第03話:シロの活躍(3)
キサルイから少し離れた山間に広がる草原。
誰もいない、魔物の気配もしない、穏やかに風が吹いている静かな場所。
月明かりの中、地面を這うように高速で移動している漆黒の影。
草原の中央付近でその動きを止める。
震えるように収束する影、その中央が盛り上がり、やがて人の形をとる。
現れたのは――シロの前から逃げ出した闇魔法使いの男。
「くっ、私の闇魔法がまたも簡単に無効化されるなんて……信じられません」
と、口の端を悔しそうに歪める。
この場まで逃げてきて、多少は時間を稼げた筈だ――と、
気を緩めた男の背後から、彼の独り言に答える感情のこもらない静かな声。
「いえ、気を落とす必要はありません。
あなたの闇魔法は――人間としてはかなりの力量ですわ。
ワタシの同僚と比べると、天と地ほどの差がありますけれども」
闇魔法使いが反射的に振り返ると、そこには白いドレスの小さな人形の姿。
即座に後退して人形から離れる。
その動きは、魔法使いとは思えない程に素早かった。
男は距離を開けて考える。
こんなに容易く追いつかれるとは予想外。
だが、ここに来たのには理由がある。
闇魔法しか使えないと思われているのなら好都合。目にもの見せてやる。
冷静さを取り戻し、口元に余裕の笑みを浮かべて人形に答える。
「ふふふ、お褒めいただきありがとうございます。
だが、その思い上がった態度もお終いです。
何故なら、……謎がわかりましたから。
お前は闇魔法完全耐性を持っている。そうでしょう」
幅広の帽子の鍔があがり、男のぎらついた瞳が垣間見える。
歪んだ口から感情を無理に押さえこんだような声。
「お前はこの場におびき出されたのです。
街中では使えないが、この広い場所でなら――
私のもう一つの得意魔法をお見せできます。威力だけならこちらが上」
小さな声で魔法の呪文が短く紡がれる。
そして叫ぶように――
「味わいなさい! 最上級殲滅火属性魔法――【ヘルファイア】!」
狂気に彩られた顔をさらけ出して、両手を高々と上げる。
黒い霧のように濃密な魔力が男の周囲に現れ、
己の身体を巻き込むように回転をした後、翼のように広がり放出される。
そして男の望む事象に変質する膨大な魔力。
現れたのは業火。
視界を塞ぐほどの広さと、見上げるほどの高さのある炎の壁。
地に生えていた草花が一瞬で燃え尽きるほどの熱量。
数多の魔物を焼き尽くしてきた最強の魔法。
そのまま小さな人形に向かって弧を描き、その身体を中心に収束を始める。
ついには、その白いドレス姿が巨大な火柱の中に消えていく。
燃え盛る炎に、顔を赤く照らされた闇魔法使いが両手を広げて哄笑する。
「はーっ、はっはっはっはぁ! 燃えろ燃えてしまえ!」
一方、炎に巻かれた白いドレスの小さな人形――シロ。
周囲の高温をものともせず、全く別のことを思い出していた。
「温泉を掘り当てた時、ソラとクロが熱い熱いと騒いでいましたけれど……」
やはりこの身体、そんな柔じゃないですわと、
物思いにふけったのも束の間、さてこれくらいで――と、気持ちを切り替える。
いつもシェリルの戦い方を見ていたため、
つい同じように相手の攻撃をひと通り受けてしまった。
ライルにはああいったけれど、
多分、起きて待っている気がするから、さっさと終わらせましょう。
炎の柱を正面から突っ切って無傷の姿を見せつける。
その光景に目を見開き愕然とする闇魔法使い。
己の全てを込めた最高の魔法が全く効かないなんて……。
受け入れがたい現実に、思わず「ばっ、ばかな……」と口走る。
そこへシロが反撃を開始。
炎の熱気を背中に受けながら小さな手のひらを男に向け――
光魔法【ライトバインド】――光のいばらで身体を縛り付ける。
神聖魔法【安らかな眠り】――有無を言わせず眠りに誘う。
たったこれだけで勝敗が決まってしまった。
男は静かに倒れて意識を失う。
何の感慨もなく――
闇魔法使いを一瞥して、周囲の様子を確認する。
広範囲を消し炭に変えた炎の柱はいつの間にか姿を消していた。
ゆっくりと風に流される燃えた煙と焦げた匂い。
軽く目を伏せて、
ふっと小さく息を吐いてから「……ソラ」と呟く。
普段はあまり使わない念話で同僚を呼び出す。
「はいはーい」と答えて、その場に現れた空間転移の使い手。
「夜中までご苦労様、どうなった?」と文句も言わずにシロを労う。
「この男がライルに呪いをかけていた張本人ですわ」
視線で示したのは足下で昏睡している闇魔法使い。
「そう、じゃあ一件落着ね」
「そうですわ。ライルが待っているでしょうから送ってくださいな」
「いいわよ……、って、なんだか周りが凄いことになってるけど大丈夫?」
周囲の惨状を見てシロを気づかうソラ。
「もちろんですわ。このくらいでどうにかなるような柔な身体じゃありません」
「なんかどっかで聞いたようなセリフね。
……ま、いっか。じゃあ、ライルのところまで送るわよ」
二体の人形と闇魔法使いの身体がその場から音もなく消える。
炎に焼かれた跡だけを残し、草原は再び静けさを取り戻した。
◇ ◆ ◇
いきなりライルの寝室に転移するのは失礼だよねと、
ソラは空中に固定した闇魔法使いとシロを伴って窓の外に姿を現す。
ここは領主の館。
窓ガラスをノック。案の定ライルは起きて待っていた。
ゆっくりとベッドから起き上がり、窓を開けて一行を迎え入れる。
「この男がライルに呪いをかけた術者ですわ。
あの使い魔がこの男のモノだと確認しましたから間違いありません」
無事なシロの姿を見て、安堵で顔に笑みを浮かべるライル。
