第05話:クロ、ひとりで町へ行く(2)
その頃シェリルは管理室でダンジョン内の監視という名の見物。
シロも監視モニターを見ながらライルが来るのを待っている。
そしてソラは最終ボス部屋で巨人たちと打ち合わせ。
「で、あなた達って何ができるの」
「力仕事なら得意じゃ」
「まぁ、そうよね。でも今は頼みたいような仕事は無いし……他には何かある?」
「我なら、こうして人の言葉が話せるのじゃが」
「それもねぇ、人との交渉役もその姿だと難しいしねぇ」
ソラが巨人の姿を改めてまじまじと見る。
胡坐をかいて座っていても見上げるほどの巨体。上に乗る牛の顔。
町を襲われた記憶も新しい人間相手に何かを交渉するなんて無理だろう。
その時リーダーが何かを思いついて、首を何度も縦に振りながら話し出す。
「そうじゃ、我は【統率】のスキルを持っているのじゃ。
この者達だけじゃなく、他の魔物も支配下にできるぞ。
人間が使った卑劣な術と違って、真っ当に尊敬を受ける支配じゃ」
キサルイの魔物使いの術を卑劣と呼んで貶める。
自分達が洗脳された恨みは消えていないようだ。
「えっ、そうなの……それは使えそうね」
ソラは腕を組んで思索を始める。
ひとつは――
魔物の森の魔物を統率させて、時々起こるヤトカイの町への被害を無くす。
でもダンジョンに住みたいという巨人の願いを叶えられない。
これはダメ。
それならば――
別のダンジョンを作る……いや、このダンジョンを拡張するのはどうか。
――御主人様の懸念は最終ボス部屋に来る探索者が減ること。
今いる大ボスの大トカゲより強い魔物は必要ない。
それより弱い魔物を巨人に統率させて新しい区画を作る。
――いいかもしれない。
大トカゲは他のダンジョンなら五十階層のボスの実力。
そこに至るまでの四十九階層を作って巨人に任せる……それは極端だけど。
どうせ巨人の労働力は余っている。構想を説明して作らせれば良い。
今は折角ヤトカイに集まった探索者に対して入場の制限をしている。
それはダンジョンの規模が小さいから。
入れない探索者は魔物の森に向かわせている。
これはこれでうまく回っているので、ダンジョンとして不満はない。
しかし、中にはダンジョン攻略に来たのに、
魔物の森では話が違うと訴える者もいると聞いている。
その辺は組合のタバサがうまくやっているのだろうけど。
――そろそろ拡張を考えてもよかったのよね。
探索者が思ったより早く集まり、木人形を作ったり、観光ツアーをやったり、
キサルイが攻めてきて後始末とか、色々あってそこまで気が回らなかった。
魔物の森に向かわせている分もダンジョンで吸収できるようする。
そうすれば今よりもっと探索者が増えるだろうし、
探索者の実力の底上げも魔物の森に頼らなくて良くなる。
そして主の求める、より強い探索者の挑戦にもつながる。
ダンジョン拡張における障害は魔物の管理。
木人形を増やせば、魔物のぬいぐるみを増やせない訳じゃないけれど……。
今ならその役目をスキル【統率】持ちの巨人リーダーに任せられる。
そしてこの話を始めた最初の目的――
ダンジョン拡張の力仕事は、巨人が欲している仕事にピッタリだ。
「まだ、アタシの頭の中だけの構想で、
御主人様とかシロとクロとか町とかに話を通す必要があるけれど……。
あなた達にダンジョンの新しい区画を手作りしてもらうのはどうかしら。
魔物はあなたのスキル【統率】で近くの魔物の森から連れてくる感じで」
「我たちの手でか……それは楽しそうじゃ」
提示された仕事をしている自分たちの姿を想像して、
巨人のリーダーは自分の牛頭の顎を嬉しそうに撫でる。
他の巨人は傍でしきりに頷いている。
「みんな賛成のようね。じゃあ、それで調整してみるわ」
ソラは巨人たちの反応に満足すると同時に、もうひとつ思い出す。
そういえば……キサルイ探索者集団から奪った装備がたくさん余っている。
――新しい区画のお宝として使えるわね。
なんかうまくいきそうね――と、
ソラがほっと一息ついている時に――その連絡が入った。
◇ ◆ ◇
ヤトカイの町正門前。
木人形七号から彼の武器――木の棒――を受け取ったクロ。
ゆっくりと表面を撫で始める。
その表情からは何の感情も読み取れない。
やがて棒の表面に濃密な魔力が浮き上がり、
治まった時には、先端部分が黒光りする材質に変わっていた。
「圧力砲を強化する細工をした。棒の先端を相手に向けて圧力砲を撃ってみて」
圧力砲――重力魔法で純粋な圧力を大砲のように撃ち当てる。
巨人戦で実績がある木人形たちの得意魔法。この棒はそれを強化するらしい。
雰囲気の変わった自分の武器をクロから返してもらった七号。
命令に「……ハイ」と返事をして、けれども誰もいない方角に向ける。
それに対してクロは無表情のまま、
「そっちじゃないよ。あっち」と無礼な集団をピンクの肉球で示す。
「……ハ、ハイ」
木人形七号は最初の方に作られた個体。
それなりに人間の中で暮らして、それなりに人間の常識を身に付けていた。
だから、上位命令権者クロの指示が――
とっても危ういんじゃないか、そう推察できるだけの知能と経験を持っていた。
七号は己の推察、己の勘を信じた。
圧力砲の威力をか弱い女性が振るう力程度に弱くして、
かつ狙いも外す様にして――そこまで用心してから、棒を通して魔法を放つ。
ぱあぁぁぁんっ!
