第12話 AIと人間
※AI生成のイラストを挿絵として使用しています。
【天】
結局、翔さんを呼び、車で送迎してもらった。
「無茶は程々にしてくれよ。愛ちゃんに渡したのはあくまでも護身用だからな。普通に戦闘に使われておじさん、腰を抜かせちゃったな」
「愛があそこまで一直線に行くとは思わなかったな」
「何? 天、私が助けてあげたんだから感謝しなさいよ」
ピシッ、と愛は翔さんに頭を小突かれている。
「……ごめんなさい」
バツが悪そうに俯く愛。
「僕がいない間にえらいことになってたんだな……」
合流して早々、呆れ顔の蓮。無事、教頭? を捕まえた俺たちは翔さんの家へ。翔さんが教頭の顔を乱暴に掴む。
「……生身の人間、みたいだが」
翔さんは教頭の瞼を指で開き、眼球を覗き込む。
「AIだな。これは完全に電子回路がショートしている」
CPUもこれはきっとダメになってるなぁ……と、頭をボリボリかきながらぼやく翔さん。俺は横目でじとーっと愛を見る。
「な、なによ、その目。あの場ではああするしかなかったでしょ! しかも最後に決めたの天だし!」
私は悪くないもん、と言いたそうな目で俺を見てくる。
「人形……ね」
いつも穏やかに微笑んでいる翔さんが、煙草をふかしながら無機質な表情でボソリと呟いた。
「人形……。俺の姉ちゃんと、同じ」
記憶の中の姉ちゃんを思い出す。……人間と変わりない、外観。
翔さんの煙草の煙が静かにゆらゆらと揺れていた。
蓮が指でこめかみをトントンと叩いている。
「入れ替わりAIと人形AI……。翔さんや愛がアイコーポで見たAIと生身の人間の入れ替わり……。それが出来るまでのプロセスとして、色々実験してたと言うわけか」
「色々、って……?」
蓮が思考を巡らせている。
「例えば……」
メガネを人差し指で直しながら、蓮は紺色の目を光らせる。
「人間の行動パターンや記憶を学習させる実験、とか。入れ替わりはもちろん倫理的に議論される問題だ。だから、それよりも一歩引いて、まずは人形に本物そっくりのAIを入れる実験をしていたんじゃないか?」
それでも、倫理的にグレーな問題だとは思うが。と、蓮は付け足す。
「……そう、お父さんは段階を踏んでAIに関する技術を進化させてきた。自分がAWへ逃げるために」
そんな話を聞きながら翔さんはもう一本煙草をふかせて愛の話を聞いていた。
「世間的には、ホログラムAIがまず公表されてた。その先の技術がロボット。少し複雑な動きや思考が出来る便利な機械。これも今となっては日常的に使われているわ」
「……問題はここからだな。ロボットの先、人形にAIを入れるだけで飽き足らなくなったんだ。より、本物を求めていってしまった」
翔さんは壊れた教頭に目線を落としながら静かに説明してくれる。
「そして、蓮の言う通り。人形に本物そっくりのAIを入れる実験をしていた」
重い、沈黙。
「……さらに、今回、生身の人間の意識をデータ化してハードディスクに入れ、空っぽになった生身の体にAIを入れるという技術が成功してしまった、と言うわけだ」
あまりにも規模の大きい話に俺は言葉が見つからなかった。
姉ちゃんは、人形AIだった。
じゃあ、本物の体は?
奏は?
奏は……どっち?
「……そろそろ奏が来る時間だ」
時計の針が6時50分を指している。この時刻を迎えるまで、時計の秒針の音だけがカチカチと響くような重い沈黙が部屋を支配していた。
「人気アイドルがこんなおじさんの部屋に来てくれるなんてな」
タバコの火を消す翔さん。そそくさと玄関に行き、みんなの外靴を本棚の近くに並べ始めた。よくわからない行動に俺は質問を投げかける。
「……何してるんですか? 翔さん」
「保険だ」
そう言い終えるとパソコンが置いてあるデスクの椅子に座りなおす。……保険? なんの?
ピンポーン
……インターホンが鳴る。翔さんの眉間に皺がよる。
「……いいか? 最初は出方を伺う」
こくり、とみんな無言で頷く。奏が入ってくる扉をみんなでじっと見つめていた。
「お邪魔します」
奏、だ。長らく話をしていなかった。仕事仕事で引っ張りだこだったから。連絡は何度かしてたけど。……見た目は何も変わらない。昔の、奏のまま。
「えっと……こちらの方々は?」
奏が俺に目配せする。
「あ、こちらが一条愛でこちらが花園翔さん。今回、奏に来てもらった理由がー……、」
「二人も奏のファンみたいで。どうにかして会えないかって僕たち二人に頼み込んできたんだよ」
蓮……ナイス!
