第17話 狂人①
【天】
蘭さんの運転で児童養護施設まで来た。一目で高級車と分かる黒い車体は、磨き上げられたボディが太陽の光を反射している。車体もやたら長い。座席は革張りで座り心地もいい。だけど正直、落ち着かなかった。なんとなく汚してしまいそうで、ずっと背筋を伸ばして座っていたのは俺だけなんだろうな、このメンバーだと。
「虎ー。正面から入ろうとしないの」
「あー? いつも入り口から入れって言うじゃん」
「翔? どこかいい道はある?」
『そうだな……。今、天のスマホに見取り図を送ったから確認してくれ』
俺のスマホに児童養護施設の見取り図がホログラムで表示される。3Ⅾで分かりやすい。
『今、赤い丸で囲ったところが比較的警備が薄いな』
「ここは厨房スタッフの出入り口ね。みんな、行くわよ」
黒のジャケットを翻し、軽やかな足取りで目的地へ向かう蘭さん。遠くで子どもたちが遊ぶ楽しげな声がしていた。
丁度昼食の準備中なのか、厨房の方から食欲をそそる匂いが漂ってくる。
『愛ちゃんの生体認証のブロック解いておいた。愛ちゃんが扉の前に立てば扉のロックは解除される』
愛はごくりと固唾をのんだ。
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
困った顔で蘭さんと虎を見る愛。
「大丈夫よ。荒事は私たちに任せてね」
ウィンクを飛ばす蘭さん。この余裕な雰囲気……こういうこと、慣れてるんだろうな。
「早く開けろよ。愛」
虎が頭をボリボリとかきながら詰まらなそうにしている。
「じゃあ、開けるよ……」
“声紋確認、角膜確認、指紋確認 一条愛様 お通りください。”
無機質な音声が流れた。
虎が厨房の中を縫うように駆け抜ける。突然現れた人影に、厨房スタッフたちの視線が一斉に集まった。
「なん——、」
チクッ
小さな音と共に、一人がその場に崩れ落ちる。
「ごめんなさいね。少しだけ眠っていて頂戴」
蘭さんは倒れそうになったスタッフを抱き留め、そのまま静かに横にする。厨房にいたスタッフは五人。虎が注意を引きつけ、その隙に次々と蘭さんが眠らせていく。まるで何度も訓練したかのような鮮やかな連携だった。
「……すごい。あっという間」
「味方でよかったってやつだな」
あまりの手際の良さにゾッとする。
「さぁ、翔。嵐山はどこにいるのか案内して頂戴」
『地下の研究所だ』
蘭さんと虎の表情が一瞬硬直する。
「……今度は何の研究をしているのかしら」
蘭さんは露骨に顔をしかめた。
『……蓮です』
姿は見えないけど、蓮は恐らく右こめかみを人差し指でトントンしてると思う。
『地下の研究所に行くために、厨房を出たすぐの階段を上ってください。その後、南の階段から地下に行くことでスタッフや児童との余計な接触を防げます。そこにいたままだと、25秒後に他のスタッフが厨房前を通るので鉢合わせにならないように注意してください』
「あら、正確な道案内ありがとう」
蓮はおそらく、すべての見取り図とスタッフの配置が頭の中に入っているのだろう。蓮のおかげで、これ以上誰かを巻き込まずに校長のところまで行けそうだった。
無機質な白の空間が続く。蘭さんのヒールの音が響き渡る。真っ直ぐに伸びた白い道は、違う世界へ導かれるような不気味さがあった。
コツ、コツ、コツ
蘭さんと虎は俺たちを庇うように前を歩いている。………二人は今、どんな表情をしているんだろう。
『そこのドアの先に、嵐山……校長がいる。愛ちゃん。電子ロックの解除を頼む』
愛はドアの前に佇む。
「……開きます」
“声紋確認、角膜確認、指紋確認 一条愛様 お通りください。”
ガチャリ
ロックが解除された音が響き渡る。蘭さんが扉をゆっくりと開く。
「……?」
誰も、いない? 部屋には見たこともない機械が並び、棚には薬品がぎっしりと詰め込まれていた。そして壁際には、人形がずらりと並べられている。
「天……これ」
愛が指をさした先には……。
「愛が壊した教頭!?」
翔さんの家に持って帰った教頭がそこにいた。ただ、壊れたままのようで動く様子はない。
「翔、どういうこと? 誰もいないわよ」
『おかしいな。確かに生体反応はあったんだが。今も……、』
ビービービービービーッ!
