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悪役・追放?令嬢 短編集など  作者: 平泉彼方
8/8

モブと共に去りぬ系悪役令嬢

 読者の皆様お久しぶりです。ちょっと思いついてしまったので久々書きました。


 背後から息切れした荒々しい息の音が聞こえる。ドタドタうるさい足音も。そして時折待てとこちらに足を止めるように催促する複数の声も。



「待て! 待つのだ! クラリス!!」



 ひときわ大きな声で私のセカンドネームを叫ぶセンスのない益荒男。


 ガチャガチャかさばるばかりの騎士鎧を着用しており、徐々に集団から離れて行っている。いくら鍛えたところで米俵n-1個分(n>1)の重量を誇る95%オリハルコン製の鎧つけていたらそらそうなるだろう。

 かっこつけるのもいいがいい加減TPOをわきまえればいいのに等と、内心思う。



「義姉様、誤解しているから、話を聞いて!」



 次に叫んだのは我が義弟の陰険ショタ。以上。


 年齢的な問題なのか伸び代のある身長をしており、正直に申せば短足なので自然と距離は離れていっている。そして、案の定転んで泣き出したか。思わず庇護欲を誘うような情けないオーラ(主に声と表情)を撒き散らしながら。

 でも今日はその反応へ騙されない。

 いつも嘘泣きして主に私へ被害がいくのだから同情も厳禁。第一振り返っていないので声でしかアピールできていない時点で効果半減。とどめに今それどころじゃないのでシャットアウト。



「探したぞ、ルクレティーヌ・クラリス・メルセデス・ド・ラ・ヴァレンティーニ!! 私と一緒に来るのだ!!」



 最後に叫んだ奴の声へ顔をしかめる。


 嗚呼最悪、あいつも来ているのか。

 振り返らず必死に私は足を動かす。ひたすら前へ、前へと。一歩進むごとに奴から離れられると思えば足の疲労なんて気にならなくなる。それよりか、奴と顔をあわせる方がよっぽど苦痛だ。

 嫌な汗が首筋から背中を伝い、鳥肌が立つ。きっと顔色だって真っ青な事だろう。



「今日こそは、今日こそは連れ帰るからな!」



 そう叫びながら追ってくるのは私の現婚約者である愚かな男。

 肩書きは次期宰相、グレイ公爵家次期当主。他にも秀才、神の頭脳、カミソリなどと呼ばれており、裏では鬼畜メガネ、蛇宰相、ハゲ予備軍など。何を隠そう私が広め、奴の次期部下が拡散希望した。ざまぁみやがれ。

 今では『次期ハゲ宰相』なんて密かに囁かれている次期リアルハゲ予備軍。実際に父親がカッパハゲ、祖父と曽祖父はバーコードハゲ。ハゲはその切れる頭脳と同様一家相伝なのだろう。

 だから決して嘘は言っていない。というかもう今から禿げてしまえ、などと常々思っている。


 尚、現在のルックスといえばかなり嫌味だ。

 銀髪紫目で人形みたいに整っており、下手な女性よりも肌のキメが細かく白い。全体的に繊細な印象の整った顔には、何を狙ってか半円状のおしゃれ眼鏡をしている。躰つきは筋肉質で、下手な騎士より剣が強い。

