第4話 エフとリグレット2
私たちは特に会話も無いまま、黙々と歩く。
――いや、リグレットは、黙々と言った様子ではない。
小石を蹴りながら歩いたり、「わー」とか「あっ」とか、呑気に、あちこちに顔を動かし……これで周りが瓦礫の山ばかりでなければ、まるでお散歩でもしているかのように、楽しそうに歩いている。
対して私はと言うと、そんなリグレットに構う必要もないので、周辺の観察をしたり、状況の整理や、今後の展望を考えていた。
……構う必要がないとは言ったが、この様子では放っておくと、リグレットはどこかに行ってしまいそうな雰囲気がある。手だけは離さないよう、それだけは、意識の片隅に置いておくとしよう。
その調子でさらに数分ほど歩いたところで、突然、リグレットの声が私に向けられた。
「ねっ! ねっ! エフ! あれみて!」
リグレットが急に、グイグイと、私の手を引く。
私は思考を中断し、リグレットが指を指す方向を見ると……それは元々、かなり立派な建物だったのだろう。他の建物の残骸とは、比べものにならない、凄まじく大きな瓦礫の山が見えた。
「あれね? のぼると、すごいんだよ!」
「……の、上ったのですか? ……いつ?」
「えっ……? う、うん。えっと……エフとあう……まえに」
……些細な刺激でも、瓦礫が崩れる危険はある。また、自分自身がバランスを崩して落下、隙間にでも落ちようものなら、リグレット一人での脱出は不可能だ。――――などとは、考えないのだろうか? ……いや、考えないから上ったのだろうが……。
「……で、でも! いちばんうえには、いってないよ?」
「そういう問題ではないのですが……」
どこかズレたリグレットの反論に、なんと返していいか困る。
「たかいと、たのしいよ! リグね、たかいところ、すき!」
「……あとでいくらでも、高い所に連れて行ってあげます。だから、どうか勝手な行動はしないでください」
「うん! わかった!」
元気な返事に不安を感じつつ、私は少し力を込めて、リグレットの手を握り直す。子供は自由奔放であると言うのは、知識として知っている。だが……目の当たりにすると、「なぜ?」と思わずにはいられない。少しでも目を離すと、すぐにでも危険な目に会う……いや、会いに行っているようだ。
――旧世代の機械じゃあるまいし、私はそう簡単には、「人間ノ思考ハ、理解デキマセン」だなんて、いかにも古風なロボット然とした思考回路にはならない。
人造『人間』であるから、柔軟に思考し、非合理的な事であっても、その人間の立場や感情を考慮することは、できるつもりだ。
……だが、こういった生命に関わる危険については、理解に苦しむこともある。戦場でも、非合理的な死というのは、多く見てきた。人間は、死ねば全てが終わりだと言うのに、彼らの中ではどんな得心がいって……。
――いや、それこそが彼らの、『自分が自分である証明』だったのだろうと、数々の事例を見てきて、少しは理解できるようになったつもりではあるが。
……思考が逸れたが、ともかく。リグレットのこの自由奔放さについては、注意が必要だ。正直、リグレットが、何をしようとしているのか。その完璧な行動の予測など、立てられる気がしない。
リグレットは思いついた事の危険を評価せず、行動に移してしまうようだ。私が注意深く観察しておく必要があるだろう。
――そんなリグレットを、この過酷でしかない世界で。活動エネルギーが枯渇している私が守ることなど、できるのだろうか?
一瞬、そんな懸念が顔を出す。
……リグレットを守れないと言うことは、同時に、私の死を意味する。たまたま魔力持ちの人間が通りかかって起こしてくれる奇跡など、もう二度と起こらないだろう。だから――守るしかないのだ。
一人、密かに決意を固める私の心の内を、知ってか知らずか。リグレットは私に応えるように手を握り返してきて、無邪気に笑った。
*****
そんな少しの騒ぎもありつつ、のんびりと歩き、二十分ほどだろうか。
「えっと、えっとね……」
リグレットが、すこし震える声で、言葉を発する。
「リグレット……私の移動記録によれば、ここは先ほど通りましたが?」
「……どうしよう、リグ、わかんなくなっちゃった……」
さっきまで楽しそうにしていたのが、嘘のように、リグレットは、一気に泣きそうな顔になる。
「落ち着いてください」
普通の町であれば、建物が目印になる。周りの人間に、道を教えてもらうことだってできるだろう。
だが、どこを見ても同じような瓦礫ばかりで、人の姿もない。これではリグレットでなくとも、道を覚えるのが難しいだろう。そもそも、リグレット自身もこの町で生まれ育ったわけではないようだし、戦争の進行とともに、外出も禁じられていたというのだから、なおさらだ。
「そうですね……何か近くに、目印になる物はありませんでしたか?」
例えば先ほどのような、非常に大きな瓦礫の山など。そういった何かが、リグレットの記憶に残っているといいのだが……。
「えーっとねー? んー…………あっ! ちかくにね? おっきいこうえんがあった!」
公園……であれば、上から探せば見つかるだろうか? 公園内には建物が少ないはずなので、瓦礫も少ないだろう。木々……は生き残っているか怪しいが、地面が土であるなど、少しは周りと違う雰囲気があるはずだ。
私は自身の、エネルギー残量を確認する。――穏やかな歩行と、会話のみしか行っていないおかげだろう。先ほどリグレットに補給をしてもらった量から、ほとんど減っていない。この基礎エネルギー消費の少なさは、少女型のメリットの一つだ。
――これなら、できるだろう。
「いいですか、リグレット。必ず、ここから動かないでくださいね」
「えっ? う、うん……」
私はリグレットの手を放し、周囲を見回す。
