第15話 苦い
※AI生成のイラストを挿絵として使用しています。
【天】
ガチャ
愛がシャワーを終えて出てきた。
「はぁ……生き返ったわ」
さっきの死んだような表情が嘘みたい晴れ晴れとした表情になっていた。
「翔さん。シャワーどうぞ」
「おー……」
重い腰を上げてシャワー室へ向かう翔さん。少しの段差でも躓きそうなくらい足が上がっていない。
「うわ。翔さんのあの顔久しぶりに見た。あれは3徹したくらい疲労がたまっている時に見せる顔よ」
こそこそと俺に耳打ちをしてくる愛。
「……天? 何かあった?」
虎との会話が引っかかって神妙な顔をしていたようで、愛に心配されてしまった。
「飯飯ー」
俺の愛の前を颯爽と駆け抜ける虎。傷を縫った直後なのに走っている。本当に痛みは感じていないようだった。
「ごめんなさいね。バタバタとして」
「蘭さん。虎、痛覚がないって本当ですか?」
蘭さんの表情が一瞬真顔になる。
「……そう。虎は痛覚がないの。だから大怪我をしても気づけない」
長い睫毛に隠された瞳が少し揺れるのが見えた。
「なんでそうなったんですか?」
「……」
蘭さんは少しだけ黙った。
「そうね。明日まとめてお話しするわね」
そういうと蘭は虎のもとへ行ってしまった。虎の前に座って、食べる姿を穏やかに見守る蘭。
愛が少し寂しそうな顔をしている。
「……蘭さんってお母さんみたいだね」
温かい思い出にふけるような、だけどもどこか寂しそうな顔をしている。俺も蘭さんの姿が姉ちゃんの姿と重なった。あと、亡くなった母さんとも。
「愛のお母さんってどんな感じだったんだ?」
「私のお母さん、かぁ」
愛は顔を少し上げて記憶の中のお母さんを思い出しているようだった。
「お父さんが仕事人間だったから、お母さんは私が寂しくないようにいつもそばにいてくれたんだよね。いて当たり前の存在だったからな」
悲しそうに笑う。
「……いざ、どんな感じだったかと聞かれてもすぐに答えられないや」
愛は困ったように笑った。俺も少し考える。姉ちゃんのことを説明しろと言われても、たぶん同じだ。今頃、どこで何をしているんだろう。今俺がこういう状況になっていると知ったらすごい心配するんだろうな。
虎は無心で飯をかき込み、蘭はそんな姿を呆れたように見ている。俺と愛は、その光景をぼんやり眺めていた。
パンを焼く香ばしい匂い。コーヒーのほろ苦い匂い。朝を連想させる匂いにつられて、俺は微睡から醒める。
「……おはようございます」
「あら、お子様の中で一番乗りね」
蘭さん、翔さん大人組がすでに起きていたようだ。蘭さんが食事を準備していて、翔さんがコーヒーを淹れている。
「ほら、顔を洗ってきなさいな」
昨日、愛が言ってたように蘭さんは本当にお母さんみたいだ。そんなことを思いながら顔を洗う。昨日起きたことがあまりにも現実から離れすぎていて、自分の頭の中に落とし込むまで時間がかかった。
まずは教頭。人形AIだった。そして校長。なぜか学校にしばらく来ていないようだった。
奏。奏もAIだ。
『AIと人間って何が違うの?』
奏の言葉が頭から離れない。考えれば考えるほど分からなくなる。人間って何だ。AIって何だ。肉体+AIは人間……? 人形+AIは……? いや、そもそも肉体を捨ててまでAWに行くというのが問題であって……? 寝ぼけていることも相まって、ぐるぐるとまとまらない思考が巡る。
あとは、蘭と虎。この二人は一体どういう考えを持って俺たちに接触してきたんだろう。アイコーポに因縁があると言ってたけど……。俺が普段使わない頭で、うーうー唸っていると愛が洗面所に入ってきた。
「遅い。使い終わったなら早く交代してよ」
寝ぐせで自慢のロングヘアーがボサボサになった愛。
「愛、おはよ」
