
蘭さんが何かを思いついたようで、急に微笑みだした。
「せっかくだから、子どもたちみんなで行ってきなさいな」
「子どもたちって、俺と愛と蓮と虎?」
「何かあったら虎が何とかしてくれるわ。お小遣いはそうね、天くんに預けるわね」
蘭さんは俺に手招きをする。スマホを出すよう指示され、電子マネーが俺の端末に送られてくる。……一、十、百、千、万、十万。……五十万!?
「蘭さん。これ多すぎです!」
「あなたたち服も買ってきなさい。パジャマとかも必要でしょ。アイコーポとのわだかまりはまだ続きそうだしね」
「え?! 服も買っていいんですか! やった!」
愛が目を輝かしている。一昨日から虎の服を着ていたもんな。女の子だし、女物の服を着たかったんだろう。
「僕も行くのか……?」
「蓮と出かけるのって久しぶりだな」
蓮とショッピングをするって何年ぶりだろう。本屋の前にへばりついて中々離れなかったのを覚えている。街を当てもなく歩くというのが蓮には非合理的らしく、なかなか外で会うというのをしてこなかった。
……奏が無理やり蓮を連れ出していたな、そういえば。
「なんでオレも行かなきゃいけねぇんだよ。オレが一番マークされてんだろ」
「おやつも買ってきていいわよ」
「何個」
「3個」
「……ッチ」
虎は黒色のウィッグと帽子、マスク、メスが入ったポーチを装備して出かける準備を終える。
「虎、どうしたんだ? 変装?」
「オレはアイコーポからマークされてんだ。実験体が逃げ出したってことでな」
鏡を見てウィッグの位置を調節しながら言う。
「アイコーポも大々的に探しているわけじゃねぇから大丈夫だと思うけどな。蘭が、昼間外に出る時は変装すれって言うから」
「あらあら、虎。なんだか準備がいつもより早いわね?」
「うるせぇ」
愛も蓮も買い物の準備が出来たようだ。愛はすぐにでも行こうと玄関前ですでに待っている。蓮も心なしか表情がいつもより柔らかい気がする。
「翔は私の車貸してあげるから送迎してあげて頂戴」
「……休日の父親の気分だな」
翔さんは蘭さんから車のカギを預かると、車を回してくると言って先に出ていった。
「まずは服! 服を買いたい!」
「僕は本屋だ。クリニックの本は全部読んでしまったから暇だ」
「あー? 食材買いに行くっつってんだろ」
……。大丈夫かなこの面子で買い物。
全員の希望を叶えるには、大型ショッピングモールが手っ取り早いだろうということで翔さんが連れてきてくれた。翔さんはそそくさとカフェに入ろうとしている。
「まぁ、なんだ。こんな時だけど羽を伸ばすのも悪くないんじゃないか。若者たちは自由にしろ。俺はここで仕事をしているから、なんかあったら連絡してくれ」
「えー。翔さん一緒に回らないの?」
「全部が終わったらまたみんなで回るか」
「……分かった」
愛が翔さんともショッピングを楽しみたかったようで口を尖らせている。
あれ。蓮がもういないな。開始数分も経ってないのに一瞬で迷子か。どうなってんだ。
「蓮なら本屋に行くって言ってたぞ」
「はぁ……。昔からそうなんだよな」
「ちょっと! 虎! あの服きっと虎に似合う!」
「あー? オレは今持ってんので十分だ」
「いいからいいから!」
愛がものすごい勢いで虎を引っ張っていく。こんなにハラハラするもんだっけ。ショッピングモールって。
「これと、これと。あとはこれと~、あれと~」
「天、こいつ、あれこれしか言ってねぇぞ」
「愛が楽しそうならいいんじゃないか?」
「はい! この組み合わせ絶対似合うから試着してきて!」
「あー? こんなダボダボした服動きにくいだろうが」
「いいからいいから!」
試着室に押し込まれる虎。
愛の勢いがすごい。教頭の件から思ってたけど行動力に全振りなんだよな。
「着たけど」
ジャッ!
