第01話:シロの活躍(1)
第三章開始です。今回の前半は第三章のプロローグです。
ここは百年以上続いたダンジョンの跡地。
以前、シェリルたちがいた場所。
今は閉鎖されて、砂漠に埋もれかけた入口が僅かに顔を覗かせている。
そこに佇むひとつの人影。黒目で黒髪。成長期途中の少年のような年恰好。
強烈な日差しの中、着ているのはフード付きの茶色のローブ。
彼の背丈には少し大きすぎるのか、袖の部分がだぶついている。
「ちっ……」と舌打ちをして振り返る。
その場を立ち去ろうとする視線の先――はるか遠くに動く存在を見つける。
手をかざして陽射しを遮り目を凝らす。
そこには、恐らくこの場を目指して近づいてくる人物。
相手もその距離でこちらに気づき、軽く手を上げて挨拶をしてくる。
その人物、砂漠の中を全力疾走のようなスピードで向かって来る。
しばらくその姿を見守っていたローブの少年。
ふと「勇者か……」と小さく呟き、唇の端をわずかに上げて薄く笑う。
その表情は決して友好的とは言い難い、獲物を見つけた悪党のよう。
やがて少年の側まで辿り着いた人物は――、
銀色の髪をした爽やかな顔つきの、がっしりした身体を持つ大柄な男性だった。
あれだけの速度で走ってきたのに息ひとつ乱していない。
金属製の軽鎧を身に付けて、大きな荷物と共に大剣を背中に担いでいる。
その男、砂に埋もれたダンジョンの入口を見て事態を悟る。
「閉鎖されているのか。そうするとシェリルさんはどうなったのだろう」
気安い声でローブの少年に話しかけるように言う。
少年は先程までの邪悪な笑みなどなかったように、
銀髪の男を上回るほど爽やかに、そして歳の差を気にしない口調で答える。
「君もこのダンジョンが閉鎖されたのを知らずに来たのかい。
僕もそうなんだ。ここのラスボスが強いって聞いてたんだけどね」
「あぁ、そうなのか。ならば……残念だが、これ以上ここにいても仕方がない」
銀髪の男は状況がわかると、即座に決断して「これで失礼する」と告げる。
「あぁ、ちょっと待って……」と慌てて声をかけ、男を引き止めるローブの少年。
「んっ? どうした……、! うっ!!」
一瞬立ち止まった銀髪の男は突然――顔色を変えて、驚愕の表情を浮かべる。
対象的にローブの少年は、眼を見開き得満面の表情で喜びを表す。
「はぁーはっはっはぁ! やったぜ! 勇者のスキルを奪ってやった!」
「! 何をした!」
銀髪の男は震える足を押さえ付けて、どうにか立っているのが精一杯な様子。
ローブの少年は、自分の顔の先にある何かを見るように瞳を寄せる。
「はっはっはぁ! すげぇ! なんだ、この強化スキル!
確かにこれだけ強化されれば、ドラゴンだって魔王だって倒せるな!」
「……うっ……力が入らない……」膝をつき、崩れるように倒れる。
「あれ……なんだ。ひとつ残っている……これが盗めない。
スキル名は【勇者のあかし】……ちっ、重要っぽいけど、諦めるしかないか」
「これは【スキル強奪】……貴様、チート能力者か……」
「あぁ、そうさ。もうお前に用はない。安心しろ、生かしといてやる。
今の能力で、この砂漠から人の住む場所まで辿り着けるかは知らないがな」
酷薄な笑みを浮かべるローブの少年。
うずくまった姿勢で顔だけ上げて睨んでいる男から視線を外し、
再び目の前の何かを見つめる。
「おう! なんだ……運の良さがこんなにも上がっているぞ。
人のことチート能力者なんて言いやがるが、お前だって同じじゃねえか。
まっ、今はただの凡人だけどな。
いや、違うか。その【勇者のあかし】だけ持ってやり直せ。――じゃあな!」
◇ ◆ ◇
キサルイ軍との停戦協定から二日後。
いつもと変わらぬ様子のシェリルのダンジョン管理室。
そこにいるのはシェリルにシロ、クロ、ソラ。
午前の最終ボスとしてのお役目を終えて、昼食を摂っている穏やかな時間。
すでに食べ終えた料理係のソラ――早食いで有名――が、
シェリルと同僚の人形二体の食べ具合を見守りながら話し出す。
「領主の呪いを解除して欲しいと、ヤトカイの町からの願いなのですが」
先日のキサルイとの協定の場で、
暗黙の条件として、領主の呪いに「呪い返し」を執行しないとの結論になった。
領主のライル自身が決めたのだから特に異論はない。
ただ普通に解呪はして欲しいと改めて依頼された。
――やっぱり、やってあげないとね。
今回の争いの切っ掛けは、町でのシェリルの暴力行為が発端だった。