「……おはよう」
あまり寝起きはよくないのかムスッとした顔。俺はそそくさと洗面台を後にする。
既に朝ごはんが出来上がっていた。丁度、蓮も起きてきた様子だった。
『では、本日の特別ゲスト一ノ瀬奏さんです!』
翔さんがテレビ番組をチェックしていて、朝のニュース番組に奏が出ていた。そういえば仕事だって言っていたな。昨日の出来事なんてなかったかのように平然とふるまっている。
「世界は今日も平常運転らしい」
「あれ、俺たちのことは取り上げられてない……?」
ネットニュースもチェックしたが、何も取り上げられてなかった。国民的アイドルの奏が見知らぬ男性の家で動けなくなっていたり、警察官10人が受傷して動けなくなっていたなんてことがあったから大騒ぎになっていると思ったけど。
「……揉み消されているんだろうな」
翔さんがコーヒーをすすりながら言う。
「どうしてですか?」
「アイコーポの今の一番の狙いは、AI伝いでばれないように国民をゆっくりAWへ誘致していくことだ。いちいち大事にしたくないんだろう」
なるほど……。いや、でもそうだとしたら警察とアイコーポって関りがあるってことか? 俺は今一度アイコーポの影響力の強さを実感する。
「警察までアイコーポと関係しているんですね」
「少なくとも、昨日下水道であった警察たちはアイコーポとずぶずぶの関係なんだろうな」
「警察って弱い者の味方だと思ってました」
「……大人の世界にはいろいろあるんだ」
コーヒーを飲みながら、淡々と話す翔さん。あまり翔さんと話する機会がなかったけど、愛が言うにはアイコーポの社長である愛のお父さんの右腕としてアイコーポで働いていたんだよな。それで、AWを開発した数か月後にアイコーポを辞めたって。俺が翔さんをまじまじと見ていると翔さんはふっ、と笑みをこぼす。
「……そんな熱烈な視線を浴びたら焦げてしまうが」
「あ、ご、ごめんなさい。翔さんが気になって」
「俺が気になる?」
コーヒーカップをテーブルに置いて俺の方に体を向けてくれる。
「いや、だって。社長の右腕だったんですよね。それが今回、社長がああいう風になったから……。辛いんじゃないかなって」
「辛い、とはまた違うかもしれんな。俺には辛いと感じる権利すらない。良かれと思って作り上げてきたものが、こんな結果になるなんて思ってもいなかった」
作り上げてきたものはAWや、感情を持つAIのことを指しているのだろう。
「誠一は死を乗り越えられると言っていた。それも、希望に満ち溢れた顔で。俺は、それは人間の傲慢だと言った」
「AWで死を乗り越える……ってことか」
「AWに行って仮初の幸せに浸ることが、死を乗り越えることなんておかしいだろ? 俺は昔もそう思ってたし、今もそう思っている」
力なく笑うその姿は、いつもの飄々としている翔さんらしくない姿だった。
「だけど、天と蓮。お前たちがAWで話していたことを聞いて俺は思ったんだ。あの時の誠一に必要な言葉はそんな正論じゃなかったんだ、ってな」
離れたところで蓮の方がぴくっと動くのが目に見えた。
「俺、蓮に正直な気持ちを言われて嬉しかったんです。だから翔さんも社長に正直な気持ちを伝えればきっと大丈夫だと思います」
「ははは、だといいがな」
大きな手で俺の頭を適当に撫でてくる。
「しみったれた話はこれでおしまいだ」
「……本当に社長は、全員をAWへ連れて行くつもりなんですか?」
翔さんは眉間に皺を寄せ、コーヒーを飲み切る。
「……誠一は、本気でAWが全人類にとって幸せな世界なんだと信じているんだ。幸せの押し売りっていう感じも否めないがな」
そう言うと翔さんが俺のために淹れてくれたコーヒーを差し出してくれる。
「……苦い、なぁ」
口の中にいつまでも苦味が残っていた。




