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第06話:クロ、ひとりで町へ行く(3)

 これから自分たちの身に何が起こるのか――と、

 重力魔法で囚われた連中が恐怖の眼差しを黒猫の着ぐるみに向ける。

 しかし彼らの視線など意に介さず、クロは淡々と次の行動に移る。


「五十二号、棒を貸して」正門の修復作業をしていた木人形に声をかける。

 五十二号は傍に置いていた自分の棒を素直に渡す。

 

 クロは受け取った木の棒を手に取り、先程と同じように表面を撫で始める。

 先端部分にうねるような黒い模様が浮かび上がる。


「先端に呪いを付与した。【鋭敏化】と念じて敵を叩いてみて」


「ハイ」五十二号は作られて日が浅い。

 上位命令権者の指示に逆らうほどの意志を形成できていない。

 命ぜられるまま、囚われている男のひとりに近づく。


 屈強な身体の持ち主。しかし表情は恐怖と絶望。

 それを見る周りの男たちの表情は安堵と恐怖と不安。

 木人形五十二号が鋭敏化の棒を振るう。


 叩かれた男は重力魔法の空間から放り出されて、

 そのまま地面に横たわると……いきなり叫び出す。


「うがぁー! いたいいたいいたいいたい!」


 しばらくは巨体を震わせて激しく苦しみ悶えていたが、

 やがてその場にうずくまり「いたいいたいいたいいたい……」と呻いている。


 その様子を自由にならない空間で見せつけられる男たち。

 どれ程の恐怖を感じているのだろうか。

 顔面を蒼白にして眼を充血させて震え出す。


 それすら一切構わず「五十三号、棒を貸して」と次の木人形を呼ぶクロ。


「先端に呪いを付与した。【忘却】と念じて敵を叩いてみて」

「ハイ」五十三号は作られて日が浅い。

 上位命令権者の指示には逆らえない。


 叩かれた男は「おれは……だれだ……?」とその場に座り込む。


 感情すらも忘れた彼の顔が残る男たちの恐怖をあおる。

 ついには泣き出す者まで現れた。厳つい男がボロボロと涙を流している。

 誰もが次の被害者になりたくないと、無駄と知りつつ体をよじる。


 もちろんその場からは逃げられない。


「先端に呪いを付与した。【自己嫌悪】と念じて敵を叩いてみて」

「ハイ」五十四号は……。


 叩かれた男は「おれなんてうまれてこなければ……」と力なく跪き頭を垂れる。


 終わらないクロの暴走。


「先端に呪いを付与した。【悪夢】と念じて敵を叩いてみて」

「先端に呪いを付与した。【無気力】と念じて敵を叩いてみて」

「先端に呪いを付与した。【頭痛】と念じて敵を叩いてみて」

「先端に呪いを付与した。【発熱】と念じて敵を叩いてみて」

「先端に呪いを付与した。【肩こり】と念じて敵を叩いてみて」


 やがて、その場にいた木人形全員の木の棒に呪いの付与が終わる。

 木人形から棒の攻撃を受けた者は、

 重力魔法の空間から放り出され、それぞれの症状で苦しんでいる。


 それを冷ややかな目で見ているクロ。 


「から……だが……うご……か……」「いたいいたいいたいいたい……」

「……ここはどこだ? ……おもいだせない……?」「おれはだめなやつだ……」

「俺を喰わないでくれ!」「……明日から本気出す……」

「頭が割れる!」「熱い熱い熱い……」「肩が凝ったな」


 まだ棒の攻撃を受けずに残っている数人の男たち。

 すでに放心しきって抵抗を止めた者。

 諦めずにクロの作った空間でもがいている者。

 まだ意識を保っている者は……もしかしたらこれで終わりか、

 多分そんな風に考えたのだろう。恐怖の表情の中に期待が浮かんでいる。


 が、クロの次の言葉でそれも絶望に変わる。


「残った人間も適当に棒で叩いて」


 その中の三人ばかり口が動いている。

 どうも「かたこりかたこり」と言っているようだ。


「肩こりの棒は休んでて」無慈悲なクロ。


 そして――

 全員が呪いを付与した棒の餌食になり、ようやく重力の檻から解放された。

 肩こりの棒の被害者は改めて悪夢の棒で叩かれている。

 二十人近くの男たちが悶え苦しみ、呆けて横たわる光景。

 ちっちゃな地獄――ちょっとした阿鼻叫喚。


 何も言わず冷たい視線を向けている黒猫の着ぐるみ。

 正門の修復作業中だった者達は青ざめた表情で固唾を呑んで見守っている。

 門番の警備員は救世主の到着を今か今かと待っている。



 ◇ ◆ ◇



「ソラ様! クロ様ガ、クロ様ガ町ノ正門前デ暴走シテイマス!」


 巨人との打ち合わせも一段落したころ。

 最終ボス部屋に飛び込んできたのは木人形七号だった。


 ――どういうこと!?