領主としてではなく、少年の顔で。
「ありがとうございます。この男はこちらで取り調べをします。
後日、事情が判明しましたら御報告を致しますので、
今日のところは戻ってお休みになってください」
ライルはシロを気遣い、シロはライルを気遣う。
「解呪しなくてもいいんですの?」
「はい、この男の供述次第でどうなるかまだ分からないので……、
それにシロさんに回復していただいて、今はとても楽になっていますから」
そう告げる少年の顔色を見て、言葉に嘘はないと察したシロ。
「そうですか……では今日はこの辺で」
――なんだかシロとライルが良い感じ。
シロが人間と打ち解けるのは良い事ね、とソラは思った。
茶化すなんて野暮な真似はしない。
「はいはい、……じゃ、帰るわね」
そして二体の人形はライルに見送られて、寝室から音もなく消える。
その後、ライルは人を呼び、闇魔法使いを警備隊へ引き渡すよう命じた。
警備隊により男は魔法封印首輪をつけられ連行。取り調べが待っている。
◇ ◆ ◇
その後の調べでわかったこと。
闇魔法使いは――
以前から、ヤトカイの領主に『虚弱になる呪い』をかけ続けていた。
依頼主はキサルイの偉い人物とだけ伝えられて。
呪いを悟られないように効果を弱めて少しずつ、使い魔を使ってほぼ毎日。
そしてヤトカイ進攻の前日――
キサルイ本陣を偵察していた女性二人を発見するも戦闘に敗北。
巨人の情報を白状させられた後、
本陣ではなく、キサルイにある自分の家に逃げるように帰ってしまった。
自分の汚点を報告するのはプライドが許さなかったからである。
戦いが終ってから適当に言いくるめればいい、そう考えて。
ただ領主への呪いを勝手にやめてしまえば自分の立場が悪くなる。
それを恐れて、ヤトカイの領主ライルに呪いをかけ続けていた。
停戦協定の状況も内容も知らぬまま。
供述に出てきた偵察任務の女性――アカネとシオリ――に確認を取り、
キサルイの軍では闇魔法使いが失踪扱いになっているとの情報も合わせて、
彼の自供には信憑性があるとの判断になった。
したがって今回の騒動は、
闇魔法使いに呪いの中止命令が届かなかったため――
そう良い方に解釈して、キサルイへの対応に変更なし。
ただし闇魔法使いはしばらく拘留して、いざという時の交渉材料に。
これがヤトカイの領主であり、当事者でもあるライルの最終決定である。
そして――
ようやく領主ライルの呪いを解除できるようになった。
場所はシェリルのダンジョン回復の温泉にある休憩所。
「これで解呪は終わりましたわ」とシロが告げる。
その一角を囲い、中にいるのはライルとシロだけ。
ライルは手をニギニギしたり、足をプラプラさせて自分の身体を確認する。
「ありがとうございます。シロさん……確かに、身体が軽くなりました」
すでに顔色もだいぶ良くなり明るい笑顔を見せる。
付き添いの従者は別の場所で待機している。
「ただし、車椅子の生活が長かったせいで――筋肉が足りません。
これからはしっかりと運動をして、体力をつけるようにしてください。
そうしないといつまでも病弱なままです」
シロがライルの身体を気づかうように指導する。
それに答えるライル。
「これから毎日、この回復の温泉まで散歩をして、
体力をつけようと考えてました。……どうでしょうか」
「いいと思いますわ。ここで体力回復しながら運動すれば効率がいいでしょう」
「はい!」
元気に答えるライルの笑顔を見て、シロはその場から離れようとする。
これで主からの命令を完遂できた――と満足して。
「では、この辺で」
「シロさん、ちょっと待ってください」
「なんでしょうか」
「あっ、はい、何かお礼をと考えまして……」
シロはライルからの申し出をキッパリと断る。
「マスターからの指示で行ったまでのこと。お礼などは受け取れません」
「ええ、ですので気持ちだけでもと思いまして――これを受け取ってください」
ライルが差し出したのは、シロの身体に合う小さなブローチ。
シンプルな銀細工の台座の中央に青く輝く石がある。
「家にあった石を僕が趣味で作った台座に乗せた物です。
シロさんに合うように、元は指輪だったのを直してブローチにしました」
「手作り品ですか……」興味を惹かれるシロ。
「そうです。僕の気持ちですので是非受け取ってください」
「わかりました。気持ちであれば受け取らせていただきます。
……ライルはこういうのを手作りするのはお好きなんですの?」
「はい、あまり身体を動かせなかったので、その代りに……、
こういう小さいものを作るのが好きなんです。領主の仕事の合間に少しずつ」
「ワタシも色々と手作りするのが好きですわ。
このダンジョンの魔物のぬいぐるみは、
ワタシが手作りして、マスターに命を吹き込んでいただいたのです」
「へぇ、そうなんですか」思わぬ事実に驚きと感心で目を丸くするライル。
「猫の着ぐるみもダンジョンの通行手形の人形もワタシの手作りですわ」
得意げな口調のシロ
そうしてシロとライルの語らいは続いた。時間の許す限り。
この日から――
回復の温泉の休憩所で、
少年と白いドレスの人形が一緒にいる姿が時折見られるようになる。
話している内容は趣味の手作り品について。
少年は年相応の笑顔を見せる。
白いドレスの人形は笑顔こそ見せないものの眼差しは優しい。
青い宝石のブローチが胸元に小さく光っている。
第三章第03話、お読みいただき有り難うございます。
次回――クロがひとりで町へお出かけ。
次回更新は11月20日を予定しています。




