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第15話:停戦協定にソラが乱入

 停戦協定の協議。

 キサルイの本陣近くに天幕を張り、そこで行われることになった。


 キサルイ側の出席者は――。

 領主で大貴族のボルマン。今回、初めて交渉の場に現れた。

 今までの交渉担当だった先発隊の隊長と、ほか二名の指揮官。


 さらに何故か裏切り者のドナン会長も、キサルイ側の末席に座っている。

 ここにきてもまだ、ヤトカイが魔族に支配されていると主張するためだ。


 対するヤトカイ側の出席者――。

 領主のライル。こちらも初めての参加。従者を伴って車イスで出席。

 ヘイズ町長、治安警備隊のクルト隊長とタバサ組合長。


 周囲には両陣営の護衛の兵士が五名ずつ。


 その場で最初に話を切り出したのはキサルイの領主――ボルマン。

 引き締まった肉体を豪奢な服で際立たせて、鋭い眼光でヤトカイ側を威圧する。


「お前たちは魔族に脅されているのだろう。俺が解放してやるから安心しろ」


 最初とまったく変わらない論を持ち出してくる。

 魔族の存在を悪と断じて、巨人の暴走という失態をもみ消そうと目論む。


 しかしそれは悪手。


「あなたの言葉、聞かせてもらったわ」


 魔法で身を隠していたソラ。

 ボルマンの「魔族」の言葉を切っ掛けに、

 出席者の間をはさむテーブルの端、全員から見える位置に姿を現す。


「あなた、いま――魔族の話をしたわね」

「何者だ、お前は!」


 護衛の兵士が、突然現れた空色の小さな人形にいきり立つ。


「アタシは魔族シェリル様の使役人形――ソラ。この会合に参加させてもらうわ」

「ふざけるな! 即刻、ここから出ていけ!」

「いやよ、この争いの当事者にしたのは、そこのボルマンって奴でしょう」


 さすがに大貴族といえるのか、突然の乱入者にも動じた様子のないボルマン。

 内心は分からないが、軽く片眉を上げただけで、黙ったままソラを見ている。


「ボルマン様になんて口の利き方を!」


 声を荒げたのは先発隊の隊長。


「どうでもいいわね、人間の上下関係なんて関係ないわ。

 なんだったら、そいつと同じ手を使ってもいいのよ。

 圧倒的な力を見せつけて、自分の思い通りにするのがやり方なんでしょ」


 キサルイ陣営がヤトカイの町を三千人の兵で囲んだことを非難するソラ。

 ヤトカイ側の人間は静かに成り行きを見守っている。


「ここにいる三千人かしら、全ての兵を行動不能にするなんて簡単。

 それで、全てを終わらせるってのも、いいかもね」


「排除しろ!」隊長が護衛の兵士に命令する。


 キサルイの護衛の兵士五名がソラに向かって手を伸ばす。

 しかし、全員がその姿のままピクリとも動かなくなる。

 何事もなかったかのように話を続けるソラ。


「――さて、ボルマン。

 あなたはアタシのあるじがヤトカイを脅していると言ったわね。

 それをきっぱりと否定するわ。


 アタシたちとヤトカイの間にあるのは友好的な関係だけ。

 どちらかが強制するような間柄は存在しない。

 だから、それを根拠にヤトカイに攻め込むのなら、それは筋違い。


 用があるのなら、堂々とアタシたちのダンジョンに来なさい。

 先に来た百人じゃ物足りないわ。三千人まとめて来て欲しいくらいね。


 これが、ここで言いたかった話。

 それを前提にしてこれからの話を進めるように」


「魔族の話など信じられるか」ソラの視線を真っ向から受け止めるボルマン。


「えっ、なに、力づくで来いって話なの? 