 ソラは気持ちを切り替える。

 最初に思い描いたのは――クロが何かに機嫌を損ねて町を破壊している姿。

 手加減せずに行動を起こせば大惨事だ。


 ――ひとりで行かせたのはマズかったかしら。


「どんな状況なの」


「ハイ、十数名ノ男達ガ、私達木人形ヲ非難シ始メタノデス。

 町ノ正門ガ破壊サレタノハ、木人形ノ所為ダト。

 其レヲ聞イテ、クロ様ガ――問答無用デ罰ヲ与エ始メタノデス」


 木人形の報告を聞いて、まずはほっとする。

 最悪の事態ではない。町は大丈夫。


 思い入れのある木人形を誰かに悪く言われたらしい。

 それなら一概にクロが悪い訳ではないようだ。

 ただ、七号の慌てぶりからすると――やり過ぎているってとこだろう。


「クロ様ヲ止メテクダサイ!」七号の切羽詰まった声。


 クロを止めるのは木人形や町の人間では荷が重い。だから自分が呼ばれた。

 そう理解したソラ。


「わかったわ。すぐ行く。御主人様に話してくるからちょっと待ってて」


 管理室に戻り、シェリルに簡単に話をして準備を済ませる。

 そして木人形七号と共に茶猫姿で現場に転移する。


 ソラが現場に到着したときには、

 すでにクロの暴走は終わり、プチ地獄絵図が広がっていた。


 黒猫の着ぐるみが浮かぶ正面。 

 おかしな体勢で動けない男。痛みで身体を動かせない男。うわ言を呟く男。

 頭を抱えて暴れている男。苦悶の表情を浮かべている男。そして禿げた男。

 異様な集団。異様な光景。


 ――うわっ、確かにひどいわね。


 ソラはため息をついてから周囲を見渡して、

 他の被害者――特に命を失っているような人間がいないかを確認する。


 視界に入ったのは――

 青ざめた顔で様子を見ている正門修復工事中の作業員や警備員。

 そしてソラの出現に心底安堵している門番の警備員。

 彼の瞳から「クロ様を――どうかお願いします」との思いが伝わる。


 ――大丈夫そうだわ。


 被害者はこの男たちだけらしい。

 ちょっと後始末に苦労するかもしれないけれど、それくらいなら問題ない。

 ソラはひとり苦笑する。

 いつもあるじの丸投げとかに苦労して、もうすっかり慣れてしまった。

 そんなことを考えながら優しくクロに声をかける。


「もう気が済んだかしら」

「……うん」


 黒猫の背中を見せたまま振り返らずに答えるクロ。


 ――今のクロに事情を訊いても上手く答えられないよね。


 そう考えて一番事情を知っていそうな人間に声をかける。

 相手は門番の警備員。今は木人形七号の手を握って礼を言っている。

 彼が木人形を寄越したのだろう。


「あなた、状況を教えてちょうだい」


 門番の話でソラは事件の全容を知る。

 最後に彼はこう付け加えた。


「クロさ――ブラック様は悪くありません。

 この町で木人形を悪く言う奴は、元からろくな人間じゃないですから。

 何かしらすねに傷を持っている奴ばかり……自業自得です。

 確かにちょっとやり過ぎのように見えますが、

 ……やり過ぎなのかもしれませんが……やり過ぎですかね……。

 いやいや――私たちはブラック様が正しいと思っています」


 そう言って周りの警備員や作業員に同意を求めるように視線を向ける。

 様子を見ていた者達から大仰な頷きが返って来る。


 ――まぁ、やり過ぎだとは思われてるのね。


 それでも門番やそこにいる人間たちの想いは受け取った。

 ならばクロが間違ったのはひとつだけ。

 ようやく落ち着いたクロが神妙な顔になって上目遣いでソラを見ている。

 反省しているのならあまり責めない様にと、ソラは優しい口調で諭す。


「ダメじゃない。黒猫の着ぐるみ姿で木人形に命令しちゃ。

 木人形たちがピンクキャットに従うのを、人前で見せるのはダメダメ」