「え、え?! そうなんですか。嬉しい。……でも、どうやって知り合ったの? なんか、知り合わなさそうな組み合わせだよね?」
ぐ……痛いところついてくる。
「蓮くんが職場体験でうちに来てくれてね。そこで奏ちゃんの話になって盛り上がっちゃってさ」
アイコーポで働いていた時の名刺を見せる翔さん。
「……」
奏は名刺を見て、一瞬顔を引きつらせる。……? なんか変なところあったか?
「愛ちゃん。奏ちゃんのマフラーと上着かけてあげてくれ」
「ごめんなさい、気が効かなくて。奏ちゃん。ハンガーにかけとくわ」
「私、寒がりで……。このままお話ししても良いですか?」
「奏は昔から寒がりだもんな」
「うん……。ごめんね、かえって気を使わせちゃって」
奏は両手を合わせて申し訳なさそうな表情をしている。
「そういえば今日、マネージャーが送迎してくれるんだろ? 何時くらいまで平気なんだ?」
「20時くらいかな。ごめんね。明日も仕事で……」
売れっ子は大変だな。と思いながら昔と変わりない奏とのやりとり。
でも、俺の脳裏に焼き付きているのは……。
ベランダから 逆さになって 落ちる 奏の姿。
これを、今日、聞かなくてはならない。
「そうか、あまり時間がないんだな」
翔さんはパソコンのエンターキーを静かに押す。
キイイイイイイイイイイイイイン!!!
モスキート音に似た高い音が弾ける。
「か……はっ……」
奏が床に倒れ込む。
「よくないな。よくない」
ゆっくりと奏の近くに座り込む。
「イケない子だ。盗聴器と小型無線カメラ、か」
奏は冷や汗をかきながら翔さんを見上げる。
「無駄だよ。全部無力化した。外部との通信は不可能だよ」
どうやら先ほどのつんざくような電子音は外部との通信を遮断する妨害波のようなもののようだ。あとは……奏の動きも止める効果があるようだった。
「奏……! 教えてくれ。ベランダから落ちた日、何があったんだよ……!」
奏は起き上がれない。床に這いつくばっていて、長い緑のおさげ髪のせいで表情が見えない。
「あの日から……お前がお前じゃなくなった気がして」
奏は答えない。
「ち、ちがうよな! お前はAIじゃないよな!!」
奏は答えない。
「お前は、一ノ瀬奏だよな?!」
奏は答えない。
「頼むよ……奏」
ゴツっ
電池が切れたように奏は動かなくなる。
「か、奏?」
──静寂。
ぴくりとも動かなくなった奏が心配になって、奏の体に触れようとしたその時。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
いきなり笑い出し、 いきなり静かになる。電源をオンオフしたかのように。
ぼそりと奏はつぶやく。
「……何?」
今まで聞いたことのないような沈んだ声。
「AIと人間って何が違うの?」
にこっ……。見慣れた柔らかい笑顔。
「天、私は一ノ瀬奏だよ? 助けて。力が入らないの」
「……!」
「みんなが虐める。助けて、助けて? ……助けてよ」
光を失った虚ろな目で俺を見つめる。
……俺は、何も言えなかった。
外からいくつものサイレンの音が聞こえる。それはどんどんと大きな音になってきた。窓から外を見ると警察車両がたくさん止まっている。
「出てきなさい! 人質を解放しなさい!!」
「ちっ……! 潮時だ! 一旦引くぞ!」
翔さんはノートパソコンと懐中電灯をもって、本棚をずらし始める。するとそこには通路のようなものが隠れていた。
「ほら、ここから逃げるぞ! 少し汚いところに繋がってるから靴履くように!」
保険ってこのことだったのか!
「ああもう! めちゃくちゃよ!」
愛が通路へ向かう。
「今はこうするしかないか……!」
蓮も足早に通路へ向かう。
「……奏」
奏なのかそうではないのか今は確証を持てないけど。
「絶対、なんとかするから」
「おしゃべりしてる暇はない! 行くぞ!」
翔さんに押されるような形で秘密の通路へ押し込まれる。 俺は、奏の姿が見えなくなるまでガラス玉の生気のない奏の目を見つめていた。
【???】
「どこにもいませんね。奏さんは横たわっていますが」
「あら、教頭こんなところにいたのね。奏ちゃんと一緒に回収して」
「了解しました。おい! お前ら、ここの家の主を探せ!」
「奏ちゃん生きてるのねー。相変わらず、翔は優男ですこと。そんなだから、私に技術を盗られちゃったりするのよねー」