愛はすぐに試着室のカーテンを開ける。そこにはカジュアルかつ今どきの流行をおさえた虎が立っていた。
「いいね! 購入で!」
「いらねーっつってんだろ」
「せっかくだからさ。みんなで新しい服買って、着替えてそのまま今日を楽しもう! 次は私の服買いに行くからね!」
「天、こいつ、自分の言葉しか聞こえてねぇ」
「……愛が楽しそうならいいんじゃないか?」
買い物途中の本屋で蓮を発見し、オシャレ番長こと愛に連行され蓮も新しい服を着た。
「服なんて久しぶりに購入したな」
「蓮のことだからきっと虎と同じで機能性が~……って言って同じような服しか持ってないでしょ?」
「なぜ分かった」
俺たちはゲームセンターの前を通りがかった。うん。愛の目が輝いているな。
「プリクラ! プリクラ撮ろ!」
「んだよそのプリなんちゃらって」
「自分の顔を電子媒体の記録に残すことを世の中の奴らは軽く考えすぎだ」
「まぁまぁ、せっかくだしみんなで撮ろう」
俺は愛と一緒に文句を言い続ける蓮と虎をプリクラ機の中へ押し込む。
「虎! そのヅラとりなさいよ!」
「ヅラじゃねぇ。ウィッグだ」
「今どきのプリクラはAIが発達していて、背景を有名どころにできたりするの!」
愛が液晶画面を慣れた手つきで操作する。
「へぇー。日々進化してるんだなぁ」
「目をでっかくし過ぎるのはもう流行ってないから、普通な感じで行くね!」
機械からの指示のあとシャッター音が鳴る。
「ちょっと! 蓮と虎、真顔なんだけど! これ証明写真じゃないんだから!」
「うるせぇなー。急に笑えって言われても無理だろ」
「そうだ。無理やりこの機械の中に突っ込まれて笑う方が無理だ」
「あなたたちねー! もう少し協調性ってものを!」
……3、2、1
「おいおい、もう次の写真が!」
「……楽しめたようだな」
買い物を終えて翔さんのもとへ帰ってくる。愛があれこれと翔さんに嬉々と報告している。蓮も虎もまんざらではなさそうな顔をしているので楽しめたんだと思う。
「腹減った。蘭も待ってるだろうし、帰るぞ」
翔さんは静かにノートパソコンを閉じ、残っていたコーヒーを全て飲み切る。
「あの……。翔さん、これ」
「ん……?」
「いつもありがとうございます。翔さんが居なかったら、きっと俺たち色々な問題を解決できなかったと思うから」
俺はさっきコーヒーの専門店で購入した、コーヒーのドリップパックと焼き菓子を翔さんに渡す。
「翔さん、いつもコーヒー飲んでるから好きなのかなって思って」
「……天。お前、モテるだろ?」
「え……?」
「ありがとう。おじさん、嬉し過ぎて泣きそうだ」
翔さんは目じりをクシャっとさせて笑う。また隈が増えている。……大人は、なんで辛くても平然と笑えるんだろう。
「翔さん、無理してないですか?」
「今が踏ん張りどころだろ?」
「そうですけど……。休める時に休んでください。……心配なんですよ。翔さん見てると」
翔さんの大きな手が俺の髪の毛をくしゃくしゃと撫でまわす。
「子どもに心配されるようじゃ良い大人じゃないよな。今日はしっかり休ませてもらうよ」
「……はい」
遠くから愛の声が聞こえる。
「二人とも何してるのー! 帰るよー!」
各々、荷物を抱えて翔さんの運転する車に乗り込む。
久しぶりに大笑いした一日だった。
俺はさっき撮ったプリクラを眺める。
「ふふっ……」
愛が虎と蓮の頬を無理やりくっつけて、俺が動揺している。なんだこれ。
アイコーポがなければ今回の事件は起きなかった。だけどアイコーポがあったからこそ、この人たちに出会うことが出来た。
……出会えてよかったなぁ。
車の心地よい揺れを感じながら俺はプリクラを胸ポケットにしまい、静かに目を閉じた。