 これで頭脳明晰なので、悪いところは性格と未来の浮気くらいだろうか。とはいえ、どうせ浮気に巻き込まれるのが私な訳だが。


 そう、もう一度言うが、残念ながらコレが私の婚約者。某ゲーム攻略対象者の婚約者を捨てる類の最低マジキチメガネ野郎である。



「絶対私は帰りませんからね!!!」



 全力で駆け出す。そして転びそうになって目を瞑る。

 もはやこれまでか。



「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて。」



 優しく受け止められた体はあっという間に抱えられた。私より体温高めな腕は、細身なのにかなり強い。



「私重いのに……無理しないで!」


「断然平気だよ。むしろ軽いよ。それより今は急ぐから。」



 クスリと優しい声が漏れ、軽く頭へキスを一つ。後ろから何やら声が上がる。

 そして風景が一気に加速する。


 緊急避難先はすぐそこ。






 悪役令嬢への転生に気づいたのはいつだったか……もう大分前なのですっかり忘れてしまった。まあいいや。

 転生自体に気づいて行動していたのは1歳半くらいだった。お金持ちの家に生まれたので、親のスネかじれる時にかじって頑張ろう。その程度の気持ちで色々頑張った。

 勉強、マナー・ダンス・お茶等の礼儀作法系稽古。趣味で農園を作って運営してみたり、砂漠を納豆菌もどきで緑化したり、発酵食品を生産する等。前世の経験が下地となって、なんとか叶えられた。

 なにより、こちらの素晴らしい技術『魔導』が全てを可能にした。



「けれど、これなんとかならないかしら……」



 父親が酔った勢いで結んだ婚約。グレイ公爵家は我が家とほぼ同格な関係なのでこちらから頼んだ場合白紙にするのは難しい。

 初対面から私を罵倒する人へは嫁ぎたくないし、それより冒険者になりたい。



「ならないわよね〜……」



 それに、今絶賛ピンチなのである。思わず私の置かれた現状を考え、頭を抱えていた。


 前世の親戚がはまっていた某乙女ゲームの悪役。それが私、ルクレティーヌ。

 何がひどくまずい状況かといえば、よくある『ヒロイン攻略対象ザマァ』展開に持って行こうにも無理であること。そう、生存への道筋を現時点で作るのが大変難しい状況にあるということである。

 なぜなら、この『悪役』にされた令嬢だけシナリオがないのだ。なんて雑な扱いと思うかもしれないが、これは事実。

 どんな悪役だったかなどとエピソードがあれば、強制力さえ気を付けておけばなとかなりそうな気もする。でも、そもそも役自体がなかったどうか。勝手に『悪役令嬢は断罪されました。』という一文でしか名前が出てこなかったら。



「というか、よく考えてみるとそもそも私に何一つ非がないのよね。」



 ヒロイン様への嫌がらせにも加担していなかったし、かといって攻略対象者の婚約者とも親しくなかった。茶会でも夜会でも一言も喋らずエスコートする我が婚約者へ嫉妬なんて到底生じ得ない。もはや他人。

 ゲームでも、唯一エンドロール直前一文に出ていたくらいの存在。



「今も感心がないのよね、ならさっさと婚約解消したいのに。」



 それに、ヒロイン様が社交界デビューしてからというもの彼女が我が婚約者殿と共にいると囁かれおり、聞きたくなくても耳に入ってきた。

 同時にヒロイン様は、我が義弟、幼馴染の騎士とも噂になっているとか。事実、嬉しそうに我が家を出て行く義弟の姿は何度か見かけたことがあった。絶賛反抗期中なので、私は口を聞いてもらえていない。幼馴染も然り。


 あれでも一昔前は仲良かったのだが。義弟や幼馴染の騎士とはよく一緒に遊び学んだし、将来結婚したいとも言われた……大体6・7歳くらいのころ。

 うん、わかっている。子供の『ママ/パパとケッコン』発言と同じ感覚だろう。親にかまってもらえなかったから、かまってくれた私を親と同一視していたのだろう。大丈夫わかっているので。

 16歳現在、もはや思い出したくもない記憶かもしれない。


 唯一私が今仲良くしているのは王弟セヴェン様。通称幽閉王子。

 現国王とは異母兄弟で、勢力争いの結果三食毒薬付きで『亡霊塔』に幽閉された。昔の肖像から考えられないほど穏やかで弱々しく、多分死期が近いと語るセヴェン様。茶髪黒目の色味は先先代の『暴君』を彷彿とさせる色味らしいが、私からすればと目に優しく何より懐かしい。

