第7話 目標設定2
――さて、目を背けるわけにもいかないだろう。
この町が、ここまで崩壊している理由。私はエネルギー切れで、敵国の町で眠っていた。周辺は瓦礫の山ばかりであり、私自身には一切の傷がついていない。
――これが、何を意味するか。
――――兵器である私が敵国ですることなど、破壊以外に何があるだろうか?
初めは、リグレットを幼女型の人造人間だと警戒した。激しく撃ち合い躱し合い、その戦闘の余波でこうなったのだと予想した。
だが、リグレットは人造人間ではなく、ただ巻き込まれた一般市民であった。
――私の記憶媒体に保存されている、数多の戦闘記録。当然、エネギリアとの戦いを記録したものも、数多く存在する。
リグレットが母親と別れることになったのも。
満足いく量の食事が出なくなったのも。
外出を禁じられたのも。
――その全ての原因を辿っていけば、そこに私の影がある。
……私は、戦局に大きな影響を与える『超兵器』である。それ一つで容易く戦況をひっくり返し、相手に手立てが無ければ、必ず相打ち以上の結果をもたらす、『超兵器』である。
私は超兵器として、激しくエネギリアを追い詰め、侵攻を成し遂げ、堂々と休眠状態という隙を晒しても問題無いほど――全てを、破壊してしまったのではないか?
……現状、その記憶は無いのだから、分からないことだ。だが、仮に私の戦闘服分を含めた最大容量のエネルギーが、完全に空になるまで暴れたのだとしたら。
――エネギリアが完全に機能を停止していても、不思議はない。
しかもそれなら、敵地で休眠状態になるというリスクのある作戦も、一応は納得できてしまう。敵を全て破壊してしまえば、私の回収にリスクなど無いのだから。
私は兵器で、それが存在理由である。
これで後悔だとか、自己否定だとか、そういった気持ちは起こらない。自分を激しく疑い、責め立てるその行為は人造人間にとって、非常に危険であるのだから。よっぽどのことがない限り、それは起こらない。
戦闘で敵を破壊し、敵国を追い詰め、自国に勝利をもたらす。それだけが私の存在意義だ。これを否定してしまってはいよいよ、私は所属も存在意義も失って、自己が崩壊するだろう。
――思考停止。再起動。
……分からない事ばかりだ。だが、私が一切の無関係とは思えない。それだけは、確実に言える。
長い旅の末、記憶を取り戻したその時。私とリグレットの関係は、どうしようもなく残酷なものになるかもしれない。だが……それでも、私は、記憶を取り戻す必要がある。
何があったのか。何をしたのか。何をするべきなのか。
私は、何者であるのか。
これらが曖昧なままでは、人造人間は生きられない。
これらを生きながら探し、その曖昧さすら、生きる醍醐味の一つである人間と違って、人造人間は生まれたその瞬間から、明確に役割が決まっている。それ以外の生き方はできず、求められておらず、人造人間自身も望まない。ただ、自分はそうあるべきだと思うのみである。
――さて、リグレットの母親を探すと言うのは、達成できるかという事を考えなければ、目標として色々と適している。
仮にリグレットが、母親が来るまでこの町で待つと言い出せば、私はそれに従うしかない。なぜならリグレットが居なければ、私は動くことができないのだから。
だが、母親を探すのであれば必然的に、あちこちへと移動をすることになる。それは情報収集を行いたい私の目標とも合致する。それに、リグレットの興味を広めると言う意味でも、この町に留まらずに移動をしたいとは考えていた。
……達成できないかもしれないと言うのが、大問題ではあるのだが。
「……では、改めて。今後の目標を整理しましょうか」
なんにせよ、私は、『記憶を取り戻す』。リグレットは、『母親を探す』。目的地は、『エネギリアの首都』。それぞれの目標と、この旅自体の目的地。それが決まった。問題はあるが、世の中、大抵そうであるように、まず行動を起こし、適宜調整をしていくのが一番だろう。
今後の計画としては、まず、しばらくは、私の回復に専念。その間に消費する物資は、この施設に残されていたものを使用する。
少し私が動けるようになったら、この施設の外の探索をし、物資と情報を集める。
私のエネルギー、物資、ともに余裕ができたら、町を転々とし、そこでリグレットの母親探し、物資調達、情報収集をこなす。
それで、エネギリアの首都に着いたとき。――そこが、旅の終わりだ。どういう形になるかは分からないが、私とリグレットの旅に、絶対的な終わりが来ることだろう。
それまで私は、リグレットを守り続けよう。
――流石にそろそろ、自分の所属が不明瞭なのも、落ち着かない。だが、こうして目標が合致したおかげで、ようやく自身の存在を定義できる。
――人造人間にとって、所属は大切だ。『私』を形作るものとして、絶対に必要な要素だ。
私は、私の記憶を取り戻すその時まで、リグレットを守る。
リグレットの存在は、私が目標を達成するのに必要であり、この兵器の体は、リグレットを守るのに、十分な力を有している。
……定義するにあたって、不合理な点はない。守るという目的と、そのための、兵器という手段。筋は通っているだろう。
改めて、そして明確に。今の自分の存在意義を定義する。
私は『記憶を取り戻す』という、目標を達成するために、この終末世界のあらゆる脅威からリグレットを守る。それが役割であり、私が今ここに存在している理由である。
――そう、定義する。これからは、それが基準になる。私のこれからの行動指針は全て、『別れるその時まで、リグレットを守る』。それを基準にして、物事を判断し、行動を起こす。
……これで、リグレットと別れるまでは、判断に迷うことがない。自分の存在意義を、疑うこともない。――リグレットを守るためには、今どう動くべきか? と、全ての思考がそこに集約され、常に最善を尽くす。人造人間とは、私とは、そう言う存在であるのだから。
「――――では、リグレット。よろしくお願いしますね」
「……うん!」
私の差し出した手を、リグレットは両手で掴み、ぎゅっと握った。
……そう言えば、ひとまずの友好関係が確定したわけだが……リグレットは愛称で呼ばれたがっていた。
「……リグレット。早速ですが、魔力の補給をお願いしてもよいでしょうか?」
……ただ、一度拒否しておいて、今さら急に「リグ」などと、呼び方を変えるのも変かもしれない。リグレットももう、それほど気にしていないようであるし。
「うん! エフがはやくげんきになるよーに、リグもがんばる!」
張りきった声を上げて、リグレットが抱き着いてくる。
……呼び方はともかく。この補給の時間も、私は、いつも直立不動を維持し、されるがままだった。だが、協力関係が決まった今、私も歩み寄る姿勢を見せるべきだろう。
私は自分の腕を、リグレットの背中側に回し、腰のあたりを支える。姿勢が安定したところで、私は腰を引いて、膝を曲げて――。
「……わっ! ……えへへ」
リグレットを抱き上げた。
嬉しそうに笑うリグレットを抱きかかえたまま、移動し、ベッドに腰を下ろす。
リグレットの尻を、私の膝の上に安定させて、リグレットが倒れないように、背中側から腕で支える。
……合っているのだろうか、これで。
もちろんこんなことをした経験も、された経験も無い。私の中に蓄積されている知識の中から、最適だろうと判断できる行動を選択し、実行しただけなのだが……。
――リグレットは喜んでいるようだし、まあ、いいだろう。
それからしばらくの間。たわいない会話に興じながら、リグレットの疲労感が出るまで、私の魔力の補給を続けた。