大きく甲高い音が響き渡る。
集団の中の一人の男の髪の毛が一房飛び散り、
髪の毛のあった場所に太く一筋の地肌が現れる。
その男の後方にあった抱えるほどの太さの木、
幹の中央に人の頭くらいの大きさの抉られた穴が開いている。
原因はもちろん木人形七号の放った圧力砲。
「外れた。ちゃんと狙って」とクロの冷静な声。
「アッ、イエ、クロ様」
「ボクはクロじゃない。ブラック」
「ハ、ハイ……イヤ……デモ」
木人形七号は言いよどむ。
目鼻口は無いのに、狼狽えて躊躇っているのがわかる。
「ふふ、冗談だよ」と薄く笑うクロ。
一部の頭髪が不自由になった男は、
後方の木に刻まれた衝撃の痕跡と、自分の頭皮で事態を知り腰を抜かしている。
しかし、それを見てもまだ威勢を失わない他の連中が騒ぎ出す。
木人形に向かって罵声を浴びせる。
「てめぇ、なにしやがる!」
「この町の正門がこうなったのも、お前らのせいだろうが!」
「たかが人形の分際で人間様に逆らうつもりか!」
これまでの様子を一番近くで見ていた門番の警備員。
クロが今この場で木人形の武器を強化して、
丁度良いとばかりに無礼者の集団を使って実験をした、と察していた。
探索者連中の態度に気分を害したのがその理由だとも。
だから無礼者のひとりが口にした「人形」を侮蔑するセリフに恐怖した。
木人形に向かって言ったのだろうが……聞きたくなかった。
何故なら――この場で一番怒らせてはいけない存在も「人形」だから。
黒猫の着ぐるみの周囲の温度が下がったような気がする。
門番の警備員の背中に冷たい汗が流れる。
彼は「俺には止められない……」と呟き、
やり過ぎないで欲しいと心の底から願うのであった。
そしてクロの実験が続く。
「五十一号、棒を貸して」
正門の修復作業をしていた木人形に声をかける。
五十一号は傍に置いていた自分の棒をクロに渡す。
受け取った木の棒を手に取り、表面を撫で始める黒猫の着ぐるみ――クロ。
その表情からは何の感情も読み取れない。
やがて棒の表面に禍々しい漆黒の模様が浮き上がり、
治まった時には先端部分にうねるような黒い模様が残っていた。
「先端に呪いを付与した。【弱体化】と念じて敵を叩いてみて」
「ハイ」五十一号は作られて日が浅い。
上位命令権者の指示に逆らうほどの思考を確立していない。
一人の男に狙いを定めて殴りかかる。
木人形の能力は探索者Bランク以上。
探索者の中でも上位でなければ太刀打ちできない。
標的になった男はあっさりと叩かれて、その場に崩れ落ちる。
男から聞こえてくる弱々しい声。
「……ち、か……ら……が……はい…………ら…………な、い…………」
意識はあるのに動けない。
それも、まるで軟体動物のように不自然な体勢で倒れたまま。
「なんだ!? どうした!?」
「おいっ、大丈夫か」
軽く叩かれただけで地に伏せた男を見て声をかける仲間たち。
その異様な姿を見て彼らは恐怖を覚える。
次いで、木人形の武器に何やら施した小さな黒猫の着ぐるみに目をやる。
さっきもこの黒猫が何かをしていた。
それに……と、先の被害者――頭髪を失い腰を抜かしている男を見る。
ようやく彼らは――恐ろしいのは黒猫の着ぐるみ姿の存在なのだと理解する。
だがもう遅い。
クロの暴走は止まらない。
何人かが事態を察して逃げ出そうとするが――
彼らの動きがまるで粘性の液体の中を進むような緩慢とした動きになる。
他の男たちも焦って動こうとするが、すでに全員が同じ状況になっていた。
それはクロの重力魔法。
暴走した巨人三体すら押さえ込んだ実績を持つ。
高々十数人の探索者連中ならピクリとも動けなく出来る筈だが――
彼らがギリギリ逃げ出せない状態になるように意図的に力を抑えている。
それは情けか――それとも悪意か。
自由にならない身体に、逃げ出せない事態に、驚愕の表情を浮かべる男たち。
叫んでいるようだが声は届かない。
その様子を青い顔で見ていた門番の警備員。
続いて起こる惨劇を想像して恐怖する。
これ以上はマズいと、救いの手を求めて木人形七号に命令する。
「ソラさんを連れてきてくれ!」
木人形七号が全速力でシェリルのダンジョンに向かって飛んでいく。
第三章第05話、お読みいただき有り難うございます。
次回――クロ、ひとりで町へ行く(3)
クロの暴走は続く。その結末は?
11月27日更新予定です。




