第19話 狂人③
【天】
「天くんの絶望顔も見れたしお腹いっぱいだわ。じゃあ私はこれでさよなら」
「待てよ、このクソ野郎」
虎が校長のホログラムの前に立つ。
「お前がいると蘭が悲しい顔すんだ。頼むから消えてくれよ」
獣のような眼光で校長を睨みつける。
「……スクラップがうるさいわね。せっかく生かしてあげてるのに、そう噛みついてくると……、」
校長がパチンと指を鳴らす。
瞬間、天井のパネルが開き、虎の立っていたところに槍のようなものが一閃。空気を裂くように虎へ向かう。
「……っ! 虎、避けなさい!」
「これは、正当防衛よ?」
トンッ……。
「あ……?」
蘭さんが虎を突き飛ばす。
グシャッ……。
蘭さんが宙に浮いている。
「あ……、ら…………ん?」
虎は突き飛ばされた先にガラス破片があったようで腹部辺りの衣服が裂け、血が滲んでいる。誰もが事態を読み込めず、静寂に包まれる。
「思ったよりキレイな作品が出来上がったわね」
校長のホログラムがニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべている。
虎は無事だ。血は出てるけど。蘭……さんは……。
「い、いやあっ……!」
「……っ」
槍が蘭さんの体の重みに耐えきれず、蘭さんの重心と共に床へ横たわった。
「ら……蘭」
虎が蘭さんのそばに駆け寄る。
「蘭。蘭」
虎の消え入りそうな声が聞こえる。
蘭さんは答えない。
体の下に血だまりが広がっていくのが見える。滴る虎の血と混じり合う。
「……」
ピリピリと。何かを肌に感じた。身震いするような、気迫。息をするのも許されないような、感覚。
『……天、聞こえるか。……天?』
翔さんの声がスマホから聞こえる。聞こえるけど、俺は言葉を発することが出来なかった。虎から目を離せなかった。いや、あれは虎なのか?
ぐりんっ
蘭さんを背にして虎は振り向く。
「臭いで分かんだよ。俺みてぇな、腐った臭い」
虎は何もない空間にメスを思い切り投げつけていた。
「……!? あああっ、あああああああああああああっ!?」
何もない空間から叫び声が聞こえる。
「目、目、目!? 私の、あ、痛っああ!! あああああああああ!!!」
ホログラムの校長がいきなり右目をおさえて苦しみだした。
「オレは、おめぇみたいなクソ野郎をたくさん相手にしてきたんだ」
虎が何もない空間に向かって歩き出す。
「おかげでクソ野郎の考えがよぉく分かってんだ」
虎が何もない空間に吸い込まれていった。
そして、本来の空間との狭間から本物の校長が投げ出された。
「クソ野郎って人が傷つくのを特等席で見たがるんだよなぁ」
校長の髪を引っ張って顔を覗き込むように見る虎。校長の右目にはメスが深々と突き刺さっている。
『背景がすべて映像だったのか……。映像の後ろに嵐山がいたんだな』
翔さんが、だから生体反応があったのか、と呟く。
ずぶっ。
「ぎ、ぎゃっ、あ、あっ、ああっ!?」
ずぶっ。
メスが肉に食い込む音。
校長の悲鳴。
虎の無機質な表情。
虎の腹から滴り出る血。
「虎……やめ、ろ」
ずぶっ。
「や、やめろ!」
ずぶっ。
俺は虎を羽交い絞めにする。
「やめろって言ってんだろ! 死んじゃうだろ!」
「……死ねばいいだろ。こんなやつ」
虎に弾かれ床に倒れる。なんとか、止めないと。次は虎の足にしがみつく。
「だめだって! 蘭さん、いつも殺すなって言ってたんだろ!?」
「蘭はもういねぇ」
虎が俺を払うように足を動かす。その度に床に全身が叩きつけられる。
「待って! 蘭さんまだ生きてるよ!」
愛が蘭さんを確認し、声を上げる。その言葉を聞いた虎は蘭さんのもとへ飛んでいく。
「ら、蘭」
息も絶え絶え。
明らかに状態は良くないことが明確だった。
「……殺して、ない……?」
「まだ……殺してねぇ」
「い、い子……」
紫色の唇が力なく動く。
そして、意識がなくなる。
『天。蓮が準備は終わっているから蘭さん連れて早く帰ってこい、だそうだ』
……準備?
