第10話 リグレットの宝物
食事を終えたリグレットが、「エフもごはんたべて!」と言うので、その言葉に甘えて、また少しだけ魔力の補給をしてもらった。
お腹が満たされたのと、魔力補給の疲労が合わさった結果、再び眠ったリグレットを見ながら、私は考える。
夜の探索は効率が悪そうであるから、避ける。それを踏まえて生活スケジュールを立てるとするなら。
朝――リグレットの起床と、朝食。私の魔力補給。
昼――リグレットは待機し、私は探索に出る。
夕方――探索から帰還し、リグレットの夕食と、探索結果の共有、整理。
夜――魔力補給の後、リグレット就寝。探索効率の観点から、夜は私も待機し、エネルギーを温存。
――ひとまず、こんな感じだろうか。
それで言うと、今の時間は深夜と言ったところだ。
色々と慌ただしい一日であったため、少しリグレットの就寝時間が遅くなってしまったが……昼夜逆転と言うほどではないので、明日から問題無く、この生活スケジュールに合わせられそうだ。
……まあ、まだ私のエネルギーの回復が追いついていないので、昼の探索はできないのだが。
あと二、三日は私も探索に出ることはなく、リグレットとここで、消耗しないように過ごすことになるだろう。
――改めて、水の消費スピードから考えるリミットは、七日。
今日と、あと三日はエネルギーの回復に充てるとして。すると、実質的な探索可能時間は、残り三日という事になる。
現時点では効率の観点から、昼を主な探索時間。夜は待機としているが、改めて整理してみると、三日間の昼のみというのは、時間が少なすぎるだろうか?
正直、精神的な意味では――夜の探索は、昼よりもやりやすいと言うのはある。
昼間の探索で不安なのは、リグレットを一人にしてしまうことだ。
――この不安が一番大きい。なぜなら、当たり前のことだが、リグレットのそばにいなければ、リグレットを守れないからだ。
私にとっては対処なんて造作もないことでも、リグレットにとっては致命的なこと。
幼くか弱い幼女と、超兵器である私なのだから、そんな例はいくらでもあるだろう。
物理的に私とリグレットが離れていれば、いくらなんでも守ることができない。それどころか、気づくことすらできず、気づいた頃には手遅れ。その時は本当にあっさりと、そうなってしまうだろう。
――あの瓦礫の山の件でリグレットは落ち込んだのか、食糧保管庫探索の時は、私との約束を守ってくれた。たとえ気になる事が起きても、この部屋から出ないで待機していてくれた。
だが、まだ安心はできない。――別に、リグレットを信用していないわけではないのだが、リグレットにも悪気がない形で……すれ違いのような形で、例えば外に出てしまうとか、怪我をしてしまうとか。リグレットの自己判断能力はまだまだ成長途中であることを考えると、そんな悲劇が起こる可能性はそう低くない。リグレット自身の話なので、このあたりは完全に、私では制御不能な部分だ。
――エネルギー補給をした後の睡眠。
……言い方は悪いが、これは唯一、そんなリグレットの行動を管理するのに使えるかもしれない手段だ。
今も眠っているリグレットに意識を向けるが、本当によく眠っており、そう簡単には起きないだろうと思われる。
この深い睡眠状態なら、自発的に何かをするという状況は起こらない。つまりこうしてリグレットが眠ってくれたら、私は今現在のリグレットの動向を、それほど気にせずに動けるというわけだ。
昼間はリグレットのことを気にかける必要があるため、夕方には戻らないといけない。探索時間で言えば三時間、長くても――五時間ほどだろう。それが夜を丸々使うとなれば、リグレットの睡眠時間からも考えて、十時間近くは探索に専念できる可能性がある。これはかなり、結果にも期待ができるだろう。
もちろん、リグレット自身に起因しない、外部の何かに巻き込まれるという状況はありえる。その場合、夜の探索に出るというのは、より目を離す時間が長くなるということで、デメリットも大きくなる。――その可能性を減らすためにも周辺の脅威の確認を行い、近くに敵対存在はいなさそうだという結論になったわけだが、この結論も、やはりまだ安心材料にするには、確度が足りない。
――思考停止。再起動。
……ここは、割り切るしかないだろう。「目を離している間に、何かに巻き込まれるかもしれない」という不安は、昼だろうと夜だろうと、付きまとう問題だ。だからと言って連れ歩くと言うのも、外は外で危険であるため望ましくない。それに、私単独で動く方が、圧倒的に探索可能範囲も広いし、探索スピードも早い。