最初に手を出そうとしたのは相手だったけれども――、
それでも責任は否定できない。
ならば、町と今後も良好な関係を続けたいという気持ち、
それを表す贈り物として、領主の呪いの解除を無償で執り行うのが良い。
……などという理屈を考えるまでもなく、
事ここに至っては解呪してあげるのが筋だよね――そう考えたソラ。
シェリルに上申したところ いつもの通り悩まずに答えが返ってきた。
「ヒロ、やっへあげへ」トマトで煮込んだ鶏肉を口に入れているシェリル。
「わはりまひたわ」白パンを小さな口で頬張っているシロ。
――食べているときに話しかけたアタシが悪いのよね……。
行儀の悪い主と同僚を相手に自省するソラだった。
そして我関せずと、小さな手でカップを持ってスープを飲んでいるのがクロ。
やがて全員が昼食を終えて、改めてソラがシロに尋ねる。
「シロ、領主を連れてきた方が良いかな、それともシロが出かける?」
少しだけ考える間を置いて、「……ワタシが行きますわ」とシロ。
「じゃあ、話を通してくるから、ちょっと待っててちょうだい」
「わかりましたわ」
シロの答えを聞いてすぐに、ソラの姿はその場から音もなく消える。
と、思った次の瞬間にソラが再び姿を現す。
「あぁ、あれを着なくっちゃね」
管理室の壁にかけてあるピンクキャットの着ぐるみ。
その茶猫を手に取り、鼻歌交じりに手早く着替えて今度こそ姿を消す。
「あんなに嫌がっていたのに、慣れとは恐ろしいですわね……」とシロが呟く。
「……うん」とクロも小さな声で同意する。
◇ ◆ ◇
その日のおやつの時間。
ソラは三毛猫のシェリルをマリエの店に連れて行ってから、
白猫姿のシロを連れて領主の館に訪れていた。
車椅子に乗って自ら出迎えに玄関に現れた領主のライル。
やはり顔色は良くない。
小さなネコの着ぐるみ二体に向かって丁寧に挨拶をする。
「ブラウン様、ホワイト様、良くいらしてくれました」
「はいはい、ちゃっちゃとやっちゃおうね」と茶猫のソラが気楽に言う。
「まずは落ち着ける場所をお願いしますわ」シロの顔に何故か険しさが宿る。
「ではこちらへ」とメイドが押す車椅子に乗って、屋敷の中を先導するライル。
通されたのは彼の寝室だった。
「治療するのなら、この部屋の方がと思ったのですが、よろしかったでしょうか」
「えぇ、問題ありません」とシロ。
ライルは寝台の上で上半身を起こした格好になる。
ソラとシロは近くに椅子を置いてその上に。
「……そちらの方も出ていっていただけるかしら」
シロが部屋の隅で控えているメイドに退出を求める。
最初は拒絶したが、ライルに命じられて渋々部屋から出ていった。
「聞かれたくない話がありましたので……」とシロが前置きをして、
「改めて自己紹介をいたします。ワタシはシェリル様の従者人形――シロ。
以後、よろしくお見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。このような姿勢ですみません。
僕はこの町の領主を務めております――ライルと申します。
本日は僕の為にわざわざ御足労いただき、本当にありがとうございます」
「いえ、シェリル様のお言い付けですのでお気になさらずに」
シロの丁寧な受け答えに安心するソラ。
――相手がこういう人間ならシロもうまくやれるわよね。
人間の常識を知らないシロが何かやらかさないか心配だったが、
ライルのような誠実な姿勢を崩さない相手なら問題なさそうだ。
ただ、ソラにとってはちょっとまどろっこしい。
「何かしこまってんのよ。シロもライルも」
「……、まぁ、良いですわ」とソラを横目で見てから話し出すシロ。
「領主ライル。今日これから呪いの解除を行う予定です……が、
その前に重要な話をします。
あなたの呪いを知ったのは、以前シェリル様のダンジョンを訪ねてらした時。
それから今日、こうして二度目にお会いして――あることがわかりました」
何を言われるのかと身構えるライル。
ソラも、シロが何を言おうとしているかわからず、首をかしげる
「あなたの呪いは、先日見かけた時よりも今日の方が重くなっています。
継続的に呪いを受け続けているのでしょう。
それも術の残滓が新しい。
昨日か今日にも――新たな呪いを受けたように見えますわ」
第三章第01話、お読みいただき有り難うございます。
次回――ライルにかけられた呪いの謎をシロが追う。
次回更新は11月13日を予定しています。
※11月10日 次回更新日訂正