虎は再び校長のもとへ行く。
「おい。扉のロックを解除すれ。解除しないと……」
メスの刃を校長の指に押し当てる。
「ひぃっ! 開ける、開けるから!」
校長はすっかり虎の狂気に怯えているようだった。扉のロックが解除された音が聞こえる。
虎が応急処置と言わんばかりに慣れた手つきで自分の腹部の傷を縫っている。俺と虎は槍が突き刺さったままの蘭さんを抱えて足早に研究室を後にした。
蘭さんのクリニックに戻ってくると、綺麗に医療器具が準備されていた。
「足りないものはあるか?」
医療ドラマでしか見たことないけど、手術で使う物品だ。
「天、術台に蘭を寝かせる。その前に背中の槍の柄ギリギリまで切るから支えてろ」
医療用の電動ノコギリを使って丁寧に切り取る。蘭さんを仰向けに寝かせる。虎は蘭さんの衣服を一直線に切る。痛々しい傷が露わになった。
「……これ、全部きれいか?」
「体に触れる医療器具には手で一切触れずに準備した」
「なんでこんなこと出来んだ?」
「お前たちが児童養護施設に行っている間に、ここにある医学書を全部読んだ。過去の手術歴も見た。基本的な知識があれば、何をどうするかなんて分かるだろ?」
当たり前のように蓮は言う。
「あー? おめぇ頭おかしいだろ。蓮」
「虎には負ける」
虎が蓮に向かって深々と頭を下げている。さっきまで暴れていたのが嘘かのようだ。
「蓮。オレ、蘭を助けたい。手術の助手お願いします」
蓮は一瞬、驚いた顔になるがすぐにいつもの冷静な表情になる。
「力になる。蘭さんを助けよう」
「……ありがと」
二人は滅菌用のガウンと手袋とマスクと帽子、ゴーグルを装着して蘭さんを囲む。俺と愛と翔さんは遠巻きに見守っていた。
「ところで、虎。お前は蘭さんと違って医者ではないよな。こういうのって慣れているのか?」
「蘭の助手としてよく手伝ってたけど、メインでやるのはこれが初めてだ」
蓮は怪訝そうな顔をする。大丈夫なのか、と言いかけたようだがぐっと堪えていた。
「麻酔の量はこの間の患者が蘭と同じくらいの体重だったよな……。これくらいか」
ぴ……ぴ……ぴ……。
弱弱しいが規則正しく脈打つモニター。
「血がたくさん出ているけど、輸血ってないのか?」
「蘭は珍しい血液型なんだ。このままやるしかねぇ」
虎がふぅ……と深呼吸する。慣れた手つきでメスを持とうとするが。
カランッ
指を滑らせ、メスを落としてしまう。
「……。怖え、ってこういうことなんだな」
「出来るか?」
蓮は心配そうに虎の顔色をうかがう。虎はメスを再び握り言い返す。
「やるしかねぇんだよ」
決意を決めた顔だった。
素人目から見ても流れるようなスピードで行われているように見えた。
「血管挟むやつ」
「はい」
「血ぃ吸うやつ」
「はい」
「ガーゼ」
「はい」
蓮が、虎が次何をするのかを先読みして物品を渡している。
「ゆっくり抜いてくれ」
蓮は垂直に槍を抜く。丁寧に……ゆっくり……と。
「縫合する」
虎は先ほどの震えが嘘みたいに、丁寧に縫い合わせていた。順調にいっているかと思ったが、モニターからアラーム音。
「……血圧下がってんな」
「はい」
「あー?」
「昇圧剤」
「お前、変態かよ」
「よく言われる」
蓮が点滴のラインからゆっくりと昇圧剤を入れる。
「虎は縫合に集中してくれ」
「……おう」
何時間たっただろうか。何度かモニターが鳴ってその都度、蓮が対応していた。虎は休むことなく手を動かしていた。
「……手術終了」
虎が大きく息を吐く。虎も蓮も汗だくになっていた。まとっていたものをすべて投げ捨てる。
「蓮がいなかったら蘭は助からなかった。……ありがとう」
「別に、僕は物を渡しただけだ」
蓮は眼鏡を押し上げる。
「でも、流石に……」
蓮の鼻から一筋の血。
「負荷がかかりすぎたようだ……」
どさっ
ポタポタと床に血がしたたり落ちたかと思えば、蓮が倒れた。
「おい! 蓮!」
虎が蓮を抱きかかえる。みんな、蓮に駆け寄る。蓮の顔は真っ青だった。
「……大丈夫。頭を使い過ぎるとたまにこうなるんだ」
蓮の目は焦点が合っておらず、遠くを見つめている。具合悪そうにはしているが、口角はニヤリと上がっており、達成感に満ち溢れた顔をしていた。
「んだよコイツ。真っ青な顔しながら笑ってんぞ」
あの虎がドン引きしている……。
「とりあえず、ベッドに横にしようか」
俺と虎で蓮を抱え、蓮をベッドに横たわらせる。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。相当疲れがたまっていたのだろう。
「天、こいつ実は誰よりも馬鹿じゃねぇか?」
「そうかもしれないな。だけどそんな蓮が俺は大好きだ」
「ふーん……」
俺と虎は心地よい表情を浮かべて眠る蓮を見る。頭使い過ぎて倒れるって、蓮らしい。いつもスマートになんでも物事をこなすから、こんなに必死になっている蓮は初めて見たかもしれない。
虎が俺の肩をトントンと突く。口をへの字にしている。
「えーと……」
「……? あ、そういえば虎も怪我してたろ。自分で縫ってたけど大丈夫か?」
「あー? そんなのどうでもいいんだよ」
「いや、どうでもよくはないだろ」
「……天」
「うん?」
「あの時、止めてくれてありがとな」
虎が片手で首を押さえながらぶっきら棒に言う。
「……蘭の言いつけは絶対だからよ」
「あの時、気づいたら体が動いてたんだよ。とにかく、みんな無事でよかったよ」
「ん……」
そう言うと虎は蘭さんの様子を伺うために部屋を後にした。
……俺も、疲れたな。横になろう。