夜も丸々と使うなら、その分消費エネルギーは増える。だが、とにかく水の確保に切羽詰まった三日間だ。……やはり、この三日間だけは特別対応として、夜の探索に出た方がいい。
もちろんそんなつもりはないし、必ず打開してみせるが、客観的に見ると現状は、長期生存に絶望的な状況である。まずはここから抜け出す必要があるのだから、一つ覚悟を決めて、それ相応のリスクを通すのは当然のことだ。
たくわえもないのに安全重視では、緩やかに困窮していくのみである。生存を諦め、最期を彩る方向に舵を切るならそれも良いが、まだ諦めるつもりはない。
思考が一段落したところで、これ以上することも思いつかないため、私も待機状態に入ることにした。
*****
――翌朝、私とリグレットは、施設の外に出ていた。
目が覚めたリグレットに聞いたところ、それほどお腹は空いていないとのことであったので、ひとまず水だけ飲ませて、魔力の補給を行った。
それから、ここに居ても退屈だと、少し外に出ることにしたのだ。
――徹底するのであれば、リグレットには我慢してもらい、ただじっと部屋で過ごすのが、私のエネルギー回復に繋がるのだが……流石にそれは、合理主義過ぎるだろう。
そんな私の事情にリグレットを付き合わせるのも悪いし、かと言って、好きに出歩いてこいと放っておくわけにもいかない。
実際、少女型の素体相応の、穏やかな歩行であれば、エネルギー消費は極めて少ないのだ。今のエネルギー残量であれば、気にする必要がない量と言えるだろう。
――それに私も、外は嫌いではない。狭苦しい室内に籠っているよりも、広い世界を歩いていた方が、気分が良い。
………と、言えば清々しいが、これは兵器として、より広い範囲に破壊をもたらすための強化学習の賜物である可能性も――思考停止。再起動。…………我ながら、今のは流石に、情緒のかけらもないと反省する。
そんな馬鹿な思考をさっさと振り払い、私と手を繋ぎ、隣を歩いているリグレットの様子を確認する。
リグレットの様子はと言うと、昨日はただ黙々と――正確に言えば、一人遊びに興じながらであったが――歩いていたのと打って変わって。今日はことあるごとに「ねぇ、エフ!」「あっ、エフ!」と、とにかく話しかけてくる。なので私はそれに、適切に対応する。
私たち二人は、散歩をしていた。探索でもない、散歩である。
施設前にあった、崩壊した公園。これが非常に、ちょうどよかったのだ。ゆっくり歩いて、一周二十分ほど。瓦礫も少ないので、比較的安全。しかも、拠点から近い。軽い運動目的の散歩をこなす場所として、これ以上ないほど適している。
運が良い……と言うより、今の拠点が、元は幼い子供を受け入れる施設であったことを思うと――ここに大きな公園があるのは、偶然ではないのかもしれない。
散歩で一周を終えて、それでもリグレットの元気は有り余っているようで。元気よく二週目に突入し、少し歩いてから。
「あっ!」
大きな声を上げて、リグレットが立ち止まる。
「どうしました?」
これまでのはしゃいだ様子とは、違う雰囲気を感じ、少し身構える。……だが、その顔は困り事と言うより、笑みが浮かんでおり――。
「リグね? エフにみせたいのがあった!」
そう言って、リグレットは自身の肩から下げていた、薄汚れた茶色の、野暮ったいショルダーバックに手を突っ込む。
このバックは、リグレットが寝泊まりしていたあの部屋にあった物だ。リグレットに聞いたところ、地上の部屋で見つけ、中に簡易食と水のボトル――私が部屋に入った段階で、ローテーブルの上に散乱していたあれらのことだ――が入っていたらしい。いわゆる防災バック、避難バックと呼ばれるようなものだったのだろう。
中身が空になったそのバックは今、リグレットの私物入れとして使っているという話だったが――。
「ほんとはね? きのうのごはんのあと、みせたかったの! でも、リグ、ねちゃったから……」
ガチャガチャとかき回すように、リグレットは手を動かしている。
そしてグッと、肘まで入れるように、バックの底にまで手を伸ばして、引き上げて。
リグレットのその手には、一つの、小さくて薄い、紙のような物が握られていた。
「これ、ママのしゃしん!」
元気よく言われたその言葉に、思わず、目を背けそうになる。
だが、こらえて。
私は、その写真に目を向けた。




