第9話 あたたかい食事
三時間ほどと想定していた夜間の探索だが、想定以上に振るわない結果となった。
――いや、この場合、つまりそれは「脅威が見当たらない」という事なので、良い事ではあるのだが。
完全に、沈黙した町である。
拠点にした施設の、半径五百メートル圏内を探索し終えて得た結論は、それだった。
どこまで行っても瓦礫ばかりで、人の気配が無い。これがありがたいのか、そうではないのか。判断に困るところだが……まだ不安定な今は、ありがたいと言っていいだろう。
結局、一時間ほど探索をして、これ以上の成果は無さそうだと感じたために、引き上げることにした。
拠点に戻り部屋に入ると、リグレットはまだ寝ている。もう少し寝かせておこう。
――ふと、少しの不安を感じ、リグレットの寝顔を確認してみるが……穏やかであった。
これで息が荒かったり、うなされているようであれば、魔力補給の頻度や程度も考えなくては……と、思ったが、この程度であれば、それほど負担ではないのだろうか? これに関しては本人の感覚次第であるため、確認も難しい。その上リグレットに、正確に言葉で伝えてもらうことも難しいだろう。
それから私は、この施設自体の探索も済ませておこうと思い、部屋を出た。崩壊しているとはいえ、瓦礫の隙間には、確かに色々と転がっているようだ。
それらを軽く確認し、使えそうなものを見繕ってから、リグレットの眠る部屋に戻る。
そして今度こそ、エネルギー消費を抑えるため、外からの刺激ですぐに起きることができる、『待機状態』に移行。
――――待機状態に移行してから、一時間と、少し経って。
リグレットが起きたようなので、私も各種感覚ユニットを起動し、起きる。
「おはようございます、リグレット」
「んー……。おはよー、エフ……」
ぼーっとした半開きの目で、それでも私の方を見ながら、リグレットは挨拶を返してきた。
「食事にしようと思うのですが、お腹は空いていますか?」
「ん……! すいてる……」
体を伸ばして、眠気を振り払っているリグレット見てから、私は調理の準備に入るべく、行動を開始した。
そして、少し時間が経って。できあがった食事を、施設の探索で見つけていた食器類に移し、リグレットの前に並べる。食器類はもちろん、洗浄済みだ。……本当に、軽く洗っただけだが。
「エフ、すごい!」
リグレットは、少し興奮している。――ただし、別に豪勢な料理が目の前にあるわけではない。
料理は――なんなら、料理と言うのもおこがましいほどであるが――必要最低限の、極めて質素なものである。
リグレットの興奮の原因は何かと言うと、先ほど調理に必要な湯を沸かすために、ほんの少しだけ、私の『兵器』としての機能を使用したのだ。
右手の、人差し指の先端を変形させ、そこからごく小規模な火炎放射。その様子を見ていたリグレットが「まほーみたい!」と大騒ぎして、その興奮をいまだに引きずっている。そういうわけであった。
「……リグレット、落ち着いてください。これは貴重な食料ですから、よく味わって食べるように」
「はーい!」
素直な返事を返すリグレットであったが、なかなか食事に手を付けない。
「……どうしました?」
「えっと……エフは食べないの?」
「そうですね。私に食事機能は付いていないので」
少しくらい体内に異物が入った程度で壊れはしないが、食品を食べても、それがエネルギーになることはない。私のエネルギーになるのは、魔力だけだ。
貴重な食料を無駄に私の体内で腐敗させるくらいなら、リグレットの食事にするべきだ。……それに、私には排泄の機能も無いので、技術者にメンテナンスをしてもらわない限り、その腐敗物を取り除くことができなくなってしまう。
――と、言うのが合理的な判断ではあるが、人間が親しき人々と食事を共にすると言う文化は、理解しているし、尊重したいとも思う。その食事の時間、空間を共有することに意味があるのだろう。
しかし、体内に入れた食品を取り出すことができないというのは、致命的な問題である。これが解決できない今は、やはり食事を共にすることはできない。
――――どうすれば、リグレットに納得してもらえるだろうか……。
「私にとっては、リグレットに魔力を貰うこと。あれが食事なのです。ですから……そうですね、状況としては……すみません、私だけ先にご飯を食べてしまった……と、言ったところでしょうか?」
「……そっかぁ」
残念そうではあるが、今の説明で納得してくれたようだ。