 整った顔つきはどこか儚く、消えてしまいそうな優しい表情を浮かべる。


 昔私が嫌がらせに遭って『亡霊塔』へ閉じ込められてから交流が始まり、こっそり通っていた。



「セヴェン様、ここから遠くへ共に行きたいですね。」


「うん、そうだね。一緒に出て行けたら良かったけど僕は難しいかな。」



 今日もゴホゴホと咳をしながらベッドに横たわるセヴェン様。見た目年齢20代の推定30代後半。実年齢より若い姿なのは毒の影響だと聞いた。



「だから、君だけでもなんとか逃げて。」



 情けなく笑みを浮かべるセヴェン様は、私へ一つのカバンをくれた。そしてその数週間後、人知れず埋葬されることとなった。



『次期宰相の婚約者として相応にあれ。』


 今世の親は愛情こそくれるも、語外にそう伝えてくるのが辛い。なまじ小さい頃優秀だったので期待度が大きかった模様。まだ次期王妃等と言われずに済んだので良かったものの、それでも負担は大きい。

 というより、セヴェン様が死んで以来何もかも最近面倒に感じていた。


 私のシナリオ知らないので断罪理由に関しては避けようないし、物語通り我が婚約者殿はヒロイン様の逆ハーレムにいるし、唯一の理解者セヴェン様はお星様だし……

 こんなことなら面倒がらずに友達の一人でも作っておけば良かっただろうか。派閥ができるのが怖かったので、避けてしまっていた。



「もういいかな。」



 これなら週末昼寝と偽って冒険者活動している時間の方が充実している。というか、きっと令嬢生活があっていないのだろう。

 元の世界ではフィールドワーク大好きな植物学者だった私。本来なら魔導駆使して伝説や謎生物の住まう場所へ行きたい。

 世界最古の樹が何本もそびえ立つと言われる『古の密林』。宙に浮かぶ年中氷に覆われた『氷嵐鳥の島』。他にも、山頂が雷魔力のみで構成されている『雷神峰』、水と幻想に包まれた『霧幻湖』。世界は広く、未知。


 嗚呼、見たい。見に行きたい。セヴェン様も若いころ脱走して見に行ったと話してくれた。全て美しく、再び見たかったと。



「うん、もういいかも。」



 王宮の夜会でヒロインとダンスを二度踊った我が婚約者殿その他。きっと今夜もこの後ご令嬢たちに私は吊るし上げられる。

 アレをどうにかしろ、と。



「今日も夜蝶のように舞っておりますわ(訳:男取替え引替えしているわね)」


「まぁ、殿方もあの様な純朴で可愛らしい方を好まれるのですわね(訳:常識知らないから遊ばれているだけじゃない?)」



 ほら、はじまった。



「あら、ではその夜蝶の輝きに隠れる華はいかがいたしますの? (公爵令嬢のくせにあんなビッ◯に負けるなんてね。)」

クスクスクス



 冷ややかな笑がどこからともなく湧く。正直無関心だけど。

 ただひたすら面倒。

 これがもしセヴェン様の冷笑だったら私もきっと堪えていた。けれど彼女たちなのでどうでもいい。強いて言うなら声が高いので、集団で笑われるとうるさい程度。


 けど、時間の無駄だとは感じた。特に一度死んだ身として、あるいはセヴェン様を見ていたので、時間がどれだけ大切で尊いものなのか実感している。それを浪費しているのがもうなんというか、悔しくて。情けなくて。



 そしてある日、家を飛び出していた。『セヴェン』だけを連れて。






「私は死んだものと思ってください。」



 真っ青な顔で立ち尽くす義父と泣き続ける義母。その手元にあった手紙を開くと義姉の名前と共にその一言のみが書かれていた。そして隣には、白金貨の山と養育費の明細書。


 頭が真っ白になった。そして、次に出てくるのはなぜと言う疑問と罪悪感と自己嫌悪。

 義姉をボク……いや、オレは避けていた。思い出すのは寂しげな表情でオレの姿を映す銀色の眼。いくら義父と義母の命令だったとしても、隙を見て話しかければ良かった。あるいは、彼女の婚約前にオレが彼女への気持ちをはっきりしていれば。