 はっきり言ってくれれば、すぐにでも三千人この地から消してあげるわ」


 ここに連れてきた護衛の兵士は、領主を守るために選ばれた者達。

 キサルイの軍の中でも最高の技量を持つ兵士。

 彼らが何の抵抗もできずに、目の前で固まってる姿を見せられて、

 ボルマンも、遂に余裕を失い「ぐっ……」と言葉に詰まる。


「じゃあ、その件はそんな感じで……。

 となれば、もうあなた達、ヤトカイを攻める理由が無くなるわね。

 そうすると、理由もないのに攻め込んだのだから、

 ヤトカイの町に謝罪して、どんな賠償をするかって話で終わりね」


「うるさい、それこそ魔族には関係ない」と、ボルマンはそれでも虚勢を張る。


「そうかしら、……あぁ、それから、もうひとつ話があるの。

 ヤトカイから内密で頼まれている件――、

 あなた達に関係があるのか確認をしたかったのよ。


 これはアタシのやさしさ。


 領主のライルが病弱な理由がわかって、治療と原因の究明を頼まれてね。

 ヤトカイの町とは友好関係でいたいから依頼を受けたんだけど――、

 ライルって何処かの誰かに呪いを掛けられているの。

 その原因があなた達じゃないかと思ってね。念のため確認させて」


「ふざけた言いがかりをつけるな!」ボルマンが声を荒げて激昂する。

「そう、なら良かったわ」平然と受け流すソラ。


 続けて芝居がかった口調でおごそかに話し始める。


「……これから領主の呪いに『呪い返し』を執り行う。

 これは呪いの解除と共に――呪いをかけた実行犯の身体にある異変が起こる。

 それだけじゃない。

 その数日後に実行犯に依頼した者にも同じ異変が起こる。

 数日後にそいつに依頼した者……というように、

 場合によっては何日もかけて――最終的に首謀者の身体に異変を起こす」


 一息ついて「そういう効果のある呪い返しよ」と元の口調に戻る。


「その身体の異変とはどんなものなんだ」と先発隊の隊長が尋ねる。

「それは言えないわ。秘法だからね」当然のように答えるソラ。

「だが、それだと犯人が分からないではないか」

「犯人が誰かなんて関係ない。

 自分の身に起こった現象で、犯人たちに後悔させるためのものだから」


「それが、この場に何の関係があるというのだ」


 不愉快そうに眉間にしわを寄せて、ソラと隊長の会話に口をはさむボルマン。

 確かにそれは正論だ。この場に犯人がいないのであれば……。

 だからソラは用意していたセリフで返す。


「そうね、確かにあなた、言いがかりだって否定したものね。

 じゃあ、いますぐやっちゃうわ。

 ライルに元気になってもらって、正常な状態で話し合いが出来るようにね」


 実際には、この『呪い返し』はクロでなければ出来ない。

 けれども今のところはハッタリでいい。

 本当にやるとなったら、クロを連れてくればいいだけだから。


「ん、いや、まて。

 その呪いの実行犯やら首謀者には全く関係ないが――、

 目の前で、私怨による復讐が行われるのなら、止めねばなるまい。

 しっかりと犯人を探し出し、法の裁きを与えるのが為政者の義務であろう」


 冷静に話す大貴族ボルマン。

 長年こういった腹芸をしてきた経験で、焦りなど微塵も表に出さない。

 しかし……言っていることは「こじつけ」でしかない。

 ソラはボルマンに冷たく言い放つ。


「呪われてるのも判らない人間たちが、犯人を捜せる訳がないじゃない。

 これからやる『呪い返し』も同じ。法では裁けないわ。

 そして――ひとつ言っておく。これを邪魔する奴が犯人だと」


 ここまで言い切られるとボルマンも口をはさめない。

 だが、そのまま呪い返しをされてしまえば……。

 内心では気が気ではないのだが、打つ手がない。

 そこに救いの手が現れる。


「それじゃ、領主ライル、こっちに来て」

「ソラさん、ちょっと待ってもらえますか」

「なに、ライル?」

「その件は少し後回しにして、この争いの決着をつけたいのです」

「そう、まぁ、あなたがそういうのなら、今は静かにしているわ」

「ありがとうございます」


 表情には出さないが、ライルの助け舟に安堵しているボルマン。

 しかし――、

 ライルがここでソラを止めるのは打ち合わせ通り。

 呪いのせいで顔色は良くないが、それでも堂々とした態度で話し始める。

 十代前半の少年とは思えない威厳のある領主として。


「ボルマン様、とりあえず争いをどう収めるかの話なのですが……」

「なんだ、ライルよ」


 ボルマンの関心を自分に向けてから、ライルは背後にいる護衛に目配せをする。

 護衛は天幕の向こうから一人の男を連れてくる。


「この男が魔族から暴行を受けたという話ですよね」


 その場に連れて来られたのは――ザック兄。

 以前は体中に包帯を巻いていたが、今は縄で縛られている。


「この男、こちらの作戦室に忍び込もうとしていたところを捕まえました」


 ライルがサック兄を一瞥する。


「元気な姿だったので――、

 医者に見せたら、重傷を負った形跡など全くないと診断されました」


 キサルイ側の末席にいるドナン会長に一瞬だけ視線を向けてから、

 ボルマンに向き直り、静かに言葉を続けるライル。


「この男が狙ったのは、ある特別なアイテム。

 その情報を知っているのは、ごく一部の人間だけ」


 ザック兄は、ヤトカイの上層部しか知らないアイテム、

 木人形零号――木人形への命令権――を盗もうとして捕らえられた。


「そこに座っているドナンは、その数少ない一人。