「……あっ! じゃあ、リグがまりょくを、エフにあげながら――」
……たしかに、私とリグレットの二人で食事の時間と空間を共有するのであれば、そうなるが……。
「……リグレット? もう一度言いますが、貴重な食料です。ご飯の時は、ご飯を食べることに集中してください」
「……エフ、ママとおんなじこといってる……」
リグレットの食事が、おろそかになるのは避けたい。
咀嚼の回数が多ければ消化吸収の助けになるし、満足感も得やすい。加えて早食いにならないので、その点で言っても、さらに満足感に寄与する形になる。
……それに、なんだかリグレットの教育にも悪い気がする。
こんな世界で食事のマナーなど、気にするだけ無駄というものだが……まあ、積極的に行儀を悪くする必要もないだろう。
「食事は大切です。さあ、どうぞ」
「はーい……。いただきます!」
拙い手つきでスプーンを操りながら、今日のメニューである、おかゆと、茹でた芋を、リグレットが食していく。
調理自体は問題無いはずだ。野営の多い兵器型人造人間の、標準機能として。簡易的な調理技術――もちろん、自分たちが食べるためではなく、人間の兵士の食事の準備を手伝うためだ――は備わっている。
ただ問題は――調味料と言えるものが、塩しか見つからなかった。
私自身に食事機能が無いので、『味』という概念を、人間と同じ感度で語るのは難しい。もちろん、それ専門の人造人間であればその限りではないのだが、戦場で生きる兵器型の人造人間にとって、「味にうるさい」と言うのは、最も縁遠い機能かもしれない。
だが、人間にとって――食事、味というのは、どんな時、どんな場所に居ても、それなりに譲れないものであるようだ。それは例え厳しい訓練を受けた兵士たちであっても、同じである。戦闘食は様々に豊かであり、その味が、かなり露骨に、士気に影響する。
時には、本気で奪い合いが起こる。厳格な規則として、食事に関する決まり事がある場合も、珍しい話ではない。
……今回は、素材も調味料も限られている。今回どころか、少なくともあと数日は、この食事で我慢してもらうしかないのだが……。
私は少し不安を抱きながら、リグレットの様子を伺う。今のところ意外にも、不満もなく、黙々と食べ進めているようだが……。
「……どうですか、リグレット」
不満が無いのであればいいのだが、食というのは人間にとって、欠かせない要素であるという事は理解している。もし何かあるのであれば、言ってくれた方がありがたい。必ずしも寄り添える状況ではないが、それでも、改善の方向性の参考にはなる。
「おいしいよ!」
「……塩味でしかないと思うのですが」
美味しいと言うのは、優れた味に対して使う表現だ。保存性が高いことが取り柄である食材に塩をかけただけの食事に対して、言う言葉ではないと思う。
「あったかいから!」
リグレットはそう言って、ふーふーと冷ましながら、おかゆを口に運んでいた。
……温かさ。できたてが料理の良さに関わると言うのは、知っている。
私はリグレットが、私と合流する前に食べていた食事の残骸――今はローテーブルから降ろして、ゴミとして、部屋の隅にまとめられている、簡易食の包装紙を見る。
携帯性と、様々な条件下での保存に優れた、乾燥した、ブロック状の簡易食。栄養素も一通り網羅しており、優れた食品だと言える。
だが人間にとって、ここで必ずしも、簡易食の方が優れているとはならない。その非合理的なところが人間であるというのは、私も理解できる。質素でも、できたてが美味しいのだろう。そう言えば、温かい食事、汁物などは、食事の満足感を上げると聞いたことがある。
「エフ、つくってくれて、ありがと!」
動かしていたスプーンを止めて、顔をこちらに向けて、リグレットは満面の笑みでそう付け加えた。
「……そうですか」
唐突な言葉に、適切な返答も思いつかず、曖昧に言葉を返し、思考する。
……食事の改善は必須だろう。素材は限られているし、凝った調理の知識も無いが。それでもやはり、ずっとこれではリグレットも辛いはずだ。何より、栄養も偏ってしまう。
錠剤タイプの栄養サプリなどがあれば楽だが、保存ができて、軽量で場所も取らず、栄養面も完璧とあれば。当然、最優先で、全て持ち出されているに決まっている。
今日明日すぐにでも――とはいかないのがもどかしいが、数日は我慢してもらうとして。
探索に備えた、確保する物資の優先順位を整理しながら、私はリグレットが食事をする様子を眺めていた。