 あるいはあんなヘタレ根暗眼鏡、暗殺しておけばよかったか。

 あれこれ嫌なことばかり浮かぶが、結局唖然とするばかりのオレ。これが現実だと感じられなかった。



 俺の幼馴染が行方不明になった。

 前から婚約を嫌がっていたのが原因か、あるいは憎き反逆王弟が原因か。こんなことになるくらいなら俺が悠長に軍部押さえてから略奪婚しようなんて考えなければ良かった。

 ああそうだよ、あのクソ眼鏡殺しておけば良かった。いや、今から殺すか?

 いや、それは無駄だな。それより彼女が無事であればいい。そうすれば俺が迎えに行けるから。今度は間違えずに全部やる。



 夜会の数日後、婚約者の行方が分からなくなった。

 残されたのは絶縁状と養育費。部屋のものは何一つとして無くなっていなかった。それも、婚約者である私の彼女へ送ったものまで。今まで何一つ伝えていなかった私自身の不徳だ。

 言い訳にしかならないが、彼女の幼馴染と義弟、さらには幽閉(なんて建前な)王弟を抑えるのに必死な日々だった。肝心の彼女を気遣うことができないほど仕事を振られ、彼女と会うのは決まって徹夜明け。

 緊張しすぎると思ったことの逆を言う私の性質は、彼女の前で遺憾なく発揮された。寝不足でなければある程度抑えられたというのに。

 嗚呼だけど、起こったことはもうしょうがない。さっさと迎えに行って誤解を解こう。そしてもう一度やり直す。それでいい。

 仮に駄目だったとしても、婚約中なら婚前交渉も罰にはならない。既成事実つくればもう私から逃げることはできまい。






 腕の中に収まる彼女をそっと抱き寄せ、やっとあの国王と王妃までもが狂った国から抜けられたことへ安堵する。嗚呼やっと解放されたと。

 安心して眠る彼女は、ほんのり温かい。白金の髪を撫で、顔を寄せた。ドクン、ドクンと、心地の良い心音がする。生きている。生きている。生きている。



「けど、僕と同じでもうすぐ止まるよ。」



 僕の心臓は、物言わぬ心臓となった。

 僕の容姿を好む王妃と王妃が大好きな兄王。僕を首尾よく幽閉した後食事へ毒を盛ろうとしていた。

 一方で、毒で僕の容姿が崩れることへ堪えられない王妃は、母国から禁輸品『賢者の石』を持ち込んだ。砕いた賢者の石を毎日一定量食べ続けると、初めは心臓、徐々に全身が賢者の石となり不老となる。

 ざっくりと、『ヒト』でなくなるといえばどれだけ危険な代物か分かるだろうか。

 僕は知らないうちにそうなっていて、何年も無駄に生きていた。けれどあの子と出会って、あの子を育てて、そして、あの子から好意を寄せられて。嗚呼、クラリス。僕のクラリス。

 当然愛してしまうに決まっているだろう? そして僕と同じ場所へ堕としたくなった。


 ちょうど彼女の周囲も狂っていたので、僕は一緒に逃げようと声をかけ、手段を与えた。その数週間後に僕は公的に死に、そしてそれから数ヶ月で彼女と逃げ出した。


 逃げた先で数ヶ月。まだ彼女の鼓動は動いている。

 今のうちに子供を作り、そしておそらく彼女が18歳くらいになるころにヒトをやめることになるだろう。


 どうか恨まないで。どうか僕を愛して。愛しのクラリス。


 尚、『ヒロイン様』は第一王子へ機密を知っていることを匂わせた結果他国のスパイと疑われていました。そして、不幸な3人の令息はクラリス様そっちのけで証拠集めをさせられていました。第一王子はその間、隣国へトンズラしています。

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