ep.2 普通が終わる日
「私が山菜を、ティアーナは薬草を探してちょうだい」
「うん!」
そう元気よく返事したティアーナは、薬草を採取しながらリゼッタが山菜を採取している家の方へと帰っていた。
「あれ?おかしいな、ここら辺で山菜を取っていると思ったのに」
いつも山菜を採取している所にリゼッタがいない。
(何か嫌な予感がする)
そう思ったと同時に、ティアーナは風魔術で加速をしつつ、走って家まで戻ろうとした。
ー ティアーナの視界の端に赤い何かが写った ー
走ろうとする足をその場に留め、赤い何かの方に視線をやる。
血だ、鮮血が土をどんどん暗赤色に染めていく。
血が流れてくる方に目をやると、そこには倒れたリゼッタがいた。
ティアーナは急いで リゼッタに駆け寄り声をかけた。
「お母さん、どうしたの、何があったの?」
「ティアーナ⋯⋯」
リゼッタはか細い声でティアーナの名を呼んだ。
「どうしたの、誰にやられたの⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯」
「どうして何も言ってくれないの⋯⋯?お願い、教えてよ⋯⋯」
「いいのよ、きっともう居なくなってしまったわ」
リゼッタは何も言わなかった。ティアーナは強いが、まだ子供だ。子供の綺麗な手を自分のせいで汚して欲しくない。
そう思ったから、何も言わなかったのだろう。
「すぐ街に連れていくからちょっと待っててね」
「もう、良いのよ、大丈夫」
そんな言葉は、ティアーナには聞こえない。風魔術でリゼッタを浮かせ移動する為に担架の代わりになる物を作っている。
「ティアーナ、聞いて」
「ん?どうしたの?もう少しだか⋯」
「もう、大丈夫よ」
声を遮るように言った。か細いながらも力強い声で。
少しの間沈黙が続いたが、その間もティアーナは手を止めなかった。
先に口を開いたのはティアーナだ。
「そんな事、言わないでよ、ここには無詠唱魔術の使い手、天才魔術師ティアーナ・グリズリーがいるんだよ⋯⋯!」
無理に笑っているが声が震えている。
「ティアーナ、私はもう長くない、だから私の話を聞いて」
その言葉を聞いて、ティアーナが何も言わずに歩み寄ると、ポロポロと大粒の涙がリゼッタの頬に落ちる。崩れ落ちる様に座ると涙を拭い、何も言わずティアーナは頷いた。悲しく、苦しそうな顔で。
ティアーナも理解しているのだろう、リゼッタがそう長くは持たない事を。
「ティアーナ、あなたの魔術は誰よりもすごい、だから、人を助けてあげて?でも、自分のことは蔑ろにしてはダメ、だからね?」
「⋯⋯」
「ちゃんと朝起きて、ご飯を食べて、運動をして、沢山寝る。そして、一人でもいいからお友達を作りなさい、わかった?」
そう言うと、リゼッタはブツブツと何か呟くとティアーナの頬に手を当てた。
「⋯⋯おかあ、さん?」
「命を大切に、規則正しい生活を。友達を大切にし、何かあっても最後まで諦めずに挑戦し続けなさい。きっと、貴方を成長させてくれる。」
ティアーナは、ただ聞くことしかできない。何も言えなかった、と言うより、何を言っていいのか分からなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃでリゼッタが言ってくれている事を忘れないよう脳内に書き留めておくように脳を働かせていたからだ。
それ以外に何をすればいいか分からないから。
「ふふ、そんな悲しそうな顔をしないで⋯⋯あなたは、一人じゃ、ない、⋯⋯」
そういうと、リゼッタはパタリと動かなくなった。
少ししてティアーナはリゼッタの亡骸を火炎魔術で燃やし墓を立てた。家のすぐ近くにある大樹の元に。
「おかぁさんは、この木をよく窓から眺めてたなぁ⋯⋯」
ティアーナはリゼッタの言葉に返事をする事も頷くことも出来なかったが一言一句、しっかり覚えている。
この瞬間の事は決して忘れることはない。
忘れてしまってはリゼッタという人物がいた事が分からなくなってしまうから。
「私は、お母さんを殺したのが誰なのか、なぜお母さんを殺したのか必ず聞き出してみせるよ。何があっても絶対に⋯⋯」
墓に手を合わせそう呟くと、張っていた糸が切れたかのように、嗚咽の混じった声で泣きじゃくった。
少ししてから、ティアーナの涙を隠すように雨が降り始め、改めて思った。
「本当に居なくなっちゃったんだ」
雨が降り始めると、毎度のようにリゼッタは傘を差して迎えに来てくれた。
けれど、もう自分を迎えに来てくれる人はどこにもいない。
「絶対に見つけ出す⋯⋯」
ティアーナは自分の決意を曲げない為にあえて口に出して言った。怒りと憎しみの混じった声で。リゼッタの仇を打つ為にも。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。雨が強くなってきた。ティアーナは、泥だらけになった膝を持ち上げ立ち上がると、無気力なまま家の中へ入っていった。