 この男から、ドナンに命令されたとの言質げんちも取りました。

 ドナンの目論見も、全てこの男が白状しました。

 自分の欲望の為、ヤトカイとキサルイを争わせようとしていたのです」


 キサルイ側の末席に座っていたドナンが、

 この場での自分の立場を理解して、顔色を青くして震え出す。

 もうライルはドナンの方を見向きもしない。


「これで、この町に危険な魔族がいるという証言も、

 魔族に支配されているという話も、

 全てドナンの嘘――仕組んだことだと、ご理解いただけたでしょうか」


 ライルは再び護衛に目配せをしてザック兄を下がらせる。

 それから大貴族ボルマンにしっかりと視線を合わせて、


「ボルマン様、

 全てこのドナンの策略に騙された……ということで――、

 この場を収めるのが得策かと思いますが、いかがでしょうか?」


 ヤトカイの町では人的被害は無かったと言っていい。

 全て木人形が前面に出て戦っていたお陰である。

 木人形は自己修復か、仲間同士で修繕し合うだけで元通り。


 物的損害も木人形のお陰で周囲の壁はほとんど無傷。

 残るは巨人に破壊された正門と付近の建物についてのみ。

 したがってキサルイ側への要求は、その一点だけにするとライルは決めていた。


「そちらが暴走させた巨人についても、

 巨人に壊された正門と周辺の建物の損害だけ賠償してもらえれば、

 致し方なかったとして、それ以上は言及しないとお約束します」


 巨人の暴走を喧伝すれば、確かに自分たちの正当性を訴えやすい。

 しかし多少譲歩して大貴族の面子を潰さずに、後に禍根を残すのを避ける。

 弱小貴族の自分が大貴族を相手にするには、それくらいしないと生き残れない。


 自分の病弱な体質が呪いによるもので、目の前の相手がその元凶かもしれない。

 それを知っても、なお冷静にこれだけの判断をする。

 ヤトカイの町の領主ライルは、子供とは思えぬほどの傑物であった。


「なお、このお話を受けていただければ、

 そこのドナンは……そちらにそのままお渡しいたします」


 最後にそう言って大貴族の返答を待つライル。

 ヤトカイ側の護衛が、「ひいっ!」と逃げ出そうとするドナンを拘束する。


 一方、ボルマンは「ぐうっ」と一声唸り、黙考を始める。


 今回の停戦協議は、最初からこちらの分が悪いのは承知している。

 だからこそ、大貴族の立場を使って可能な限り有利に話を持っていく――、

 そう考えていたのだが、あの人形のせいで完全に主導権を握られてしまった。


 ボルマンはライルの提案を吟味する。


 ドナンの嘘などお互いに最初から承知していたのだろうが、

 それを逆手に、全ての責任を押し付けてスケープゴートにと提案。

 さらに巨人の暴走の件も不問にするとなれば、賠償は仕方あるまい。

 提案内容は、こちらの面子をギリギリ保つ配慮がされている。


 そして呪い返しの件で暗に脅迫されているのは、もうわかっている。

 戦いの再開は不可能。兵士の士気は底辺。切り札もなく、相手には木人形。


 選択肢は――、

 策略に騙された間抜けな被害者か、失態をさらした戦いの敗者か、

 もしくは呪い返しの……。


 考えるまでもないのはわかっていた。

 ボルマンはもう一度しっかりと、ヤトカイの領主ライルの幼い顔を見る。


 それから眉間に深くしわを寄せて――、

「俺はその男に騙されたのだな……」と告げ、ライルの提案を認めたのであった。

 先発隊の隊長が顔を下に向け、悔しそうな表情を隠している。


 対象的に、誰一人表情を変えずにその言葉を聞いていたヤトカイ陣営。

 領主のライル、ヘイズ町長、クルト隊長、タバサ組合長。 

 ただ、それは顔に出さないだけ。

 大貴族との交渉という大一番を乗り越えて、

 全員が心の中でほっと安堵の胸をなでおろしていた。


 たった一日だけの戦闘。

 命を落とした者、重体の者――両陣営とも0名。

 重傷者――キサルイ陣営に数十名。全て巨人の暴走による。

 キサルイとヤトカイの戦いはここに終結した。


 そこまでを見届けたソラは――、

「アタシは帰るわね」と、さっさとシェリルのダンジョンに戻っていった。


 ――ライルの解呪は普通に後でやってあげないとね。


 そんなことを考えながら……。



 ◇ ◆ ◇



 戦いが終わって、いつもと変わらぬ平穏な日が帰ってきた。

 マリエの店もいつものように午後は女性客で一杯になっている。


 けれども――そこには、もうシェリルの姿はなかった。

 二度とシェリルはこの店には来ない。もちろんソラも。


 それが町との約束になったからだ。余計な波風を立てないために。

 でも、マリエの顔には寂しさなんてない。


 何故なら、


 今日、初めてのお客が来店した。

 その客の名は――さすらいのピンクキャット、キャリコ。

 そして従者ピンクキャットのスカイブルー……ではなくてブラウン。


 まるで何度も来ているように「あんみつふたつとお土産にもふたつ」注文する。

 笑顔で受けるマリエ。


 変わったようで変わらない日々がまた続く。


 肉球ハンドでスプーンが持てるのかという疑問だけを残して。



挿絵(By みてみん)




 第二章第15話――これで第二章完結です。

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


※11月4日 後書き欄を修正


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