 猫の着ぐるみピンクキャットは――

 シェリル達が町に干渉していると思われないための変装。

 だから建前として、木人形とさすらいの武闘家集団ピンクキャットは無関係。


「ごめん、ソラ……」

「でもそれ以外は大丈夫。クロは正しいわよ」黒猫の頭を撫でる茶猫のソラ。

「うん……」素直に頭を撫でられるクロ。


 その時、回復の温泉でライルと楽しく会話していたシロが――

「むむむ……! ソラとクロの間に何かがっ!」と言っていたのは余談である。


 そんなシロとライルの様子がわかった訳ではないけれど――

 木人形の棒に色んな呪いを付与したクロの能力を知って、ソラがふと思い付く。


「ちょっと話は変わるけど――

 前に訊いた呪い返しで、術者の居場所がわかったり出来ないかしら?」


 もしそうなら前回のシロの事件がもっと楽に解決できた。


「……出来ない」悔しそうな顔。

「あぁ、いいのよ。ライルの件は解決しちゃったから」

「……考えとく」負けず嫌いなところを顔に出してクロがそう付け加える。


 男たちの呻き声は続いている。



 ◇ ◆ ◇



 その後の後始末。


 惨劇(?)を目撃した警備員と作業員たちには口外しないよう約束。

 全員クロに好意的だったので問題なし。


 被害者となった無礼な集団。

 クロがちゃんと手加減していたらしく、呪いは一刻も経たずに治まった。

 後はどうしようと考えたソラ。思い付きの切っ掛けはクロの作った忘却の棒。


「ずっと忘れさせることも出来るの?」

「出来る」今度は少し自慢げに答えるクロ。


 クロが直々に忘却の呪いをかけて、今回の件の記憶を男たちから消し去る。

 記憶が無くなれば、残るのはひとりの男の一部の頭髪だけ。

 それも適当に誤魔化して終わり。大したことじゃない。


 一件落着。


 こうして終わってみれば、結構簡単に解決できた。

 それに……とソラは黒猫の着ぐるみを見る。


 ――しっかりと手加減していたようね。


 クロは呪いの棒の効果を抑えていた。

 それにヤトカイの人間たちからは信頼を得たようだし。

 もう人間相手でも大丈夫かしらね、黒猫の背中を見ながら思うソラであった。


 そして、もうひとつ。

 クロの当初の目的。木人形の強化。


 期せずして武器の強化試験を実施した格好となり、

 その場にいた警備員の声を参考に、町で【弱体化】の棒の採用が決定。

 念じて接触させている場合のみ効果を発揮するように――

 そうした調整の要請にクロが応えて、今後は木人形たちの正式武器となる。


 効果が確認済みの他の試作品も警備隊本部にそのまま保管。


 残るのは圧力砲強化棒。

 木人形七号の証言で、その時は微弱な力で試した結果だと知った関係者達。

 微弱な力で木を抉るのなら全力ならどうなるのか。

 試技しようと警備隊の中庭に呼ばれた木人形七号。


 やはり彼は出来が良い。


 こんな場所では危険だと判断し、関係者を引き連れて町の外へ。

 そこで山に向けて一発だけ発射。

 結果として――山の形が変わってしまった。

 その光景を目撃した者は皆青ざめて、圧力砲強化棒は厳重保管となった。


 後にこの話を知ったソラは冷や汗をかいて再び考えを改める。

 もちろんクロについて。


 ――やっぱり、これから町に行く時はアタシが一緒に付いていこう……。


 賢明な判断である。



挿絵(By みてみん)



 第三章第06話、お読みいただき有り難うございます。

 次回は、勇者の弟子がやって来た(1)

 新キャラが登場します。


 次回は12月1日更新予定です。


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