赤いランプと警報音が鳴り響く。
ガチャッ
背後で扉が閉まる。
……ロックされた。不穏な雰囲気に全員が辺りを警戒する。
「ばぁっ! お久しぶりの顔ぶれね」
大きな機械の影から緊張感のない声と共に現れた人物は、俺も知っている人だった。
「……会いたかったわ。すごく、ね」
蘭さんが言い終える前に、すでに虎が校長へ飛びかかっていた。床、機械、棚、踏み台にできるものは全て使い、最短で距離を詰める。メスで足の腱を薙ごうとしたが——。
校長の足がブレる。
……ホログラムだ。
虎が重心を崩し前のめりになった。
——瞬間、天井からケーブルのようなものが雷の様に虎に向かって走る。
「虎! 危ない!」
虎はケーブルを見ずに反射的に横へ飛ぶ。
——が。追尾するように虎の額へそのケーブルのようなものが突き刺さっていた。
「……ぐっ!」
一瞬、意識をなくしかけたように見えたがすぐに虎は動き出し、額に刺さったケーブルを乱暴に引っこ抜く。
「クソ。何しやがった」
「データ採取かな。あとで楽しいことに使うの」
虎は校長のホログラムに向かってメスを投げつける。ホログラムの映像が一瞬だけ乱れすぐに戻り、メスが勢いをなくし、カランッと床に落ちる音が響き渡る
「相変わらずの狂犬っぷりね。躾がなってないんじゃないかしら?」
蘭さんは目を細める。
「途中で投げ出したあんたに躾がどうのなんて言われたくないわね」
「あなたみたいに、スクラップにいつまでも情をかけるほど暇じゃないの」
蘭さんは奥歯を噛み締め、校長を睨みつける。
「そちらにいるのは、社長の娘さんね? こんにちは。嵐山葉波です」
校長が蘭さんと虎にはあまり興味を示さず、愛へ目線を向ける。
中肉中背。アイスブルーの長い髪。後ろ髪を団子でまとめているがそれでも毛量が多く腰近くまで伸びている。白衣をまとっており、ここの雰囲気にも相まって校長と言うよりは科学者の方が似合っている。目元は隈がくっきりと刻まれており、真っ白な肌は研究室のLEDに照らされ不健康そうな印象を受けた。
「……」
愛が、出方をうかがうようにじっ……と校長を見つめている。
「かわいそうに。お父さんに捨てられたんだものね」
校長は大げさに声を高くして、演技しているかのように言う。
「……っ!」
愛の深緑の瞳が揺れる。
「最後の最後まであなたのことは心配していたのよ?」
校長のホログラムが愛の目の前に移動してくる。
「でも、最後は、やっぱり……」
俯く愛の目線に無理やり入り込む。
「AWの方がいいって」
「……て……」
「あなたは悪くないのよ? 心が弱いあなたのお父さんが悪いの」
「やめ……、」
「でも、現実にいる娘を捨ててAWに逃げるなんて酷いお父さんよね」
「やめて……」
愛は力なく床へ座り込む。
「人の心って何でこんなに脆いのかしらね? あなたのお母さんが亡くなったときに少し甘言を言っただけで、こんなにも世間を巻き込むことになるなんて」
校長は座り込んだ愛に目線を合わせるようにしゃがみ込み、頬杖をつきながらにっこりと微笑んだ。
「くだらなすぎて滑稽。最高に面白い人間劇ね?」
「いい加減にしろ」
俺は血が滲むくらい拳を握り締めていた。