仮に衝撃で倒壊しても、ここまで瓦礫が来ないような、離れた位置の、手頃な瓦礫の山を探す。安定していそうであれば、なお良い。
ちょうどいい具合の物を見つけたら、その瓦礫の山に近づき――私は、大きく跳躍する。
この程度であれば飛行と違って、一瞬だけ出力を大きくすればいいので、低エネルギーで済む。
瓦礫の山の頂上を目標位置として、なるべく衝撃を伝えないように。空中で着地位置を調整。自身の体勢も整える。――これも、少女型のメリットの一つだ。この体はとにかく、器用に、細かく動ける。
人造人間型兵器が開発され始めた初期の頃は、かなり面白い時代であったらしい。腕が六本ついているような個体や、巨人型という、何十メートルの個体。各国が様々な型を試し、戦場は賑やかな光景だったという。
だが次第に、耐久力の高い素材が開発されて、その素材を使った小型化、軽量化が進んだ。今、兵器として運用する人造人間の型として、最も一般的なのは、『少女型』か、『青年型』。この二種に落ち着いている。
エネルギーの出力次第で、身体能力は青天井であるため、この二種にそれほど戦力差はない。だが、強いて言うなら素体の大きさの関係で、青年型の方がより多くの武器や、大型で強力な武器を搭載できると言うのがある。だが少女型の方が小柄で、回避性能が高く、戦争は必ずしも破壊力だけが必要と言うわけではないから――……と、この話題は研究者の間でも議論が尽きず、結果、この二種をどちらも採用している国が多い。
……ちなみに『少年』ではなく、『少女』である理由は、民間人に紛れる場合、少女である方が警戒されにくいと言うのが、理由とされている…………の、だが。噂では、単に開発者の趣味だとか、どうしても兵士は男性の割合が高くなりがちなので、彼らの士気向上――男性兵士の士気向上と言っても、必ずしも、性的な意味を含むわけではない。少女型の場合、幼気な姿による癒しや、庇護欲などの狙いが強いと言う噂だ――のためだとか……。
噂であるため、真偽は定かではないが……私としては、そういった面も、あるだろうとは思っている。「くだらない」と一蹴する意見もあるが、戦場という極限の環境だからこそ、単純な要素が寄与する部分が大きいと、私は思うのだ。
結局のところ、いくら科学が発展しても、ジンクスなどの非科学的な物は、根強く人間たちの文化の中に残っている。身近な例で言えば兵士の間でも、「家族が出てくる夢を見ると、次の作戦中に死ぬらしい」とか、「刹那主義に染まり、借金が増えると、なぜか死なない」とか、何の根拠も無いはずであるのに、噂話は絶えないし、一定の信仰を集める。
どうしようもない、全てが限界の、極限の状況の時、最後に残るのは、根性、精神力である。それを思うと、なるほど確かに、兵士の士気を上げるためという俗っぽい理由も、理にかなっているような気がする。……もちろん、私がそう言った面で貢献できたかどうかなどは知らないし、積極的に好かれようと動いたわけでもないのだが。
……さて、少し余計なことを考えつつ着地をしたが、足場の瓦礫が揺れることはなかった。着地の姿勢で少し待機して、瓦礫の山全体としても、崩れる気配がないことを確認する。
それから私は、瓦礫の山の頂点から、今度は空に向かって。静かに、大きく跳躍する。
眼下に広がる光景をぐるりと見まわし、瞬間記録で記憶媒体に保存。
それが終われば、今度は真下の地面を注視して。瓦礫の山の頂点ではなく、瓦礫の無い地面に着地をするよう、落下位置を調整する。
最後に着地の瞬間、一瞬だけジェットパックを起動し、ほどほどに勢いを殺して、地面に着地。
着地後は転がるように瓦礫の山から距離を取るが、幸い、崩れるようなことはなく、その場は静寂に包まれたままであった。
「――エフ、すごい!」
……その静寂は一瞬で消え、リグレットが叫びながら走り寄ってくる。
「動かないようにと言ったはずですが……」
「あっ……ご、ごめんなさい」
飛びつくように抱き着いてきたリグレットの、頭頂部を見下ろしながら。私が言葉を発すると、リグレットは慌てて離れて、興奮した様子から、一気に冷め、顔がまた泣きそうになる。
「いえ……まあ、いいです」
これで瓦礫の山が崩壊していれば、危うい状況であったが……今回は問題無かった。結果論ではあるが、今回はよかったのだから、それでいいだろう。
「……ごめんなさい。で、でも、ほんとに、すごい……って、おもって……それで……」
リグレットはそう言って、下を向いた。
――いくらなんでも、今のリグレットに対して、これ以上の追及を重ねるのは、あまりに大人気ないように思う。コミュニケーションが専門分野でない私ですら、リグレットが激しく落ち込んでいることが分かる。
むしろ、何か慰めの言葉をかけてやるべきかとも思うが……残念ながら、コミュニケーションが専門分野でない弊害として、そう言った機知も持ち合わせていない。
それに、あまりのんびりしている時間はない。ジェットパックによる消耗が、かなり激しい。
……あの高さからの勢いを殺す噴射となると、仕方がないだろう。ギリギリ足りる想定ではあったが、本当にギリギリだ。私のエネルギー残量は、一気に一パーセントを下回っている。
よって、すぐにでも拠点に身を落ち着けて、リグレットから魔力の補給を得る必要がある。
私はまだ落ち込んでいるリグレットの手を取って、先ほど確認した上空からの視覚情報を頼りに、公園らしきものが見えた方向へと歩き出す。
「こちらの方向に、公園らしきものが見えました。今からは、そちらに向かいます。……リグレットが記憶しているものと同じかどうか、確認をお願いしてもいいですか?」
「う、うん! 任せて!」
今度は私がリグレットの手を引いて先導し、私たちは、目的地へと向けて歩き出した。




